◇SH1114◇実学・企業法務(第40回) 齋藤憲道(2017/04/17)

未分類

実学・企業法務(第40回)

第2章 仕事の仕組みと法律業務

同志社大学法学部

企業法務教育スーパーバイザー

齋 藤 憲 道

 

2. 開発・デザイン・設計

 開発・デザイン・設計を担当する部門では、企画された商品について、①企画の狙い(使用者・使用環境・グレード等)・販売価格・発売時期・梱包方法・物流ルート・販売チャンネル等を営業や物流等の関係部門と確認し、②製造方法・工程品質目標・目標原価・目標生産性・目標生産台数等を製造部門と打合せて合意し、③デザイン・仕様・表示(商品の本体への表示・ラベル表示・取扱説明書等)等を決める。

 この開発・デザイン・設計の過程で、新技術開発、著作物創作、構想設計、試作[1]、設計図作成、仕様書作成、限度見本作成[2]等が行われる。

 市場に出る商品の機能及び商品の安全性の水準[3]は、この開発・設計段階で、ほぼ決まると言われる。

 企業は、新商品に新技術や新著作物を採用するために、自社単独又は他社と共同で研究開発等を行うが、その際に発明・発見・創作等が行われることが多い。特に、市場の変化が激しく、かつ、多種の技術の複合化や開発期間の短期化が求められるソフトウェアや情報通信技術の分野における研究開発においては、1社だけの取り組みでは限界があり、外部の技術・情報を広く集めて行うオープン・イノベーション[4]が増加している。

 通常、特定の商品に用いられる知的財産権を1社で独占するのは困難であり、他者が必須の特許権・著作権等を所有していることが判明した場合は、その権利の使用許諾契約[5]の締結をその者に申し出ることを考える。

 なお、新商品の発売を予定通りに行うためには、商品の生産に用いる機械装置等の開発・設計を、商品の開発・設計と連動して行うことが望ましい。商品の仕様が決まった後で機械装置の開発・設計に着手すると、その分だけ発売時期が遅れ、市場競争で不利になるおそれがある。

 以下に、開発・デザイン・設計段階における作業上の注意事項を列挙する。

(1) システムやソフトの開発に伴うトラブルの防止

 コンピュータ・システムやソフトウェアを開発する場合は、受注側の技術者が全面的(又は部分的)に発注者と共同でプログラムを作成することが多い。そのとき、発注者が自らの要求を受注者に的確に伝えず、または、受注者が(費用を含めて)発注者の要求を満たす提案をしないとして、取引上のトラブルが発生することがある。また、受注者が、発注者の納期要請に配慮して、両社間で契約条件を詰める前に開発準備に着手してしまい、後日、その契約前開発コストの負担をめぐって争いが起きることもある。

 発注者と受注者の間では、対象プログラムの完成に必要な業務を確認し、役割分担・推進体制等の契約基本事項を合意したうえで取引を進めることが望ましい。特に、システムが大きい場合は、作業着手から納期までの間の適切な時期を予め双方で取り決め、作業の進捗状況と当初の合意事項の履行状況を相互に確認することが重要である。

(2) 知的財産の権利化、トラブル防止のための契約締結と管理システム

 企業で発明が生まれるのは、多くの場合、開発・設計の段階であり、それが特許出願されて権利になる。自らの基本特許が成立すれば事業展開が有利になるが、基本特許が無くても、有効な周辺特許が(できれば複数)あれば、基本特許を軸に事業展開する競争相手の活動をある程度、制約することができる。

 複数の企業間で共同開発を行なうか外部に開発委託する場合は、当事者間で開示する営業秘密の取り扱いや開発の成果物(特許・ノウハウ等)の帰属を予め決めておくことが望ましい。特に、開発された技術・製品の経営貢献度が大きい場合は、その開発から生まれた知的財産権の帰属をめぐって紛争が起きる可能性がある。知財紛争が発生すると、損害賠償・出荷差止・販売中止等の問題が生じ、企業イメージも損なわれるので、共同開発・開発委託等に着手する前に共同開発契約・開発委託契約・秘密保持契約(NDA[6])等を締結してトラブル発生を予防したい。

 特許・実用新案・意匠等は、各国の特許庁等に出願・登録して法定期間の権利を取得するが、技術ノウハウ等の営業秘密は秘密管理性・有用性・非公知性の3要件を満たす限り不正競争防止法等により保護される[7]ので、事業の必要性に応じて適切な権利化方法を選択する。

 自分の技術ノウハウ(自分の財産)の流出と、他者から預かった営業秘密(他者の財産)が流出する事態を防ぐために、企業では情報セキュリティ管理[8]を行っている。

 営業秘密が漏洩した事実は部外者には容易に察知できず、また、たとえ競争相手が自社の技術を不正使用していることを認識しても、その段階になって初めて証拠を収集し、訴訟提起するのは難しい。営業秘密が法的保護を受けるためには、日頃から訴訟を前提にして証拠を収集・蓄積することが重要で、そのための管理システムの構築が不可欠である。

 なお、退職した技術者等がライバル企業に転職して以前の職場と同じ業務を行うことを禁じる競業避止義務の有効性をめぐる裁判例[9]では、合理的範囲内で競業を制限することが認められている。

  1. (参考)職務発明、職務著作
  2.     企業の技術開発に関して、「質量分析で、たんぱく質を研究」する道を開いた技術者[10]が2002年にノーベル賞(化学賞)を受賞し、2004年には東京地方裁判所が「青色発光ダイオード」を職務発明した元技術者[11]に200億円の対価の支払いを命じた(後日、約6億円で和解[12])こと等がきっかけとなって、日本で職務発明の議論が展開され、2004年及び2015年に特許法35条(職務発明)が改正された。
     現在では[13]、会社と社員の間の職務発明紛争を予め回避するために、多くの大企業が、自社の労働協約・就業規則・職務発明規程等の中に職務発明に係る発明報償規定や、職務発明が企業に帰属する旨の規定を設けている。
     なお、法人等の発意に基づいて、その法人等の業務に従事する者が職務上作成する著作物で、その法人等が自己の著作の名義の下に公表するもの(但し、プログラムの著作物は公表の有無に関係なく)の著作者は、その作成の時における契約・勤務規則・その他の別段の定めがない限り、その法人等である(著作権法15条1項、2項)。


[1] 必要に応じて、部分試作、数次にわたる試作等が行われる。

[2] 「ここまでは良品」という限界を示す良品限度見本と、「この不具合があれば不良品」とする不良限度見本がある。

[3] 製造物責任の原因の7~8割は、設計完了時点までに取り除くことができたものである、といわれる。

[4] 経済産業省・文部科学省等では、大学・公的研究機関・企業を集め、全国に大学を拠点とする「先端イノベーション拠点」を整備する等して、組織の壁を越えた技術開発を促進している。なお、1998年にTLO法(大学等における技術に関する研究成果の民間事業者への移転の促進に関する法律。TLO=Technology Licensing Organization)が制定され、大学の研究成果の民間企業へのライセンスが進められた。TLO(技術移転機関)は、産学連携の中心的役割を果たしている。

[5] 特許権・実用新案権・技術ノウハウ等の導入を総称して、技術導入契約ということがある。

[6] Non-Disclosure Agreement

[7] 不正競争防止法2条1項4~9号、3条、4条、5条1~3項、9条、21条1~3項、22条1項。同様の技術情報等を保護する国が多く、日本以上に広範で厳しい刑事罰を設ける国もある。

[8] 経済産業省から「営業秘密管理指針(平成27年1月改定)」及び「秘密情報の保護ハンドブック~企業価値向上に向けて~(平成27年2月策定)」が公表されている。前者は法的保護を受けるために必要な要件を示し、後者は法的保護を受ける水準を超えて秘密情報の漏えいを未然に防ぐための対策を紹介する。

[9] 奈良地裁昭和45年10月23日判決「合理的範囲を確定するにあたっては、制限の期間、場所的範囲、制限の対象となる職種の範囲、代償の有無等について、債権者の利益(企業秘密の保護)、債務者の不利益(転職、再就職の不利益)及び社会的利害(独占集中のおそれ、それに伴う一般消費者の利害)の三つの視点に立って慎重に検討していくことを要する。」

[10] (株)島津製作所の田中耕一氏

[11] 2014年に中村修二氏(元、日亜化学工業(株))がノーベル賞(物理学賞)を受賞した。

[12] 東京高裁の和解勧告書(平成17年1月11日)は、中村教授の基本特許と他の特許を合わせて6億857万円とした。

[13] 2015年7月改正特許法35条は、①従業者等がした職務発明について、契約等において予め使用者等に特許を受ける権利を取得させることを定めたときは、その特許を受ける権利はその発生時から使用者等に帰属する旨を規定し、②「相当の対価」の文言を、金銭以外の経済上の利益を与えることも含ませる目的で、「相当の金銭その他の経済上の利益」(相当の利益)に変更した。

 

タイトルとURLをコピーしました