◇SH3305◇弁護士の就職と転職Q&A Q130「コロナ禍での就活で最重視すべきものは何か?」 西田 章(2020/09/14)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q130「コロナ禍での就活で最重視すべきものは何か?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 先月、コロナ禍で遅れていた司法試験が無事に実施されたのに続いて、74期司法修習生(予定者)の大手法律事務所への個別訪問が開始しました。今年は、「原則はWEB面談(対面での面談は希望者のみ)」という特徴がありますが、例年通り、新卒採用活動は行われています。内定が一部の成績優秀者に集中して、恵まれた「複数内定ホルダー」が、「何を基準に就職先を決めるべきか?」を悩んでいる姿も例年通りに見受けられます。

 

1 問題の所在

 弁護士が幸せな人生を送れているかどうか。実際のところは本人にしかわかりませんし、本人も自分のことしかわかりません。比較検討ができるものではありませんが、敢えて、分析的に理解しようとすれば、(A)経済面と(B)精神面から満足度を測った上で、(C)実務面での継続性を確認することがあります。

 まず、(A)経済面では、企業の就職人気ランキングであれば、「初任給」(A-1)を参照するのが一般的です。しかし、弁護士には、そもそも終身雇用や定期昇給は保証されていませんでしたので、「初任給」の金額が持つ意味は実はそれほど大きくありません(後記(B)の精神面を充足する効果のほうが大きいかもしれません)。生涯収入の多寡は、「パートナーになってから稼げるかどうか?」で決まります。そのため、キャリア論的には「将来、クライアントから信頼してもらえるようになるための適切な基礎的訓練を積める職場」(A-2)が経済面で優れた職場と評価することができます。

 次に、(B)精神面は、「仕事にやりがいを感じられるかどうか?」という主観面(自己満足)(B-1)と、「仕事を他者(就活においては、主に両親や友人)にどう評価されるか?」という社会的評価/ブランド面(B-2)に分けられます。企業法務においては、アソシエイトは、いわば「修行の身」に過ぎないので、「仕事にやりがいを感じられるかどうか?」も「将来、パートナーとなった時にやりがいを感じられる仕事をできるかどうか?」と読み替える必要があります。そもそも、「自分が扱ったことのない未経験業務」に対するやりがいを、司法試験を終えただけで修習前の立場で予想することは困難です。そのため、主観面の充足は、新卒採用時には、「親から祝福され、友人からもスゴイと思ってもらえそうな就職先かどうか?」という社会的評価・ブランド面で測られがちです。

 最後に、(C)実務面では、「仕事の量やストレスが耐えられる範囲にあるか?」(C-1)という点と「プライベート(家事、育児、介護等)との両立が実現可能か?」(C-2)という点をクリアすることが求められます。これも、就職前の段階では「まずは、仕事最優先で挑戦してみる(もし、心身やプライベートに問題が生じたらその時点で見直しを考える)」としか言えないところがあります。

 以上は、平時における判断枠組みですが、コロナ禍に見舞われた今年の就職活動において、特に考えなければならないことはあるでしょうか。

 

2 対応指針

 コロナ禍においては、「定年まで勤め上げられそうな、良い事務所」探しに固執すべきではありません(「良い事務所」は「アソシエイトにとって働きやすい事務所」ではありません)。「向こう3〜4年間に適切な基礎的訓練を受けられそうな先」を選んだ上で、働きながら、必要に応じて軌道修正を図るしかありません。

 弁護士としての市場価値向上の観点からも、パートナー世代(=アウトプット期)に「やりがいのある仕事をして、経済的収入も確保すること」を目指すためには、まずは、アソシエイト時代(=インプット期)に「適切な訓練を受けること」を先行させなければなりません(必ずしも、インプット期を過ごした環境でアウトプットを臨むことがベストとは限りません)。

 今年は、リーガルテックに関心を示す受験生も増えていますが、大事なことは、「10年後に自分がパートナーになった頃にきちんとリーガルテックを使いこなせるようになっていること」です(「現時点において、リーガルテックの導入が進んでいるかどうか」は事務所選びの最優先項目とは思えません)。

 

3 解説

(1)「中長期的な事務所の存続」<「当面の基礎的訓練」

 企業への就活であれば、「よい企業に就職したい」という目標を設定することは、安定志向のキャリア観の下では、まだ正解と言えると思います。「メンバーシップ型からジョブ型に移行しようとしている」と言っても、解雇権は制限されていますし、定期昇給への期待も抱けます。

 他方、法律事務所に関しては、「クライアントにとって良い事務所」とは、「高い質のサービスを迅速に提供することができる先」であり、それを実現するための執務環境は、厳しい指導、残業、休日出勤と親和的です。また、経営面でも、常に、若くて優秀な人材を確保して育てていき、非効率になってきたシニア世代と入れ替えていくほうが安定するため、厳しい人事評価とリストラに親和性があります。

 つまり、「良い事務所=アソシエイトにとってはブラック事務所」的であることも覚悟せざるを得ない面があります。それを踏まえて、「企業法務弁護士としての幸せな人生」を追求したいと願うならば、落とし所は、「アソシエイト時代は修行期と割り切って、ある程度の激務を受忍した上で、パートナーになってから『生活の質』を高める」というシナリオを目指すのが現実的です。

 気を付けなければならないのは、「将来につながるストレスフルな仕事」ならば、受忍限度内である限り、耐え続ける意味がある(将来投資になる)のですが、中には「ストレスフルであり、かつ、将来の役にも立たない仕事」も存在することです。「将来の役に立たない仕事」であると気付いたならば、仕事を断る、又は、そこから逃げ出す勇気も必要です。

(2) 経済的成功

 企業への就職活動では、「初任給」の比較が行われがちですし、実際にも、初任給が高い先に入社したほうが、生涯賃金も高くなる傾向があります。これに対して、企業法務系弁護士としての経済的成功は、「パートナーとしての期間(20年以上を想定)に継続的に収益を上げること」で実現します(キャリアモデル的には「40歳頃までにパートナーになり、20年はパートナーを続けて、65歳位まで現役を続ける」姿を目指すことが想定されています)。パートナーとしての収入は、事務所の業績や自己の売上げがベースとなるため、アソシエイトの給与の延長線上に設定されるわけではありません。

 企業法務系事務所の1年生アソシエイトの給与は、年間600万円の先もあれば、年間1,200万円の先もあります。2倍も違えば、格差は大きいように思えますが、金額的には600万円の差です。これに対して、パートナーとしての収入は、年間1億円の弁護士もいれば、年間2000万円の弁護士もいます。ここでの金額の差は8000万円に上ります。もし、「生涯年収を高めたい」と考えたならば、ポイントは「アソシエイト時代の給与」ではなく、「どれだけ稼げるようなパートナーになるか?」に関心を向けるべきです。

(3) リーガルテック

 コロナ禍に伴うリモート勤務/在宅勤務は、リーガルテック企業にとって「追い風」となりました。勉強熱心な受験生の中には、採用面談に際して「どのようなリーガルテックのサービスを導入していますか?」という質問を投げかける人も現れています。もちろん、「コロナウイルスに感染したくないので、在宅勤務をしたい」というのであれば、オンラインでの執務環境が優れた事務所のほうが望ましいというのはその通りです。ただ、リーガルテックの導入が進んでいる事務所のほうが、アソシエイトとして有意な基礎的訓練を積むことができる、という関係にあるとは限りません。アソシエイトとしての市場価値は、「どんなクライアントの、どんな案件を、どんなパートナーの指導を受けながら担当してきたか?」という業務経験で測られる、ということには留意しておいてもらいたいところです。

 74期で修習を終えた弁護士が、10年後、パートナーになった時においては、リーガルテックのサービスを用いることにより、アソシエイト業務を効率化して、リーガルサービスを提供することは必須になっているでしょう。ただ、現存するどのサービスが生き残っているかもわかりません。サービスに対するリテラシーを高めておくことは有益ですが、アソシエイトとして「適切な基礎的訓練を受けておきたい」と願うならば、むしろ、「リーガルテックに代替されてしまう前に、伝統的なアソシエイト業務を一通りは自ら体験しておきたい」と考えるくらいの気持ちで臨むべきだと思います(パートナーには「アソシエイトには自分と同じ経験を積んでおいてもらいたい」と期待する傾向も存します)。

以上

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