債権法改正後の民法の未来 84
債権の準占有者に対する弁済(2)
真成法律事務所
弁護士 北 村 真
3 議論の経過
(1)「善意無過失」要件について
民法478条は、権利の存在についての外観を信頼した弁済者を保護するための規定であることから、債権の準占有者への弁済が有効となる要件として、弁済者の善意無過失が必要としているものである。
ところで、善意無過失要件については、上記判例のように弁済時の弁済者の主観とは直接関係しない過失(機械払システムの設置管理についての過失の有無)を考慮することは、民法478条の文言からは直接導かれるものではないので、善意無過失要件を適切な文言に改めることが必要であるという問題意識が示された。また、債務者側の要件としては、債務者の主観に関する過失の有無に限らない事情を総合的に勘案できるような規範的な要件とすることが必要とされた。
さらに、現在は、債権者の帰責事由は独立の要件ではないとされているが、債権者の帰責事由については、債務者の過失の有無の判断に当たって考慮されているとする見解もあり、このような理解に立てば、債権者の帰責事由を独立の要件としない場合には、債務者側の事情のみならず、債権者側の事情も考慮することができることを正面から明らかにする要件が望ましいということになる。
そこで、善意無過失という要件を改め、正当な理由に基づいて債権者であると信じ(又は正当な理由に基づいて受領権限を有すると信じて)債務を履行した場合」という要件とすることが提案された。また、このような考え方には、民法110条における「正当な理由」について、相手方の善意無過失だけではなく、本人側の事情も含めて総合的に考慮することによって本人の犠牲の下に相手方を保護すべきかどうかを総合的に判断するための要件として位置づけられるとする見解もあり、これと同様の理解に基づくものとのことであった。
(2) 債権者の帰責事由を独立の要件とすることについて
債権者の帰責事由を独立の要件として必要とする考え方に対しては、弁済者からは知りえない債権者の帰責事由の有無が独立の要件とされると、円滑迅速な決済の実現が困難になり、実務に与える影響が大きいという批判があり、また、表見相続人に対する弁済のように、債権者に帰責事由があることが想定できない場合もあるため、一律に債権者の帰責事由を独立の要件とすると、弁済者が免責される場面が限定されてしまうとの批判があった。
他方、債権者の帰責事由を独立の要件としない考え方に対しては、債権者に帰責事由がない場合であっても権利を失うことになるのは酷であるとの批判があった。
もっとも、この見解も、債権者の帰責事由を一切考慮しないとするわけではなく、善意無過失要件の判断に当たって、債権者の帰責事由の有無も一つの考慮要素とする理解もあり、両方の考え方の違いは、債権者の帰責事由がない場合に、弁済者の免責が認められないという結論を常にとるかどうかという点にあるとの指摘があった。
また、預金債権の払戻しについて、債権者の帰責事由が独立の要件として必要になりうるという考え方に対しては、民法478条の適用範囲を上記類型の①(債権の帰属を誤認して弁済する類型)のような場面に限定して、これについては債権者の帰責事由を独立の要件とする規定を本則とした上で、預貯金の払戻しについては大量かつ迅速な決済が必要という特殊性に鑑み、預金債権という特則においては債権者の帰責事由を独立の要件としないという考え方も示され、さらには、別の考え方として預金という財産の社会的な重要性に鑑み、債権者の帰責事由がない場合であっても預金債権を失うのは不当であるとして、預金の払戻しについては債権者の帰責事由を独立の要件としつつ、その他の債権の弁済については債権者の帰責事由を独立の要件としないとすべき考え方も示された。
(3) 478条の適用範囲の拡張について
478条の適用範囲の拡張に関しては、前記判例の各事案に通ずる一般的な要件の設定が難しいという問題があり、将来新たなる金融取引が現れることもありうることから、現行法と同様に解釈に委ねるべきであるという考え方も提示された。
4 立法が見送られた理由
(1)善意無過失の要件について
善意無過失の要件については、例えば、表見代理の規定の適用の場面などでも、その時点における過失の有無以外の事情が考慮されることがありうることや、要件が変わることで従来の判断の枠組みが変わることへの懸念を示す意見もあり、この要件のみを改めるのは適当ではないとされた。
そのため、善意無過失という要件はそのまま維持され、引き続きこの要件の適用については解釈に委ねられることになった(部会資料70A・28頁)。
(2)債権者の帰責事由について
債権者の帰責事由については、上記のとおり、両者の考え方の違いは、債権者の帰責事由がない場合に、弁済者の免責が認められないという結論を常にとるかどうかという点にあると考えられることからすると、債権者の帰責を要件としない考え方の方が柔軟な解決を導くことが可能となるとの考えから、独立の要件とはしないとされた(部会資料39・15頁)。
また、債権の準占有者の弁済について一定のもの(例えば、預金債権の払戻し)に対する弁済に限って債権者の帰責事由を独立の要件とする考え方については、類型のいずれに該当するかの判断が実務的に可能かという問題もあり、また預金債権の払戻しのみについて特則を設けることに十分な政策的理由があるかどうかについてはさらなる検証が必要であり、社会的に重要な財産は預金以外にもありうるところからすると、類型化が適当かどうか疑問があるとされ、現段階における立法論としては採用は困難とされた(部会資料39・15頁)。
(3)民法478条の適用範囲について
民法478条の適用範囲の問題に関しては、新しい取引や決済方法の登場が今後も続くものと考えられることから、類推適用法理を固定することは適当ではなく適用範囲の拡張については規定を設けず、今後も類推適用等の解釈に委ねることとされた(部会資料39・16頁)。
5 コメント
新しい取引や決済方法の登場が今後も続くものと考えられることから、善意無過失の要件についても、債権者の帰責事由の要件についても、さらには適用範囲に関しても、今後も柔軟な対応が必要となることが考えられ、債務者と真の債権者の保護のバランスをどうするかということについては、今後は、解釈によって対応していくことが必要になると思われる。
以上