発信者情報開示の在り方に関する研究会、中間とりまとめ(案)公表
岩田合同法律事務所
弁護士 平 井 裕 人
1 はじめに
総務省に設置された「発信者情報開示の在り方に関する研究会」(以下「本研究会」という。)は、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という。)に定める発信者情報開示の在り方に関し、その検討内容をまとめた「中間とりまとめ(案)」(以下「本案」という。)を公表した。
本研究会において、プロバイダ責任制限法に基づく発信者情報開示請求の対象に電話番号を追加することなどが議論されていることは、既に本HPにおいても紹介されているところである(SH3203 総務省、「発信者情報開示の在り方に関する研究会」(第2回)――電話番号を発信者情報開示請求の対象に追加することも議論に 蛯原俊輔(2020/06/18))。ここでは改めて整理された本研究会の検討方針を紹介するとともに(後掲2)、本案の具体的な検討内容について紹介したい(後掲3)。
2 本研究会における検討の基本的な考え方
インターネット上を様々な情報が流通する中で、他人の権利を侵害する情報の流通への対策として、情報の流通に関与するプロバイダによる適切な対応を促進するため、平成13年11月に導入されたプロバイダ責任制限法であるが、投稿時のIPアドレス等を記録・保存していないコンテンツプロバイダの出現により、発信者を特定できない場面が増加している(問題点①)。また、プロバイダによる任意開示が期待できない現況下において、発信者特定のためには、コンテンツプロバイダへの仮処分の申立て及びアクセスプロバイダへの訴訟提起という2段階の手続が必要であり、裁判手続の負担が生じている(問題点②)。
そこで、本研究会では、検討の基本的な考え方を次のとおり整理した。すなわち、発信者情報開示請求に係る制度の趣旨が、権利侵害を受けたとする者(「被害者」)の救済がいかに円滑に図られるようにするか、という点(被害者救済という法益)と、適法な情報発信を行っている者のプライバシー・通信の秘密をいかに確保するか、という点(表現の自由の確保という法益)の両者の法益を適切に確保することにあるとしたうえで、かかる観点に留意しながら上記問題点について検討を行うものとした。
3 本案の具体的な検討内容
⑴ 問題点①に関するもの――発信者情報開示請求の対象
上述のとおり、プロバイダ責任制限法に基づく発信者情報開示請求の対象に電話番号を追加することは従前より議論されているところであり、本案もこれを発信者情報開示請求の対象に追加することが適当であるとしている。
また、ログイン時のIPアドレス及びタイムスタンプ(以下「ログイン時情報」という。)を発信者情報開示請求の対象に追加することが検討されている。そこでは、ログイン時情報しか保有していない(投稿時のIPアドレスやタイムスタンプは保有していない)サービスの存在が指摘され、かかるサービスにおける投稿による権利侵害の場合、ログイン時情報の開示がなければ発信者の氏名及び住所の特定が困難であり、被害者救済が図られないおそれがあり、ログイン時情報を発信者情報開示の対象に加えることには有用性・必要性が認められるとする一方、ログイン時情報自体は権利侵害投稿の通信そのものではなく、その開示範囲等については限定や明確化の必要があるとしている[1]。
さらに、同一のIPアドレスが同時に多数の契約者に割り当てられることのある現状においては、接続元IPアドレスのみでは必ずしも発信者情報を特定できないという問題があるところ、本案は、総務省令[2]第4号に定める「侵害情報に係るアイ・ピー・アドレス」には、接続元IPアドレスのみならず、接続先IPアドレスが該当すると解されると論じている。
⑵ 問題点②に関するもの――新たな裁判手続の制度設計
ここでは、(i)新たな裁判手続を設けるとした場合において、発信者の権利利益の確保を如何に図るか、(ii)発信者情報開示請求権の開示要件(「権利侵害の明白性」の要件)について、より緩やかなものにすべきではないか、(iii)訴訟手続の場合に求められる証明を必要とするか、疎明で足りることとするか、(iv)手続の悪用・濫用(いわゆるスラップ裁判(訴訟))を防止するための仕組みなどが論点として挙げられ、引き続き検討を深めていくことが適当とされた[3]。
⑶ その他
紙幅の関係上詳細は割愛するが、上記の他、ログの保存に関する取扱い、海外事業者への発信者情報開示に関する課題、及び裁判外(任意)開示の促進についても検討が加えられている。
検討内容 | 論 点 |
発信者情報開示請求の対象 |
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新たな裁判手続の制度設計 |
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4 まとめ
今後のスケジュールとしては、令和2年7月16日(木)から同年8月14日(金)までの間に行われる本案に対する意見募集[4]を踏まえて、正式に中間とりまとめが策定される予定である。その後、令和2年11月頃に、最終取りまとめが行われる[5]。
本案においては、自社にマイナスな口コミについて発信者情報開示請求を行うなど、発信者情報開示の悪用とも考えられるケースがみられるようになっているとの声もあると指摘されているところであるが、発信者情報開示の制度は、違法な誹謗中傷を受けた場合などにおいては、企業においてもその利用が考えられる制度である。そのため、本研究会による検討内容については、引き続き注視しておくことが望ましい。
以 上
[1] ログイン時情報が現行法上の発信者情報に該当性するか否かについては、裁判例上も、これを肯定するものと否定するものがあり、明確になっていない(本案11頁以下参照)。
[2] 特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律第四条第一項の発信者情報を定める省令
[3] なお、(ii)については、現在の要件を維持すべきとの指摘が多くの構成員からあったとされている(本案18頁)。
[4] 発信者情報開示の在り方に関する研究会中間とりまとめ(案)に対する意見募集(https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01kiban18_01000088.html)
[5] 総務省発信者情報開示の在り方に関する研究会「今後のスケジュール(案)」(https://portal.shojihomu.co.jp/wp-content/uploads/2020/07/000685597.pdf)