◇SH3136◇弁護士の就職と転職Q&A Q115「社会的距離はインハウスと外部弁護士の境界を曖昧化するか?」 西田 章(2020/05/11)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q115「社会的距離はインハウスと外部弁護士の境界を曖昧化するか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 新型コロナウイルス感染症対策による経済活動の停滞は、人材市場では、「外部弁護士からインハウスへ」の流れを加速するものになるだろう。当初、私はそう予想していました。しかし、それよりも先に、「インハウスから法律事務所への転身」を希望するキャリア相談のほうが先行して聞かれ始めています。もしかしたら、今回のコロナ禍は、「ジョブ・セキュリティ」を「成熟した組織における安定雇用」に結び付けてきたこれまでの発想を、「市場において求められるスキルと経験値の獲得」へと転換させる役割を果たしているのかもしれません。

 

1 問題の所在

 緊急事態宣言を受けて、大企業では、在宅勤務の導入が一気に広まりました。リモートワークにおいては、「全社員を平等に忙しくするように仕事を割り振る」という配慮をしにくいため、結果として、「暇にしている社員がいるにも関わらず、忙しい社員に仕事が集中する」という「繁忙度格差」を生じさせています。そして、「暇な社員」は「このままでは仕事がなくなってしまうのではないか」という不安を抱かされているのに対して、「多忙な社員」には(過重労働への不満以上に)「自分は今の会社に依存しなくとも生きていけるのではないか」という自信の萌芽も見られます。

 このような「繁忙度格差」は、自粛期間が明けても続く気配があります。というのも、クライアントである経営陣においては、感染症対策に伴う非常時対応に際して(社内の中間管理職を経由した関係部署調整に基づく従来型の意思決定プロセスよりも)「この件について一番詳しい者から直に意見を聞いて判断したい」という要望がリーガル部門に対しても明確に示されるようになってきています。

 ここで(コストの問題をひとまず棚に上げると)「インハウス」と「外部弁護士」との役割分担にも変化が生じています。コロナ前であれば、社内の常識として「まずは、インハウスに相談して、インハウスだけでは対応し切れない問題について外部弁護士に相談する」という先後関係が存在していました(労働問題については、人事部から直接に外部弁護士に相談する事例等を除いて)。しかし、感染症対策としての在宅勤務は、ビジネスサイドにとって、「同じオフィスに居て気軽に相談できるインハウス」との距離を遠ざけました。他方、「オフィスが遠くて、アポイントの取りにくい外部弁護士」との関係では、オンライン会議がその距離を近付けてくれました。このような状況下において、クライアント(ビジネスサイド)からの「オンラインでリーガルリスクについて意見を求められる存在」へのニーズに応えられる人材になるために、若手の中には、「インハウスから外部弁護士に転身したほうがよいのではないか?」という問題意識を抱く者が現れています。

 

2 対応指針

 インハウスにおいては、「純粋社内調整型」(当社の先例を踏襲して部門間の「貸し借り」を交渉材料にする形態)だけでは役割を果たすことができなくなり、外部弁護士と同様に、「法的ロジックに基づいた意見を言語化して伝える能力」に軸足を置いた活動が求められる傾向が強まってきています。

 他方、外部弁護士においては、「リスク指摘型」(リーガルリスクの存在を指摘するだけで、これを取るかどうかのビジネスジャッジメントをクライアントに委ねる形態)だけでは役割を果たすことができなくなり、問題となっている案件の個別事情に即して、リスクを軽減してテイクするための具体策についてまで踏み込んだ意見が求められるようになってきています。

 先例に従った処理だけではコロナ危機を乗り越えることができない以上、いずれにせよ、弁護士には「リスクを取ったアドバイス」を提供する覚悟が求められるようになってきています。ここでは、従来型インハウスにおける「1社専属でリーガルアドバイスを提供する法務部門長を目指す」というキャリア設計から、(A)法律に軸足を置いたままで、お仕えするクライアントの数を増やす路線か(外部弁護士への転身だけでなく、副業・兼業を含む)、(B)法律に軸足を留めておかずに、クライアントのビジネス部門にも守備範囲を広げる路線(ジェネラルカウンセルだけでなく、CFOを目指すことを含む)への変化の萌芽が見られます。

 

3 解説

(1) 社内調整スキル < 法的ロジックの言語化スキル

 これまで、日本企業のインハウスには、「専門分野=社内の関連部署調整」という役割の方々も数多く見られました。その役割は、スムースな意思決定を行うために、過去における同種・類似案件の処理の歴史や、関連部署のキーパーソンの性格等を把握した上で、どこの部署から根回しを始めるべきか、誰を窓口としてどこまでの情報を提供するべきか、といった配慮に重点が置かれていました。

 しかし、今回のコロナショックへの対応は、過去の先行事例に目を向けても、解決策を得ることはできません。経済活動の自粛に伴って生じた損失負担についても、契約相手方との話し合いがまとまらなければ、法廷で決着を付けなければならなくなるシナリオも視野に入れておかなければなりません。そのような状況下で、オンライン会議において、社内のキーパーソンが集まって意思決定を行うためには、「事前の根回し」よりも、「その場で経営陣を納得させられるロジック」が優先されます。ここでは、法律・判例に照らした論理を構築して(それも、まったく同一の先例があるわけではなく、少しでも類似する事例を探して類推した上で)、ビジネスパーソンにも理解できる形で言語化する能力が求められてきます。

(2) リスク指摘 < リスクテイクの意思決定のサポート

 コロナショックは、インハウスに対して、従来型役割からの脱却を求めるだけでなく、外部弁護士に対しても、従来型サービスからの進化を求める契機ともなっています。チャレンジングなビジネスを企画するクライアント企業からは、以前より、「権威がある『お堅い』法律事務所ほど、新しいビジネスモデルを相談しても『こういうリーガルリスクがある』と指摘されるだけで、『あとは御社のビジネスジャッジメントです』と突き放されてしまう。」「できない理由を挙げてもらうために高いリーガルフィーを支払っているわけではない。ダメならば、代替案を提示してもらいたい。」という不満の声が聞かれていました。そして、今回のコロナショックを受けて、「では、どうすればいいのか?」に応えてくれるようなリーガルアドバイスに対するニーズは確実に高まっています。

 このような「リーガルリスクを取った経営意思決定を下支えできるロジックの形成」は、むしろ、これまでインハウスが中心にアレンジしてきたところがあります(必要に応じて、外部弁護士のお墨付き(書面に限らず口頭での)を得ながら)。ただ、コロナショックという先例がない危機からの立ち直りに向けて、ビジネスサイドとのオンライン会議も増えてくる中では、外部弁護士であっても(リーガルリスクの指摘に止まらずに)そのリスクを取ってでも前に進めるための具体的な対応策(リスク軽減策や理論武装)についてまで踏み込んだ助言をすることが求められてきています。

(3) キャリアリスクの回避策

 コロナ感染症対策としての在宅勤務・リモートワークによって、仕事量が増えた社内人気の高い優秀なインハウスは、「法務部長を目指す従来型キャリアパスを漫然と追い求めてはいけないのではないか?」という問題意識を抱き始めています。これには、楽観的なシナリオと悲観的なシナリオの2つが影響しています。

 楽観シナリオは、在宅勤務での活躍に自信を得たことにより、「自分のスキルは他社にも通用するのではないか? 複数の企業の問題に取り組んだほうが、自分の経験値も高まるのではないか?」という積極的意欲から生まれています。

 悲観シナリオは、「コロナショックは、自分が働く大企業をも潰してしまうかもしれない」という不安と、「リーガルリスクを取った自分の意見が裏目に出た場合にはインハウスとして責任を取らなければならない」という不安から生まれています。

 次のキャリアの方向性として、既に、一部で相談を受けつつあるのが、「外部弁護士に転身したい」という希望ですが、よりやわらかい形では、「在宅勤務を続けられるのであれば、空いた時間に兼業・副業をしてみたい」という希望も聞かれ始めています。

 また、オンライン会議で、経営陣からの直接の相談を受ける機会が増えることにより、ビジネスそのものに深く関わることに興味を深めた者からは、「ジェネラルカウンセル/チーフリーガルオフィサーという肩書が付された執行役員になりたい」とか、「バックオフィスすべてを束ねるCFOを目指したい」というキャリアプランも聞かれるようになってきました。

以上

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