弁護士の就職と転職Q&A
Q80「『転職35歳限界説』は弁護士にも当てはまるのか?」
西田法律事務所・西田法務研究所代表
弁護士 西 田 章
私は、30代前半に金融機関に出向していた時に、「転職は35歳までしかできない」という俗説を聞いて、自らのキャリアに危機感を抱かされました。人材紹介業に転じてからも、大手事務所に所属する弁護士からは「以前はヘッドハンターからの電話がうるさかったが、35歳を過ぎたら来なくなった(苦笑)」と聞かされます。今回は、この「転職35歳転職限界説」を、弁護士のキャリア形成において、どう解釈すべきかについての私見を述べたいと思います。
1 問題の所在
ざっくりしたイメージを述べると、法務の人材市場は、対象となる候補者の経験年数に応じて、3段階に分かれます。①ポテンシャル人材の市場(新卒/第二新卒)、②即戦力プレイヤーの市場、③元請け/責任者の市場、の3つです。そして、③元請け/責任者市場の対象者の入口が、35歳頃に設定されています。
「依頼者/上司の属性」に注目すれば、①ポテンシャル人材と②即戦力プレイヤーは、「自分よりも先輩である法律家を元請け/上司」として働く、いわば「下請け法律家」ポストであり、その仕事の成果は「先輩法律家のスーパーバイズを受けてアウトプットされること」が予定されている、と言えます(「元請け/上司」から信頼されたら、事細かなレビューを受けずに、仕事を「丸投げ」されることもありますが、責任の所在は「元請け/上司」に帰属するため、その庇護の下に仕事をさせてもらっていることに変わりありません)。
この「下請け法律家」としてのスキルは、最初の何年間かは、「年次が上がるほどに向上する」という「正の相関」があると擬制されています。そのため、中途採用のジョブ・ディスクリプションには、求めるスキル水準を示す指標として「経験年数3年以上」とか「5年以上」という要件が掲げられます。ただ、この「正の相関」は、いつまでも続くわけではありません。ジョブ・ディスクリプションに「経験年数15年以上」というような要件は見かけません。実務感覚的には、「下請け法律家としての免許皆伝とされるため必履修単位」は、実働7年程度で修得し終えることが期待されています(一流の法律事務所で、パートナーの昇進要件として「実働7年間」(留学期間等を除く)が掲げられているのもこれを反映したものだと思われます)。
そのため、学校を卒業してストレートに弁護士になった最速出世組は、35歳には、「下請け法律家」としては免許皆伝を受けることが想定されており、③元請け/責任者の人材市場の入口に立てることになります。逆に、35歳を過ぎても、②即戦力プレイヤー市場に留まっている留年組は、もはや「経験年数が増えても、スキルのパラメータは上昇しないのに、年齢が上がることに伴う『採用しづらさ』が増してしまう(→後輩にポストを奪われやすくなる)」という、「オーバードクターの就職難」にも似た問題を抱えることになります。
所属する組織でスムースに内部昇進できれば、嫌が応にも、「②即戦力プレイヤー市場」から「③元請け/責任者市場」へとシフトすることになりますが、それが適わなかった場合に、人材市場をどう活用すればいいのかが問題となります。
2 対応指針
③元請け/責任者市場では、「依頼者/上司」は、ビジネスパーソンです。ここでは、候補者は「実績/アウトプット」によってのみ評価されます。従って、市場で評価されるためには、(インプットを増やすことではなく)「実績を残すために打席に立つ」ことが必要です。
社内弁護士市場で「法務部長サーチ」の理想的候補者は、「(自社に先行する)同業他社の同種ポスト経験者」となります(マザーズ上場企業が、一部上場企業の法務部長経験者を引き抜くイメージです)。「責任者ポスト」未経験者が経験を積む方法は、巨大企業の社内育成であれば、関連会社出向という手法がありますが、転職市場を活用するならば、「候補者の層が薄い先」(スタートアップや新規に日本市場に参入する外資系企業、オーナー企業、不祥事等から再建を目指す企業)への転職リスクを分析する力が求められます(採用選考では、「責任者ポスト経験者」が優遇されてしまうために、「経験者が躊躇する先」に飛び込む覚悟を持てるかどうかがポイントとなります)。
法律事務所での「元請けポスト」に挑戦するならば、「売上げが立たないリスク」を自ら負担する覚悟を持てるかどうかがポイントとなります(最低保証を求めるならば、「売上げが立たないリスク」を採用側が負担することになるため、売上げ実績がない候補者を採用するハードルは高くなってしまいます)。
3 解説
(1)「元請け/責任者市場」における評価基準
ポテンシャル人材も、即戦力プレイヤーも、それを雇用する「元請け/上司」は、法律家です。仕事のアウトプットに際して求められる「一義的な答えがあるわけではない問題に対して自己の経験/職業的勘に基づいて結論を出す」という作業は、「元請け/上司」の専権事項です(下請け/部下に「丸投げ」する人もいますが、これも「下請け/部下の判断に委ねる」というリスクを取った処理方針のひとつです)。そのため、プレイヤー層の人材評価は、基本的には、「注意深く正確で丁寧な仕事を効率的にこなす」というプロセス重視の発想で行われます。ここでは、「偏差値の高い大学入試に合格した」とか「司法試験の順位が高い」とか「TOEIC、TOEFLの点数が高い」とか「外国法資格保有」や「簿記会計に詳しい」という、本人の知識量や事務処理能力が評価されます。
これに対して、「元請け/責任者市場」においては、その依頼者/上司は、ビジネスパーソンです。ビジネスパーソンにとってみれば、「リーガルリスク分析は、元請け/責任者の仕事に任せる」というビジネス判断があるために、「どういう方法を用いてもいいから、適切な結論を示してくれ」という、成果主義が支配する世界です。ビジネスパーソンが「誰にこの仕事を任せるか?」という人選をする際に参照する指標は「同種・類似案件をこなした実績」です。実績がない人材に案件を任せて失敗することは、人選ミスへの責任まで生じさせることにもなりかねません。ビジネスパーソンを依頼者とする人材市場に名乗りを挙げるためには、まず、自らが打席に立たなければなりません。
(2) 社内弁護士としてのキャリア
ヘッドハンターは、候補者に対して、採用企業のポストへの応募を勧誘しますが、ヘッドハンター自身が採用権限を持っているわけではありません。つまり、ヘッドハンターは、「この人であれば、採用企業の選考を通過してオファーを得られるだろう」という外形的スペックを備えた候補者から優先的に声をかけていくことになります。採用企業の側では、自社の「法務の責任者」に最適な人物像を、「現在〜5年、10年後のわが社の経営課題に伴うリーガルリスクを適切に対応してくれる人材」に置いています。そのため、理想的な候補者は、「自社が数年後の目標としている地位に到達している先輩企業において、事業活動に伴うリーガルリスク管理を任された経験を持つ人材」です。従って、「即戦力プレイヤー市場」に留まり続けている限り、「法務の責任者ポスト」の勧誘の声がかかることはありません。
巨大企業の法務畑であれば、「未経験者に経験を積ませる手法」として、チームリーダー的中間管理職ポストを任せたり、関連会社の法務部長に出向させるなどの研修方法を持っています。これに代わる経験を、人材市場を通じて得るとすれば、「経験者ならば、リスクが高いと思って応募できない企業」に応募してみるしか方法がありません。それは、スタートアップ企業、日本初参入の外資系企業が典型例ですが、それ以外には、「オーナー企業の経営者に見込まれて、未経験者にも関わらず責任者ポストを任せてもらう」パターンや、「不祥事が発覚して法務部門のメンバーが入れ替わった先に再建のために乗り込む」パターンがあり得ます。
(3) 法律事務所におけるキャリア
35歳を過ぎて、法律事務所の中途採用で「給料をもらえるアソシエイトポスト」でオファーをもらえることは、ありがたいことではありますが、それに伴うリスク(=即戦力プレイヤー市場に留年し続けるリスク)も考慮しておかなければなりません。
「35歳以上のアソシエイトの中途採用の応募」に対する法律事務所側のリアクションは、(A)比較的簡単にオファーを出してくれる先と、(B)オファーを出すことに対して特に慎重な先、に大別されます。しかし、「(A)が年齢差別しない寛容な事務所であり、(B)が年齢差別する酷い事務所」というわけではありません。むしろ、「その場限りのマンパワー確保のためには、雇用責任を放棄している先」が(A)であり、「採用した弁護士の将来を真剣に考えている(ご縁があって入所してもらった弁護士を解雇したくない)先」が(B)と思われることのほうが多いです。弁護士として、職人的な領域にまで達した技能を磨き続けることができるならば、「35歳を過ぎても、いつまでも下請け業務で食っていくこと」も可能かもしれませんが、「ルーチンな業務を効率的にこなせる」というだけであれば、いずれは、その下請けポストは、自分よりも若い年次の弁護士に奪われることを覚悟しておかなければなりません。
「アソシエイトからパートナーへの昇進」は、「下請け業者から元請け業者への質的な転換」を意味します。「パートナー=元請け業者」たる地位を求めながらも、同時に「給与の最低保証」を求めることは、「売上げが立たない場合のリスクを移籍先事務所に負担してもらいたい」という要求と同義であることは意識しておかなければなりません(理念的には、「半分は事務所の事件を下請けしつつも、残り半分で、元請け業者としての活動を始めて徐々に広げていきたい」という段階的な転換ができることがスムースではありますが、このようなアレンジを実現するためには、採用側事務所のパートナーとの間に個人的な信頼関係を築くことが先決となります)。
以上