タイ:民商法改正案に関する閣議承認
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 佐々木 将 平
6月9日及び6月23日に、民商法(Civil and Commercial Code)の会社法制に関する規定の改正案(以下、両改正案を総称して「本改正案」という)が閣議で承認された。改正点は多岐にわたるが、本稿では、実務上実質的な影響が生じうる主要な改正点に絞って解説する。本改正案は、今後議会の審議(最終的には、国王の署名及び官報での公告が必要)を経ることとなる。法案の成立までには1年程度はかかると思われるが、具体的な制定及び施行時期は未定であり、また、改正内容についても変更がありうる点には留意されたい。
1. 吸収合併制度及び反対株主の株式買取制度の創設
タイの会社法制上、会社の合併は、新設合併の手法(両当事会社がいずれも消滅会社となり、新規に設立する法人に権利義務を承継させる手法)により行うことしか認められておらず、一方の会社が存続会社となる合併の手法(吸収合併)は認められていない。本改正案では、非公開会社の合併について、新設合併及び吸収合併のいずれの方法も認められることとされている。新設合併の場合、合併当事会社が有する許認可を原則として取得し直さなければならない等の問題があるため、タイにおけるM&Aの手法として合併が用いられることは比較的少なかったが、当該改正が行われれば、M&Aにおけるスキーム選択の幅が広がることとなる。
また、合併に関して異議を述べた株主が、保有する株式を、会社に対して売却できる旨が定められた。買取価格は、合意により定める価格又は評価人による評価価格とされており、評価人の指名については、別途省令で定められる規則、手続及び条件によることとされている。
2. 株主総会の最低出席者数規制
本改正案においては、株主総会の開催要件として、従来の定足数要件(資本の4分の1以上を保有する株主の出席)に加えて、2名以上の株主が自ら又は委任状を通じて出席しなければならないとの規定が設けられている。すなわち、株主1名のみの出席では開催要件を充たさないため、常に2名以上の株主の出席又は委任状提出を受ける必要がある。この点は、株主総会は複数の株主による協議の場であるから2名以上の出席が必要であるという考え方に基づき、判例や当局(政府の法解釈を担う行政機関であるCouncil of State)の公的見解においても同様の解釈が度々示されていた点であり、本改正案はその解釈論を明文化したものと言える。
この規制の合理性には疑問があるものの、かかる規制を前提とすると、合弁会社における株主総会運営に関しては、特に注意が必要と思われる。すなわち、合弁パートナーが株主総会への出席を拒否してきた場合には、自社が定足数を上回る株式を保有していたとしても、自社単独では株主総会を開催することができないという事態が生じうる。自社がマジョリティを確保しているケースなど、合弁パートナーの出席や賛同なしで株主総会の決議を行うことが想定される場合には、自社一社で株式を保有する代わりに、一部株式をグループ会社に保有させるなどして、自社側だけで複数名の株主の出席を確保できるようにしておくことも検討に値すると考えられる。
3. 最低株主数の変更
現行の民商法上、非公開会社においては、設立に際して3名以上の発起人(各発起人は、設立に対して1株以上の株式を引き受ける必要あり)が必要であり、また、設立後に株主数が3名を下回った場合は裁判所による解散命令の対象とされているため、常時3名以上の株主が必要となる。本改正案では、この最低株主数は2名に削減されており、規制の緩和が図られている。なお、民商法上の非公開会社については株主を1名とすることまでは認められていないが、別の法人形態として、単独株主による一人会社を認める特別法の制定が別途検討されている。もっとも、現状公表されている法案上は、一人会社の株主は自然人に限る等の制限が課されており、日系企業の子会社として一人会社を利用することは難しいと思われる(一人会社に関する詳細は、昨年4月の記事を参照されたい)。
4. 株主総会招集における公告義務の撤廃
非公開会社の株主総会の招集に際しては、普通決議の場合は7日前までに、特別決議の場合は14日前までに、株主に対する招集通知及び新聞における公告を行うことが求められている。本改正案においては、このうち新聞における公告の義務が撤廃されており、株主総会開催に際しての手続上の負担が軽減されることになる。しかし、招集通知の期間短縮や招集通知の省略は、依然として認められていない。
5. 電子的方法による取締役会開催
本改正案においては、付属定款において別途規定がない限り、省令において定められる条件に従って、電子的方法(電話会議やテレビ会議)による取締役会の開催が認められるとの規定が置かれている。
電子的方法による会議については、従前は、民商法上に特段の規定はなく、暫定政権下の布告及び商務省の布告において認められていたものの、厳格な要件(主催場所に3分の1以上の出席者がいること、全出席者がタイ国内から出席すること等)が課されており、日系企業にとっては利用が難しいものであった。本年4月に、コロナ禍でリモート会議のニーズが高まったこと等を受けて、緊急勅令(Emergency Decree)という形で改正が行われ、これらの要件は撤廃され、出席者の本人確認、議事内容の録音、通信情報の記録、議事録の作成等の一定の要件を満たせば、電話会議やビデオ会議システムによる開催が全面的に認められている。本改正案は、この緊急勅令の内容に沿ったものである。