◇SH1416◇弁護士の就職と転職Q&A Q18「ベンチャー企業への転職はリスクが高いのか?」 西田 章(2017/10/02)

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弁護士の就職と転職Q&A

Q18「ベンチャー企業への転職はリスクが高いのか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 法律業界では、長らく「ベンチャーは儲からない」と言われてきました。また、「社内弁護士になる=ワークライフバランスを重視した保守的なキャリア選択」という偏見から、「社内弁護士になるならば、安定した大企業」という見方もされがちでした。しかし、最近の「起業ブーム」は、若手弁護士に「ベンチャー企業経験」を介した新たなキャリアモデルも提示してくれています。今回は、ベンチャー企業への転職のリスクとリターンを整理してみたいと思います。

 

1 問題の所在

 かつて、企業法務を担う外部弁護士の間では、「ベンチャー企業支援は(仕事ではなく)趣味。お金にならない」と言われていました。つまり、「ベンチャー企業は社内の管理部門も整備されていないので、法律問題に限らず、日々、経営マター、人事労務、税務会計も混ざった様々な相談を受けて迅速な回答を求められる」「しかし、資金的に余裕がないので、作業時間に見合う報酬を請求できない。ストックオプションをもらわなければ割に合わない」とか「上場したら、コストカッター的なCFOが現れて、報酬カットを要求されたり、顧問を打ち切られて大手事務所に切り替えられたりする」と愚痴られてきました。しかし、ノウハウを蓄積することにより、アーリーステージのスタートアップに対して、社会保険労務士、司法書士、税理士、弁理士ら他士業とも提携した低額な顧問業務を提供する事務所が現れたり、IPO準備を専門的に扱う事務所も活躍するようになってきました。

 ベンチャー企業の社内人材としても、FinTech企業では、新規サービス開発のために、金融規制法の専門性が求められたり、ヘルスケア分野では、医薬品・医療機器や広告関連の規制法の専門性だけでなく、データの利活用のためにプライバシー関連法の専門性が求められるなど、弁護士の採用ニーズが高まってきました。

 このようなニーズの高まりから、「社内弁護士の候補者は、産休・育休を求める女性弁護士に限られる」という主張は過去のものとなりつつあります。それでは、若手弁護士にとって、ベンチャー企業への転職には、どのようなリスクとリターンがあると考えるべきなのでしょうか。

 

2 対応指針

 ベンチャー企業への転職の成功シナリオには、①未上場のうちに(未経験ながらも)法務部門の責任者に就任して、企業の成長と共に、自分の職務範囲も広がり、部下も増える、という社内弁護士としての成長シナリオと、②上場までの過程で培ったベンチャー界隈の人脈を生かした外部弁護士としての成功シナリオの2タイプが存在します。他方、所属企業のビジネスが成功しない事業リスクと、社内で経営陣等からの信頼を得られずに再転職を余儀なくされる人事リスクが存在することも考慮しておかなければなりません。

 

3 解説

(1) 成功シナリオ① 社内弁護士としての成長

 伝統的な大企業は、法務畑の人材の層も厚いです。そのためにプレイヤーとしての修行にはなっても、「社内ポスト争い」の倍率が高いです。また、転職市場においても、年次が上がるほどに「マネジメント経験」が求められるようになります。「部下なし管理職」のままでは、転職市場でも、部門長のポストに求められる要件を満たすことができません。

 その点、ベンチャー企業では、当初は「ひとり法務」でも、ビジネスの成長と共に法務部門長としての職務範囲が広がり、部下も増えて、上場すれば、株主総会対策や金商法周りの業務も、外部弁護士の知見を借りながら、主体的に取り仕切る経験を得ることができます。そこまでの経験を得られたら、転職市場でも、「上場企業の法務部門長経験」は、後進のIPO企業、不祥事等を経た経営再建企業又は外資系企業の日本法人等の法務部門長の候補者としての要件を満たすことになります。

(2) 成功シナリオ② 外部弁護士としての成功

 弁護士業界では「社内弁護士になったら、法律事務所に戻れない」とも指摘されてきましたが、ベンチャー企業に関しては、最近、「将来、外部弁護士として独り立ちするための専門性や人脈を培うためにベンチャー企業で修行する」という志向も生まれています。データの利活用でも、人口知能(AI)でも、ドローン関連でも、最先端のビジネスに纏わる規制対応をするためには、そのビジネスモデルやテクノロジーを深く理解してスピード感をもって試行錯誤を繰り返さなければなりません。そのため、「会議室で会社担当者から話しを聞いて意見書を書く」というような仕事の仕方が通用しません。ただ、それだけに、その野戦病院的な修羅場を共にくぐり抜ける中で築かれた経営陣やビジネスサイドとの信頼関係は、外部専門家のままでは得られないほどに密なものとなります。

 優れたベンチャー企業には、「次は自分のビジネスを上場させたい」という未来の起業家や「他の投資先ベンチャーも支援したい」という投資家が集まっています。業界内のキーパーソンからの信頼を得ることができれば、(社内弁護士というよりも)外部弁護士として、後進のベンチャー企業を顧問先として支援していくビジネスモデルが拓けていきます。

(3) リスクと対処法

 ベンチャー企業は、企業価値を期待する水準まで成長させることができずに、身売り又は廃業するシナリオを辿ることのほうが多いです。また、仮にビジネスとしての成功は期待できても、経営者には個性的な人も多く、給料に見合わないハードワークを求められる場合もあるため、成功まで我慢し切れずに退職するケースもあります。

 履歴書的に言えば、「ベンチャー企業のひとり法務経験」は、転職市場の書類審査では高い点数を付けてもらえるわけではありません。そのため、「次の転職先」を、人材仲介業者を通じた転職活動で探すつもりであるならば、ベンチャー企業への転職はリスクが高いキャリア選択と位置付けられるかもしれません。「ベンチャー企業に飛び込む」と決めたならば、「次の職場」は、ベンチャー企業で働いている期間内に、仕事上の付き合いがある同僚、同業者、取引先又はベンチャーキャピタルのように、「自分の仕事振りを直接に知って評価してくれている先」から声をかけてもらえることを期待すべきです(上司以外にも、自分の仕事を評価してくれる人を確保できるような働き振りを意識すべきです)。

 最近では、ベンチャー企業は、社内弁護士の採用に際して、「副業を認める」という先も現れています。ベンチャー企業に転職する場合のリスク管理方法としては、一社員として企業の成功に尽力するだけでなく、自らの人脈の表面積を広げて、収入源を複線化できるような工夫もしておきたいところです。

以上

 

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