2020年EU競争法総括
Norton Rose Fulbright LLP
弁護士 武 藤 ま い
1 はじめに
新型コロナが猛威を振るった2020年。限定的ではあったが、その影響はEU競争法にまで及んだ。この点も踏まえ、2020年の欧州委員会によるEU競争法の執行と法政策を分野ごと(紙面の都合上、国家補助(State aid)は除く)に振り返ってみたい。
2 合併
2020年3月、欧州委員会は、新型コロナに起因するスタッフの在宅勤務と利害関係者からの情報収集の困難さを理由に、届出を可能であれば遅らせるよう推奨した。そのため、2020年第二四半期には、例年と比し届出数が減少した。が、電子ファイルのみによる届出の受け入れを早々に開始するなどの対応が功を奏してか、その後持ち直し、最終的には1年間の届出件数は合計361と、2019年の合計382とそれほど変わらなかった[1]。
審査についてみると、欧州委員会は、合併禁止決定は出さなかったものの、第2次(Phase II)審査を行ったGoogleによるFitbit買収事案[2]、PeugeotとFiat Chryslerの合併事案[3]、およびPKN OrlenとGrupa Lotosの合併事案[4]をいずれも条件付きで承認したり、第1次(Phase I)審査においても、Alstom によるBombardier Transportationの買収事案[5]を含めた13事案を条件付きで承認したりするなど、競争法上のリスクを伴った合併に対しては厳格な審査を維持した。欧州委員会は、破綻会社の抗弁(failing firm defence)[6]についても、新型コロナ危機の中でもその厳格な基準を緩めないと公言し、その厳格さを貫いている。なお、本稿執筆時点で欧州委員会は7事案[7]を第二次審査中である。
また、欧州委員会は、2020年9月には、これまで実務上ほぼ受け入れてこなかったEU及び加盟国双方の届出基準を満たさない場合のEU加盟国からの事案の付託[8]を2021年半ばから受け入れるとの方針返還を発表した[9]。この方針返還については、同時期にガイダンスが発表される予定である[10]。欧州委員会は、いわゆるキラー買収の審査を可能にするために売上ベースの届出基準を変更するのではなく、付託メカニズムを活用することにしたのである。
その他、欧州委員会は、簡易審査のより積極的な活用の意図などを公表しており、これらの点が、2021年早期に発表予定とされる2016年に開始された「EU合併規制の手続面及び管轄面の評価」についての報告書でも取り上げられるであろう。なお、5月に一般裁判所が欧州委員会のHutchison 3G UK3 (Three)によるTelefónica UK (O2)の買収禁止決定を取り消し[11]、欧州委員会が上訴したことから、審査の実体面の変更は現段階では予定されていない。
3 カルテル・水平的協定・垂直的協定
欧州委員会は、新型コロナ蔓延後の4月、新型コロナにより引き起こされた医薬品などの必需品の品薄に対処するため、平時であれば EU 競争法上問題となる一定の限定的な事業協力についても例外的に許容する一時的枠組み[12]を採用した。このような枠組みは前例を見ないが、その適用はかなり限定的である。
カルテルに関していうと、欧州委員会は、7月にエチレン購買カルテル[13]につき3社に対し計約2億6000万ユーロの制裁金を課した後、9月にクロージャーシステムカルテル[14]につき2社に対し計約1800 万ユーロの制裁金を課したにとどまり、カルテル決定数(2)でみると[15]過去5年で一番低かった。これは、新型コロナの影響というより、2020年12月に発表された「損害賠償請求訴訟指令[16]の実施状況に関する報告書」[17]が指摘する通り、2014年の同指令施行後に損害賠償請求訴訟が急激に増加したことから、リーニエンシー申請数が減ったことが関係しているだろう。なお、クロージャーシステムカルテルの制裁金を含めると、2013年以降のEU自動車部品カルテル調査において課された制裁金の合計は計約22億ユーロにのぼる。
垂直的協定に関しては、欧州委員会は、新型コロナ蔓延前の2020年1月に米国メディア会社に対しライセンス商品の販売取り決めが単一市場を分割したとして計約1400万ユーロの制裁金を課した[18]ほか、2月にはスペインのホテルグループに対し消費者の国籍又は居住地により異なる価格設定をしたとして670万ユーロの制裁金を課した[19]。11月には、ジェネリック医薬品の市場参入を遅延させたとして製薬会社2社に対し6000万ユーロの制裁金を課した[20]。このようなペイ・フォー・ディレイ協定が目的による制限になり得ると欧州司法裁判所が1月に判決を下したところであった[21]。
4 市場支配的地位の濫用
欧州委員会は、2020年も市場支配的地位の濫用の執行に積極的であった。6月にアップルがアプリ開発者に適用するApp Storeの使用ルールが濫用的である恐れがあるとして正式調査を開始した[22]のを皮切りに、7月にはアスペンファーマによる超高価価格設定(excessive pricing)による濫用被疑事案において同社のコミットメントについて市場テストを開始[23]、10月にはブロードコムによる排他的取り決めによる濫用被疑事案においてコミットメント決定[24]を採択した上、同月チェコの国営鉄道会社に対し略奪的価格設定(predatory pricing)による濫用被疑事実につき意義告知書を送付[25]、そして11月にはアマゾンに対しマーケットプレイスの売り手機密データの使用をめぐる濫用被疑事実に関し意義告知書を送付[26]した。
5 法政策 欧州委員会は、法政策面でも積極的であった。
まず、2020年4月、「市場画定告示」[27]の見直しを開始した。同告示が制定された1997年以降のデジタル化が市場にもたらした変化(多面プラットフォーム、デジタルエコシステムの存在、ゼロ価格など)やグローバル市場の台頭などに照らし、修正が必要かを判断するためである。2021年中に見直しの第2段階の影響評価が開始されるであろう。
6月には、構造上の競争法上の問題を対処するために「新たな競争法ツール(New Competition Tool)」が必要かどうかを判断するために影響評価を開始するとともに[28]、「ゲートキーパーを務める超巨大オンラインプラットフォームの事前規制手段」についての影響評価も開始した。12月には、かなり物議を醸した両評価の一環でなされた公募結果を基に、デジタル市場法(Digital Markets Act)とデジタルサービス法(Digital Services Act)の規則案を提案した。今後、欧州議会と欧州理事会にて同法案の審議が行われる。
また、6月に「非EU加盟国による補助金に関する白書」[29]を発表後、10月に「非EU加盟国の補助金に起因する域内市場の一般的な競争の歪みならびに買収および公的調達の具体的事案における競争の歪みに対処するための規則案」の大枠に関し「開始影響評価」[30]を発表し意見公募を行った。2021年第2四半期に法案が提案される予定である。
7月にはIoTセクター調査を開始し、2021年春には中間報告書を、2022年夏には最終報告書を発表する予定である[31]。
10月には、2018年に開始した「垂直的協定一括適用免除規則」[32]の見直しの第二段階の影響評価[33]を開始し、12月には意見公募を開始した。同規則とそのガイドライン[34]の改正版は2022年5月に採択される予定である。なお、並行して見直されているR D 協定と専門化協定に関する水平的一括適用免除規則[35]の見直しの第1段階のスタッフワーキングドキュメントは2021年第1四半期に発表される予定である。
6 おわりに
2020年は、12月31日のブレグジット(Brexit)の移行期間終了によって幕が閉じた。2021年からはEUから完全に離脱した英国においての競争法の執行がどう展開するかが興味深いところである。また、EUにおいても法政策レベルだけでも既に盛沢山の動向が予定されており、どんな一年になるか楽しみである。
[1] 欧州委員会競争当局の合併統計。
[2] 欧州委員会の2020年12月17日付けGoogle/Fitbit事案(M.9660)における決定。
[3] 欧州委員会の2020年12月21日付けFCA/PSA事案(M.9730)における決定。
[4] 欧州委員会の2020年7月14日付け PKN Orlen/Grupa Lotos事案(M.9014)における決定。
[5] 欧州委員会の2020年7月31日付け Alstom/ Bombardier Transportation事案(M.9779)における決定。
[6] 「事業者間の結合審査についての理事会規則下での水平的合併評価に関するガイドライン(Guidelines on the assessment of horizontal mergers under the Council Regulation on the control of concentrations between undertakings)」OJ C 31, 5.2.2004, p. 5–18、89~91段落参照。
[7] Fincantieri/Chantiers de l’Atlantique(M.9162)事案、EssilorLuxottica/ GrandVision(M.9569)事案、Hyundai Heavy Industries Holdings/ Daewoo Shipbuilding & Marine Engineering(M.9343)事案、Air Canada/ Transat(M.9489)事案、London Stock Exchange Group/ Refinitiv(M.9564)事案、Danfoss/ Eaton hydraulics(M.9820)事案、Aon/Willis Towers Watson (M.9829)事案。
[8] 2004年1月20日付け「事業者間の結合審査についての理事会規則」(いわゆるEU合併規則)(Council Regulation (EC) No 139/2004 of 20 January 2004 on the control of concentrations between undertakings) OJ L 24, 29.1.2004, p. 1–22、22条。
[9] 2020年9月11日International Bar Association 24th Annual Competition ConferenceにおけるMargrethe Vestager競争担当委員のスピーチ「EU合併規制の将来(The future of EU merger control)」。
[10] 前掲注[9]。
[11] 一般裁判所の2020年5月28日付け CK Telecoms UK Investments v Commission(T-399/16) における判決。
[12] 欧州委員会の2020年4月8日付けコミュニケーション「COVID-19 の発生により引き起こされた現在の危機的状況に対処するための事業協力に関連する反トラスト法上の問題の分析のための一時的枠組み(Temporary Framework for assessing antitrust issues related to business cooperation in response to situations of urgency stemming from the current COVID-19 outbreak)」(2020/C 116 I/02)。
[13] 欧州委員会の2020年7月14日付け エチレン(Ethylene)(40410)事案における決定。
[14] 欧州委員会の2020年9月29日付けクロージャーシステム(Closure systems)(40299)事案における決定。
[15] 小売り食品包装カルテル事案(39563)における2020年12月17日付け再決定を除く。
[16] 加盟国及びEU競争法条項違反に基づく加盟国法下での損害賠償請求訴訟に関するルールについての2014年11月26日付け欧州議会及び欧州理事会指令(以下、「損害賠償請求訴訟指令」という。)(Directive 2014/104/EU of the European Parliament and of the Council of 26 November 2014 on certain rules governing actions for damages under national law for infringements of the competition law provisions of the Member States and of the European Union) OJ L 349, 5.12.2014, p. 1–19。
[17] 2020年12月14日付け損害賠償請求訴訟指令の実施に関する欧州委員会スタッフワーキングドキュメント(Commission Staff Working Document on the implementation of Directive 2014/104/EU of the European Parliament and of the Council of 26 November 2014 on certain rules governing actions for damages under national law for infringements of the competition law provisions of the Member States and of the European Union)。
[18] 欧州委員会の2020年1月30日付け映画商品(Film merchandise)(40433)事案における決定。
[19] 欧州委員会の2020年2月21日付け メリア(休暇価格)Melia (Holiday Pricing) (40528)事案における決定。
[20] 欧州委員会の2020年11月26日付け セファロン(Cephalon)(39686)事案における決定。
[21] 欧州司法裁判所の2020年1月30日付け Generics (UK) Ltd and Others v Competition and Markets Authority(C-307/18)における判決。
[22] 欧州委員会の2020年6月16日付け アップル・App Store 慣行・音楽ストリーミング(Apple – App Store Practices – music streaming) (40437)およびアップル・App Store 慣行・Eブック・オーディオブック(Apple – App Store Practices – e-books/audiobooks)(40652)事案に関するプレスリリース。
[23] 欧州委員会の2020年7月14日付け アスペン(Aspen)(40394)事案に関するプレスリリース。
[24] 欧州委員会の2020年10月7日付け ブロードコムBroadcom (40608) 事案における決定。
[25] 欧州委員会の2020年10月30日付け チェコ鉄道(Czech Rail)(40156)事案に関するプレスリリース。
[26] 欧州委員会の2020年11月10日付け Amazon Marketplace(40462)事案に関するプレスリリース。
[27] EU競争法のための関連市場の画定に関する委員会告示(Commission Notice on the definition of relevant market for the purposes of Community competition law) OJ C 372, 9.12.1997, p. 5–13。
[28] 2020年6月4日付け 開始影響評価(Inception Impact Assessment)(Ref. Ares(2020)2877634)。
[29] 欧州委員会の2020年6月17日付け「非EU加盟国による補助金についての競争条件の公平化に関する白書」(White paper on levelling the playing field as regards foreign subsidies)COM(2020) 253 final。
[30] 欧州委員会の2020年10月1日付け開始影響評価(Inception Impact Assessment)(Ref. Ares(2020)5160372)。
[31] 欧州委員会の2020年7月16日付け IoTセクター調査開始に関するプレスリリース。
[32]2010年4月20日付け 「一定のカテゴリー垂直的協定と協調的行為に対するEU運営条約101条第3項の適用に関する欧州委員会規則No 330/2010」(Commission Regulation (EU) No 330/2010 of 20 April 2010 on the application of Article 101(3) of the Treaty on the Functioning of the European Union to categories of vertical agreements and concerted practices)OJ L 102, 23.4.2010, p. 1–7。
[33] 欧州委員会の2020年10月23日付け「開始影響評価」(Inception Impact Assessment)Ref. Ares(2020)5822391。
[34] 欧州委員会の2010年5月10日付け告示「垂直的制限に関するガイドライン」(Commission Notice Guidelines on Vertical Restraints)SEC(2010) 411 final。
[35] 2010年12月14日付け「一定のカテゴリーの研究開発協定に対する EU 運営条約第101条第3項 の適用に関する欧州委員会規則 No 1217/2010 」 (Commission Regulation No 1217/2010 of 14 December 2010 on the application of Article 101(3) of the Treaty on the functioning of the European Union to categories of research and development agreements)OJ L 335, 18.12.2010, p. 36–42 と、2010年12月14日付け「一定のカテゴリーの専門化協定に対する EU 運営条約第101条第3項 の適用に関する欧州委員会規則 No 1218/2010 」(Commission Regulation No 1218/2010 of 14 December 2010 on the application of Article 101(3) of the Treaty to categories of specialisation agreements) OJ L 335, 18.12.2010, p. 43–47 。
(むとう・まい)
ノートンローズフルブライト (Norton Rose Fulbright)法律事務所ブリュッセルオフィスのシニアア
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