◇SH4172◇最二小決 令和2年8月24日 殺人被告事件(草野耕一裁判長)

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 生命維持のためにインスリンの投与が必要な1型糖尿病にり患した幼年の被害者の治療をその両親から依頼された者が、両親に指示してインスリンの投与をさせず、被害者が死亡した場合について、母親を道具として利用するとともに不保護の故意のある父親と共謀した殺人罪が成立するとされた事例

 生命維持のためにインスリンの投与が必要な1型糖尿病にり患している幼年の被害者の治療をその両親から依頼された被告人が、インスリンを投与しなければ被害者が死亡する現実的な危険性があることを認識しながら、自身を信頼して指示に従っている母親に対し、インスリンは毒であるなどとして被害者にインスリンを投与しないよう執ようかつ強度の働きかけを行い、母親をして、被害者の生命を救うためには被告人の指導に従う以外にないなどと一途に考えるなどして被害者へのインスリンの投与という期待された作為に出ることができない精神状態に陥らせ、被告人の治療法に半信半疑の状態であった父親に対しても母親を介してインスリンの不投与を指示し、両親をして、被害者へのインスリンの投与をさせず、その結果、被害者が死亡したなどの本件事実関係(判文参照)の下では、被告人には、母親を道具として利用するとともに不保護の故意のある父親と共謀した未必の殺意に基づく殺人罪が成立する。

 刑法60条、199条

 平成30年(あ)第728号 最高裁判所令和2年8月24日第二小法廷決定 殺人被告事件(刑集74巻5号517頁) 棄却

 原 審:平成29年(う)第750号 平成30年4月26日東京高判
 第1審:平成28年(わ)第234号 平成29年3月24日宇都宮地判

 本件は、非科学的な力による難病治療を標ぼうする被告人が、1型糖尿病にり患した被害者(死亡時7歳。以下「A」という。)の治療をその両親から依頼され、インスリンを投与しなければAが死亡する現実的危険性があることを知りながら、インスリンは毒であるなどとしてAにインスリンを投与しないよう両親に指示し、両親をしてAにインスリンを投与させず、Aを死亡させて殺害したとして、殺人罪に問われた事案である。被告人は直接Aを死亡させる実行行為を行っておらず、被告人に殺人の間接正犯が成立するかが主な争点となった。

 検察官は、両親を利用した殺人の間接正犯を主位的訴因、両親との共謀による共謀共同正犯(被告人には殺人罪が成立し、保護責任者遺棄致死の限度で共同正犯となる。)を予備的訴因として主張した(なお、両親は本件につき起訴されていない。)。第1審判決は、被告人について、母親との関係では間接正犯、父親との関係では共謀共同正犯(共謀は保護責任者遺棄致死の限度)が成立するとして、殺人罪の成立を認め 、懲役14年6月に処した(求刑懲役15年)。被告人が控訴し、事実誤認等を主張したが、原判決は、第1審判決の判断を是認し、控訴を棄却した。

 被告人が上告し、母親の道具性、父親との共謀、殺意等を争い、被告人に殺人罪は成立しないとして事実誤認等を主張した。本決定は、上告趣意は適法な上告理由に当たらないとした上で、被告人に殺人罪の成立を認めた第1審判決を是認した原判断を是認した。

 (1) 他人を道具のように利用して自己の犯罪を実現する場合を間接正犯といい、明文規定はないものの、通説・判例はこの概念を認めている。間接正犯が論じられる類型はいくつかあるが、①事情を知らない者(犯罪の故意のない者)を利用する場合(以下「錯誤型」という。)、②是非弁別能力のない者を利用する場合、③他人を強制して犯罪を実現する場合(以下「強制型」という。)については、学説上、間接正犯を認めることは一致しており、判例もこれらの類型で間接正犯を認めている。

 間接正犯を認める理論的根拠・基準として、学説上、①利用行為の構成要件実現の現実的危険性に求める見解〔実行行為性説〕、②行為(意思)支配性に求める見解〔行為支配説〕、③被利用者の規範的障害の有無を基準とする見解〔規範的障害説〕、④被利用者の自律的決定の有無を基準とする見解〔自律的決定説〕などがあるが(西田典之ほか編『注釈刑法第1巻』(2010、有斐閣)795頁〔島田聡一郎〕等参照)、いずれも基準の明確性や妥当性につき他説から批判があり、定説をみるには至っていない。

 判例・実務は、特定の学説に依拠せず、事案ごとに、利用者及び被利用者の関係、両者の客観面・主観面の状況等の諸事情を総合考慮し、利用者が被利用者を道具のように利用して自己の犯罪を実現したといえるか(規範的にみて自ら直接実行行為をした場合と同視できるか)を判断していると解されている。

 (2) 他人の不作為を利用した間接正犯について、これまで判示した判例・裁判例は見当たらず、学説上もあまり論じられていない。不真正不作為犯については、一種の身分犯であり、刑法65条1項の適用を受けるとする見解、作為義務の存在は当該不作為の構成要件該当性(実行行為性)の問題であって特別の身分犯を構成するものではないとする見解がある。仮に前者のような見解に立った場合、身分犯については、身分者を利用した非身分者に間接正犯が成立するかという問題がある(この問題について一般的に判示した判例はなく、学説上は、否定する見解と、非身分者も身分者を利用することにより身分犯の法益を侵害することが可能であるとして、肯定する見解がある(前掲島田・注釈刑法800頁、大塚仁ほか編『大コンメンタール刑法〔第三版〕』第5巻〔高窪貞人〕(2019、青林書院)77頁等参照)。)。また、後者の見解に立った場合も、自ら直接実行行為を行うことができない者が間接正犯となり得るかという点は問題となり得る。

 (3) 間接正犯の諸類型のうち、本件に関連し得るのは錯誤型、強制型であり、これらの類型で利用者に間接正犯を認めた判例(被害者利用の場合に間接正犯の理論を用いることに異論もあるが、ここでは被害者利用事例も挙げる。)で参考になるものとして、①大判昭8・4・19刑集12巻471頁〔愚鈍で被告人を厚く信じていた被害者を再び蘇生できる旨誤信させて自殺行為をさせた事例〕、②最一小決昭27・2・21刑集6巻2号275頁〔通常の意思能力もなく、自殺の意味を理解せず、被告人の命ずることは何でも服従する被害者に自殺行為をさせた事例〕、③最二小判昭33・11・21刑集12巻15号3519頁〔追死すると誤信させて被害者を自殺させた事例〕、④最一小決昭58・9・21刑集37巻7号1070頁〔日頃暴行を加えて意のままに従わせていた12歳の養女Aに命じて窃盗をさせた事例〕、⑤最一小決昭59・3・27刑集38巻5号2064頁〔厳寒の深夜、酩酊・衰弱していた被害者を取り囲み、脅迫的言動を用いて護岸際まで追い詰めるなどし、被害者を自ら川に転落させ溺死させた事例〕、⑥最三小決平16・1・20刑集58巻1号1頁〔被告人を極度に畏怖して服従していた被害者に暴行・脅迫を交えつつ、車ごと海中に転落して自殺することを執ように要求・命令し、岸壁上から車ごと海中に転落させた事例。「被害者をして、被告人の命令に応じて車ごと海中に飛び込む以外の行為を選択することができない精神状態に陥らせていた」とし、被害者に命令して岸壁上から車ごと海中に転落させた行為は、殺人罪の実行行為に当たるとした。以下「平成16年決定」という。〕)などがある。いずれも、利用者と被利用者の関係(支配従属関係、信頼関係等)、利用行為(欺罔、強制)の内容・態様、利用者の主観的意図・認識、被利用者の心理状態(錯誤、意思抑圧状態等)等の諸事情を総合考慮して、利用者の間接正犯性(ないし利用行為の実行行為性)が判断されている。

 強制型のうち、第三者利用の事例で、これまで間接正犯が認められたものとして見当たるのは、いずれも刑事未成年者を利用したものである(判例④のほか、大阪高判平7・11・9高刑集48巻3号177頁、福岡地小倉支判平17・9・28LLI/DB L06050528、福岡地判平29・12・18LLI/DB L07250870等参照)。他方、被害者利用の事例では、被害者が成人である場合も、利用者に正犯性(ないし実行行為性)が認められているものがある(判例⑤、⑥のほか、福岡高宮崎支判平元・3・24高刑集42巻2号103等参照)。なお、学説上、被害者利用の場合と第三者利用の場合とでは間接正犯が認められる判断基準が異なり、強制型では、後者は前者よりも強度の意思抑圧が要求されるとする見解(豊田兼彦「被害者を利用した間接正犯」刑法雑誌57巻2号(2018)280頁等)、両者の判断基準は原則的に異ならないとする見解(照沼亮介「被害者を利用した間接正犯をめぐる議論」上智法学論集63巻3号(2019)53頁等)がある。

 共犯者間で認識していた犯罪事実が一致しない場合、各人にどのような共犯関係が成立するかについて、学説上、犯罪共同説と行為共同説の対立がある(共犯は犯罪を共同にするものと考える犯罪共同説からは、共犯者間の罪名の一致が要求され(ただし、現在の主流である部分的犯罪共同説は、構成要件的に重なり合う限度で共犯の成立を認める。)、共犯は行為を共同にするものと考える行為共同説からは、異なる構成要件間の共犯も肯定される。)。最一小決昭54・4・13刑集33巻3号179頁は、共犯者間における罪名の一致が必ずしも要求されないことを示した。その後、最二小決平17・7・4刑集59巻6号403頁(いわゆるシャクティパット事件決定)が、不保護の故意のある共犯者と共謀した殺意のある被告人につき、「殺人罪が成立し、殺意のない患者の親族との間では保護責任者遺棄致死罪の限度で共同正犯となる」と説示したことで、一般に、判例は部分的犯罪共同説を採用したものと評価されているが、同説示部分の判例としての拘束力の有無については慎重に考えるべきとの指摘もある(藤井敏明・最高裁判所判例解説刑事篇平成17年度206頁)。

 (1) 本決定は、被告人の罪責について、「被告人は、未必的な殺意をもって、母親を道具として利用するとともに、不保護の故意のある父親と共謀の上、被害者の生命維持に必要なインスリンを投与せず、被害者を死亡させたものと認められ、被告人には殺人罪が成立する。」と判示し、母親との関係において、殺人の間接正犯となることを、また、異なる故意を有する父親との関係で共同正犯となることを認めた。

 そして、本決定は、被告人及び両親の行為として、「被告人は、…母親に対し、…執ようかつ強度の働きかけを行い、父親に対しても、母親を介して被害者へのインスリンの不投与を指示し、両親をして、被害者へのインスリンの投与をさせず、その結果、被害者が死亡するに至った」とし、Aの死の結果を惹起した直接の行為は両親によるAに対するインスリンの不投与(以下「本件不作為」という。)であり、被告人は、両親に「働きかけ」ないし「指示」を行うことにより本件に関与したものとする。本件において、両親には、Aにインスリンを投与するという作為義務があり、本件不作為が、客観的に不保護致死罪ないし殺人罪の構成要件を充足することは明らかといえるものと思われる。他方で、被告人に何らかの作為義務は認定されていない。したがって、本決定は、前記(2)に関する見解は明らかにしていないものの、母親との関係で、非作為義務者である被告人に、作為義務者である母親の不作為を利用した殺人の間接正犯を認めたものということになる。

 (2) 本決定は、母親の主観面の状況について、「本件当時、被害者へのインスリンの投与という期待された作為に出ることができない精神状態に陥っていた」と説示する。本決定は、母親の犯罪事実の認識(故意)の有無について法的評価を示しておらず、上記精神状態には、㋐犯罪事実の認識が欠如しているために意思決定の自由が阻害されている(意思決定の自由の前提を欠いている)場合、㋑㋐以外の事情により意思決定の自由が阻害されている場合を含み得ると解されるが、本決定は、いずれであるかは明示せず、母親が上記精神状態にあったという限度で認定し、他の事情と総合して被告人の間接正犯性を肯定している。なお、上記のような説示から、本決定は、被利用者である母親の意思決定の自由が阻害されている程度としては、平成16年決定と同程度のものを認定したものといえよう。

 そのほか、本決定は、被告人と母親の関係、被告人の働きかけの内容・態様、母親が上記のような精神状態に陥った理由や経緯、被害者が死亡する危険性についての被告人の認識、母親の精神状態等についての被告人の認識等を認定、摘示し、これらの被告人及び母親の主観面・客観面の状況等の諸事情を総合的に考慮して、被告人の間接正犯性を認めた。このような判断手法は、従来の判例・実務の考え方から離れるものではないが、本件は、他人の不作為を利用した間接正犯の成否、成人の第三者を利用した場合に間接正犯が肯定され得る意思決定の自由の阻害の程度等、これまで判例で示されたことのない論点を含んでおり、参考になる。

 (3) 第1審判決は、父親が被告人の治療法に半信半疑であったなどとして、父親に不保護の故意があったと認定し、また、父親は母親ほど被告人から影響を受けていなかったとして父親の道具性を否定した上で、被告人の指示は母親を通じて父親に伝わっていたなどとして、被告人と父親の間に本件不作為の共謀があったと認定し、原判決もこれを是認した。本決定も、上記のような判断を是認したものであるが、第1審判決及び原判決と異なり(第1審判決は、被告人と父親との間に保護責任者遺棄致死の限度で共謀が成立する旨判示し、原判決はこれを是認している。)、両者がどの範囲で共同正犯となるかについて判示しておらず、異なる故意を有する者同士の共犯関係の成立範囲に関する本決定の考え方は明らかにはされていない。本件では、父親との間の共犯関係の成立範囲は争点とはされておらず、被告人の刑責にも影響しないことから、判示する必要はないと判断されたのではないかと推察される。なお、本決定が父親との関係についても職権判示しているのは、本件では、「母親に対する働きかけ」という1個の行為が、母親との関係では間接正犯としての実行行為(ないしその一部)となり、父親との関係では共謀行為(ないし共謀を基礎付ける事実)となるという特殊性があることから、父親との関係も含めて被告人の罪責を全体として判示することとしたものと推察される。

 本決定は、殺人という重大犯罪に関し、刑事未成年者でない第三者の行為を利用した間接正犯の成否について、最高裁として初めて職権判示したものであり、事例判断ではあるものの、間接正犯や共犯に関する種々の興味深い論点を含んでおり、実務上も学説の議論上も参照価値が高いものと思われる。

 

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