◇SH3373◇シンガポール:シンガポールからみた日本仲裁法の改正(1) 青木 大(2020/11/09)

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シンガポール:シンガポールからみた日本仲裁法の改正(1)

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 青 木   大

 

 2020年9月17日、日本仲裁法の見直しが法務大臣から法制審議会に対して諮問された。日本における国際仲裁の活性化のために最高の国際水準に見合った法制度を整える必要があることがその理由とされる。仲裁法制の見直しについては、昨年12月から、法務省、最高裁も関与した「仲裁制度の見直しを中心とした研究会」において検討が重ねられ、本年7月に仲裁法制の見直しを中心とした研究会報告書(以下単に「報告書」)が取りまとめられたところであり、今後の法改正もこの内容を軸に検討が進められていくことが予想される。本稿では、シンガポールを拠点として国際仲裁実務に携わってきた筆者の個人的な立場において、その内容の検討と考察を行う。

 

Ⅰ. 見直しの内容

 報告書が検討を行った仲裁法制の見直しの対象は一点、仲裁地を問わず、仲裁廷が下した「暫定保全措置」に日本の裁判所における執行力を付与することである。これは現行仲裁法が準拠しているUNCITRALモデル法が基本的に1985年の当初制定時のものであり、UNCITRALモデル法がその後2006年に主にこの暫定保全措置に関連する箇所を中心とする改正を行ったことに検討の端を発するものであるからである。「暫定保全措置」とは、仲裁手続の過程において仲裁廷により申立当事者に対して与えられる仮の救済であり、日本の裁判所における保全処分(仮差押及び仮処分)に相当するものである。

 

Ⅱ. 「暫定保全措置」の定義

 報告書は執行力が付与される対象となる仲裁廷による「暫定保全措置」について一定の定義を置くことを提案している。具体的には2006年UNCITRALモデル法に準じた以下の4つの類型が掲げられている[1]

  1. 1. 仲裁手続に付された民事上の紛争の対象の現状の変更を禁止し又はその現状が変更されたときはこれを原状に回復すること
  2. 2. 現に生じ若しくは急迫した損害若しくは仲裁手続の円滑な進行の妨害を防止すること、又はこれらの損害若しくは妨害を生じさせるおそれのある行為をやめること
  3. 3. 仲裁判断を実現するために必要な財産を保全すること
  4. 4. 仲裁手続に付された民事上の紛争の解決のために必要な証拠を保全すること

 これらの定義類型に整理できない暫定保全措置は認められないことになる。しかし、かかる4類型は国際仲裁手続において実務上求められることがあり得る暫定保全措置をほぼ全て包含しているものと考えられ、この定義規定が置かれることによって、仲裁廷から得られる暫定保全措置の範囲が狭められるという不利益は当事者にとって考えにくい。

 ただし、この定義に該当しているというだけでは、日本における執行可能性が確保されていることを必ずしも意味しない。例えばコモンローの法域における全資産の包括的な凍結命令(Mareva Injunction)についてもこの定義に含まれるとされるが、日本においてこのような資産を特定しない形での仮差押は許容されていないため、仲裁廷がそのような内容の暫定保全措置を発出しても日本の裁判所はその執行を認めない可能性がある。

 

Ⅲ. 仲裁廷が暫定保全措置を発出する際の要件

 報告書は、暫定保全措置を仲裁廷が発令するための要件として、

  1. 1. 申立人に生ずる著しい損害を避けるため当該暫定措置又は保全措置を必要とすること
  2. 2. 本案について理由があるとみえること

 

の二つの要件を満たさなければならないとしている。これらの要件が認められない場合には、仲裁廷は暫定保全措置を発令する根拠を欠くことになるほか、日本の裁判所における執行の拒絶事由(後述)に当たることになる。

 これら二つの要件は日本の裁判所における民事保全における「必要性」と「被保全権利の存在」の要件にほぼ対応する概念とみられ、報告書もこれらの要件は同義的に解すべきことを示唆しているようにみえる。実務上は、当事者は、日本に所在する相手方や財産に対して仮処分や仮差押をしたい場合、仲裁廷による暫定保全措置と裁判所における保全処分のどちらがより有効かを吟味検討することになり、それらの発動要件に差異があると検討が複雑化するため、統一的な解釈の方向性は基本的には望ましいようには思われる。ただ、ハードルがさほど変わらないのであればなぜ裁判所による保全処分ではなく仲裁廷による暫定保全措置の獲得を目指すのかについては、実務的には他の積極的な理由が必要になってくる[2](逆に、裁判所における民事保全より緩やかな基準が採用されるのであれば、仲裁廷による緊急保全措置の「活性化」がより図られやすくなるのではないかとも思われる。)。

 なお、外国仲裁においては、仲裁廷の暫定保全措置の要件は多様である。例えばシンガポール国際仲裁法上に要件は明示されておらず(SIACやICCの仲裁規則も特段要件は規定していない)、原則として仲裁廷の合理的な裁量に委ねられているが、UNCITRALモデル法に定める要件以外に、シンガポール裁判における保全処分の発動要件を参考にする仲裁人も少なくない(そのハードルは日本におけるそれに比して必ずしも低いものではないというのが筆者の印象である。)。いずれにせよ、外国仲裁において、日本の当事者あるいは財産を対象として暫定保全措置の獲得を目指す場合には、当該仲裁地における要件に加えて、執行地である日本仲裁法上の要件についても目配りしておく必要が生じる。

 


[1] なお、シンガポール国際仲裁法においては、第12条第1項に仲裁廷が一般的に命令を下すことが可能な事項について広範な規定がおかれているものの、暫定保全措置に特化した定義規定はない。

[2] この点シンガポール国際仲裁法は、緊急な事案であっても、仲裁廷が暫定保全措置を発する権限を有しない又は効果的に対応することが不可能な場合にのみ、裁判所で保全処分を得ることができるという建付をとっている(同法第12A条第6項)。

 

 


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(あおき・ひろき)

2000年東京大学法学部、2004年ミシガン大学ロースクール(LL.M)卒業。2013年よりシンガポールを拠点とし、主に東南アジア、南アジアにおける国際仲裁・訴訟を含む紛争事案、不祥事事案、建設・プロジェクト案件、雇用問題その他アジア進出日系企業が直面する問題に関する相談案件に幅広く対応している。

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