◇SH1633◇日本企業のための国際仲裁対策(第70回) 関戸 麦(2018/02/08)

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日本企業のための国際仲裁対策

森・濱田松本法律事務所

弁護士(日本及びニューヨーク州)

関 戸   麦

 

第70回 仲裁条項の作成(7)

3. 基本型モデル仲裁条項の修正その3

(5) クロス仲裁条項

 基本型モデル仲裁条項を修正する視点としては、クロス仲裁条項を導入することも考えられる。クロス仲裁条項とは、仲裁地の定め方として、A及びB間の契約における仲裁条項を想定して説明すると、Aが申立人となる場合は仲裁地をBの本店所在地とし、Bが申立人となる場合は仲裁地をAの本店所在地とするものである。さらには、対象を仲裁地に加えて仲裁機関の選定までに広げて、Aが申立人となる場合はBの本店所在地又はこれに近接する場所にある仲裁機関を利用し、Bが申立人となる場合はAの本店所在地又はこれに近接する場所にある仲裁機関を利用することも考えられる。

 なお、第64回の1(2)項で紹介した「リング・リング・サーカス事件」最高裁平成9年9月4日判決の事案では、クロス仲裁条項が用いられていた。すなわち、日本企業と米国企業間の契約における仲裁条項であり、日本企業が申立人となる場合には仲裁地がニューヨーク市となり、米国企業が申し立てる場合には東京になると定められていた。

 また、クロス仲裁条項は、英語では、「finger-pointing arbitration clause」と呼ばれている。

 クロス条項を定める趣旨は、仲裁地(及び仲裁機関)を申立人となる側に不利に定めることにより、仲裁申立てをためらう動機をつくることにある。これは、仲裁手続によらずに、和解により解決する動機を高めるものであり、そのような解決の可能性が高まると期待できる。

 また、仲裁条項に関する契約交渉で、当事者双方が仲裁地(及び仲裁機関)について譲らず、交渉が平行線に至った場合に、打開策としてクロス仲裁条項を定めることも考えられる。

 もっとも、クロス条項に関しては、争いの種となるという側面もある。実際、上記「リング・リング・サーカス事件」では、クロス仲裁条項を背景として、仲裁条項の準拠法が①米国法となるか、あるいは②日本法となるかが争われた[1]

 特に争いが生じやすいといわれているのが、契約当事者の双方から仲裁が申し立てられる場合である。この場合、別々の場所で、別々に仲裁手続を進めることは、紛争の効率的な一挙解決の観点から望ましくないため、次の例文のとおり、最初に申し立てられた仲裁手続の中で、全てを解決すると定めることが合理的である。なお、以下の例文は、第66回の2(1)項で紹介したICCのモデル仲裁条項をベースに、クロス仲裁条項としたものである(修正箇所に下線を付している)。

  1.   All disputes arising out of or in connection with the present contract shall be finally settled under [the Rules of Arbitration of the International Chamber of Commerce] by one or more arbitrators appointed in accordance with the said Rules, in [Tokyo] if A ([米国企業]) requests the arbitration or in [New York] if Company B ([日本企業]) requests the arbitration.  Once one of the parties commences arbitration proceedings in one of the above places, the other party shall be exclusively subject to such arbitration proceedings and may not commence any other arbitration proceedings as well as court proceedings.

 また、クロスの対象を、仲裁地に加え、仲裁機関の選定にまで広げた場合の例文は、次のとおりである。第67回の2(4)項で紹介したJCAAのモデル仲裁条項をベースにしたものである(修正箇所に下線を付している)。

  1.   All disputes, controversies or differences which may arise between the parties hereto, out of or in relation to or in connection with this Agreement shall be finally settled by arbitration in [Tokyo], in accordance with [the Commercial Arbitration Rules of The Japan Commercial Arbitration Association] if Company A ([シンガポール企業]) requests the arbitration or in [Singapore] in accordance with [the Arbitration Rules of the Singapore International Arbitration Centre] if Company B ([日本企業]) requests the arbitration.  Once one of the parties commences arbitration proceedings in one of the above places in accordance with the rules of the respective association, the other party shall be exclusively subject to such arbitration proceedings and may not commence any other arbitration proceedings as well as court proceedings.

 

(6) 仲裁人

 a. 資格・要件

 基本型モデル仲裁条項を修正する視点としては、次に、仲裁人に関するものがある。その一つが、仲裁人の資格・要件である。第19回で述べたとおり、国際仲裁における仲裁人の資格・要件について、厳格な規制は基本的に存在せず、公正性・独立性が求められるといった程度である。例えば、弁護士資格がなくても、仲裁人となることは可能である。

 但し、当事者が仲裁条項で仲裁人として選任されるための資格・要件を定めれば、それが法的拘束力を持ち、仲裁人は当該資格・要件を満たす者に限定される。このような資格・要件としては、例えば、次のものが考えられる。

 まず、弁護士資格が考えられる。文例は次のとおりである。

  1.   Each arbitrator shall be legally-qualified.

 また、弁護士資格を、準拠法となっている法域の弁護士資格に限定することも考えられる。仲裁廷の長たる仲裁人(仲裁人が3名である場合の3人目に選任される仲裁人)又は単独仲裁人(仲裁人が1名である場合の仲裁人)が日本の弁護士(外国法事務弁護士を含む)であることを求める文例は、次のとおりである。

  1.   A presiding arbitrator or sole arbitrator shall be legally-qualified in [Japan] as bengoshi including gaikokuhou-jimu bengoshi.

 次に、特定の分野での経験を求めることが考えられる。例えば、建設プロジェクトでの経験を求める場合の文例は、次のとおりである。

  1.   Each arbitrator shall be experienced in [construction projects].

 言語能力を要件とすることも考えられる。なお、当該言語は、通常は、仲裁手続の言語として指定される言語である。日本語の能力を求める場合の文例は、次のとおりである。

  1.   Each arbitrator shall be fluent in [Japanese].

 以上のように仲裁人の資格・要件を定めることには、当該契約ないし取引に即した、適切な仲裁人が選任される可能性が高まるというメリットが考えられる。但し、留意する必要があることとしては、満たすことが容易ではない資格・要件を定めた場合、仲裁人候補者を見つけ、仲裁人として選任することが困難になり得る。特に、仲裁人は、公正性・独立性が求められることとの兼ね合いで、いわゆるコンフリクトが問題となる可能性があり、特に大規模法律事務所に所属している弁護士の場合にその可能性が高い。したがって、資格・要件を満たすとしても、仲裁人になれるとは限らないという事情もあり、そもそも資格・要件を満たす者が少ない場合には、仲裁人の選任が困難となるおそれがある。したがって、そのような資格・要件の設定は、避けるべきである。

 また、曖昧で意味が分かりにくい資格・要件を定めると、その充足の有無について争いが生じうるため、これも避けるべきである。

 b. 国籍

 第19回の5(3)項で述べたとおり、仲裁人の国籍が、一方当事者の国籍と同じであるからといって、直ちに中立性が否定され、仲裁人への選任が妨げられる訳ではない。もっとも、国際仲裁では、仲裁廷の長たる仲裁人と、単独仲裁人については、いずれの当事者とも異なる国籍とされることが一般的である。

 この点、ICCの仲裁規則では、ルールとして明示的に定めている(13.5項)。このような定めがない仲裁規則による場合、仲裁条項において、以下の文例のとおり、明示的に定めることが考えられる。

  1.   A presiding or sole arbitrator shall not have the same nationality as that of any of the parties.

 さらに、仲裁条項の当事者は、通常法人であるところ、その本店所在地に加え、主たる事業所の所在地も基準にすることが考えられる。両者の国が異なる(又は異なりうる)法人について、意味がある定めである。

  1.   A presiding or sole arbitrator shall not be of the nationality of the place of incorporation or principal place of business of any of the parties.

 なお、逆に、仲裁廷の長たる仲裁人と、単独仲裁人が、一方当事者と同じ国籍でも構わないとするでのあれば、次のように、その旨を明示する必要がある。

  1.   A presiding and sole arbitrator may have the same nationality as that of any of the parties.

 c. 長たる仲裁人の選任方法

 仲裁人が3名の場合の選任方法は、第17回に述べたとおり、各当事者が1名ずつ仲裁人を指名することはいずれの仲裁機関にも共通であるが、3人目の仲裁人(長たる仲裁人)を指名する主体は異なっており、ICC及びSIACでは仲裁機関の組織であるCourtが指名し、HKIAC及びJCAAでは、各当事者から指名された2名の仲裁人が、協議の上3人目の仲裁人を指名する。

 ICC又はSIACを選択した場合に、各当事者から指名された2名の仲裁人が、協議の上3人目の仲裁人を指名することを望むのであれば、次のように、その旨を仲裁条項で明記する必要がある。

  1.   Where the dispute is to be referred to three arbitrators, the third arbitrator, who will act as president of the arbitral tribunal, shall be designated by the other two arbitrators duly appointed.  Failing to such designation within 30 days from the confirmation of the second arbitrator, the Court shall appoint the third arbitrator.

 他方、あまりニーズはないかもしれないが、HKIAC又はJCAAを選択した場合に、仲裁機関に3人目の仲裁人を決めてもらうことを望むのであれば、次のように、その旨を仲裁条項で明記する必要がある。

  1.   Where the dispute is to be referred to three arbitrators, the third arbitrator, who will act as president of the arbitral tribunal, shall be designated by [HKIAC][JCAA].

以 上



[1] 但し、上記最高裁判決によって、準拠法の判断枠組みが示されたため(第64回の1(2)項参照)、同判決後は、同様の争いは生じにくくはなっている。

 

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