◇SH2763◇英文契約検討のViewpoint 第11回 複雑な英文契約への対応(10)(下) 大胡 誠(2019/09/06)

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英文契約検討のViewpoint

第11回 複雑な英文契約への対応(10)(下)

柳田国際法律事務所

弁護士 大 胡   誠

 

 複雑な英文契約への対応

(8) 主要各国の法律への対処

 ⑤ 各国の規制法

 以上、極めて簡略ではあるが、いくつかの国の(主に)私法に関連する分野を念頭に述べてきた。契約を検討する際には、このほか、各国の公法(または公法的な法律)による規制に抵触しないかを検討する必要がある。こうした規制も数多くあるが、以下においては、そのうちの2,3について散見する。

 ● 競争政策に関する規制

 現時点においてはほとんどすべての国で競争法が立法されており、各国の規制としては契約案の検討にあたり直面する頻度の高いものと思われるので、まずこれを見ることとしよう。

 (ⅰ)結合規制

 M&Aに係る契約その他資本提携に係る契約の締結に関しては、当該M&A等の当事会社の所在国以外でも当該M&A等により国内市場に影響の生じる国の競争法の結合規制[281]に基づきその国の競争当局に対する届出等が必要になることが少なくない。各国の競争法上、届出等が必要となる基準、個々の手続、当局の処理のスピードなどにはばらつきがある。また、中国のように、反壟断法(中国の独占禁止法)に基づく審査の中に競争政策より産業政策的な指向が指摘される例もある。しかし、競争法に照らして当該M&Aが許容できるか否かを判断するために用いられる基本的な考え方自体は、ミクロ経済学などを参照しつつアメリカやEUで発展してきたものが主要国でも採用されていると考えてよいであろう。主要な国の競争当局は自己のホームページ等で結合規制の手続等について(自国語および英語で)情報を開示しており、比較的に情報は取得しやすいと言えよう。

 (ⅱ)行為規制

 競争法は反競争的な行為に対しても規制を加えている。こうした規制には、共同行為規制(合意による反競争的行為に対する規制)[282]と単独行為規制[283]がある。共同行為規制には水平的制約(たとえば、競争事業者間のカルテル)規制と垂直的制約(たとえばメーカーによる小売り業者の再販価格維持)規制がある[284]。競争事業者間のカルテルは世界各国で違法行為となっており[285]、厳しい制裁が科せられることは周知である。違法なカルテルの当事者がこうしたカルテルを契約書に明記することはまずあり得ない。当局の摘発のための証拠を残すことになるからである。垂直的制約については競争促進的な効果もあり、適法なものも存在し、契約の条項に明記されることも少なくない。このため、特に販売活動や生産活動などに制約を加える契約については、関係国の競争法に照らして、こうした条項の適法性を検討する必要があろう。

 たとえば、EUの場合、垂直的制約規制はTFEU101条1項の対象となる[286]。同条はカルテル規制の条項として知られているが、水平だけでなく垂直的制約にも適用される。近時においても、有名キャラクターを保有する日本の会社が、同条違反に問われている[287]。同社が商標権・著作権を有するロゴやイメージを付した物品につき、当該商標権等の使用を当該物品の取扱業者にライセンスしていたが、ライセンス契約において同取扱い業者に対して当該物品の販売をEU内の一定国の中に限り、EU内の他の国での販売を制約していた。EUの競争当局は、こうしたEU内のクロスボーダー販売の制約が上記101条1項違反に該当すると判断したものである。

 TFEU101条は、1項で違反の要件を定め、2項で本条違反の契約は無効である旨規定し、3項には競争促進的な契約は1項の適用から除外される場合があるとの趣旨の規定を置いている。然るに、欧州委員会(European Commission)の2010年の垂直的制約についてのガイドライン(Guidelines on Vertical Restraints)は、一括適用免除(Block Exemption)に該当する一定の合意については、上記101条1項に該当するか検討するまでもない旨記載している[288]

 上記のとおり、TFEU101条3項は、同1項に該当しても同条違反にならない場合を定めており、同3項に関連する、規則330/2010(Commission Regulation (EU) No 330/2010 of 20 April 2010 on the application of Article 101 (3) of the Treaty on the Functioning of the European Union to categories of vertical agreements and concerted practice(Block Exemption Regulation))は、垂直的制限に係る一括適用免除、すなわち、セーフ・ヘブンを定めている。垂直的制限に係る合意(Vertical Agreement)とは何かについて種々議論があるが、要は、異なるレベルの市場において活動する当事者間の合意である。同規則(Block Exemption Regulation)によれば、一括適用免除にはシェアのキャップがあり、供給者のシェアは供給市場の30%を超えてはならず、購入者のシェアは購入市場の30%を超えてはならない(3条)。さらに、同規則は、類似の垂直的制限の並行的なネットワークのシェアが50%を超える場合には、EU競争当局は特定の垂直制限を含む垂直的な合意には同規則が適用されない旨宣言できると定めている(6条)。また、同規則は、一括適用免除が適用されない「ハードコア」制約を定めている(4条)。この中には、再販価格の維持などいくつかのものが含まれる。購入当事者が商品やサービスを販売できる地域を制約することも、このハードコアに含まれる場合があるので注意を要する[289]

 何らかの要件を欠くために一括適用免除に該当しないことは、直ちにTFEU101条1項に該当することにはならない。さらに個別の分析が必要となるだけである。ただし、ハードコアのために一括適用免除に該当しないときには、実務上、その旨推定され、さらに同3項に該当しないことも推定される[290]

 なお、一括適用免除とは別に、競争政策上重要性の低い合意はそもそも評価の対象にしないとの原則、デミニミス・ドクトリン(the De Minimis Doctrine)と呼ばれている原則もある。このドクトリンは、2014年の告示(The Commission’s Notice on agreements of minor importance which do not appreciably restrict competition under Article 101 (1) of the Treaty on the functioning of the European Union (De Minimis Notice))などに示されており、水平的制約と垂直的制約の各々について、マーケットシェアが一定の割合以下[291]の事業者間の合意(契約)は調査の対象としないことが記されている[292]。ただし、De Minimis Noticeは、合意の「object」がEU市場における競争を妨げるものであるときには、同Noticeによってカバーされない旨規定している [293]。objectとは目的と訳されるであろうが、必ずしも主観的なものではないと解釈されている。具体的なケースでは何がこれに該当するか争われると指摘されているが、2015年改訂のCommission Staff Working Document (Guidance on restrictions of competition “by object” for the purpose of defining which agreements may benefit from the De Minimis Notice)の1.の冒頭の段落には、De Minimis Notice につき、Block Exemption Regulationでハードコア制約とされているものは、一般的に、「objectによる制約」と解している旨記されている[294]

 上記有名キャラクター保有の日本会社の例については、シェアなど事案の詳細は明らかでないものの、販売地域に関する制約があったため、EU競争当局から、一括適用免除の適用はなく、TFEU101条1項に該当すると判断されたうえ、同3項にも該当しないと断じられたのであろう。同様の制約のため、デミニミス・ドクトリンにも該当しなかったものと思われる。

つづく



[281] たとえば、アメリカでは前述したHSR Act(注72参照)、EUではCouncil Regulation (EC) No 139/2004 of 20 January 2004 on the control of concentrations between undertakings (一般的にはEU結合規則、the EU Merger Regulation(the EUMR)と呼ばれている)、中国では反壟断法による事業者集中規制(同法20~31条)など。

[282] たとえば、アメリカのSherman Act 1条、EUのTFEU101条、中国の反壟断法13~14条(独占的合意の禁止)日本の独占禁止法3条後段(不当な取引制限)。

[283] たとえば、アメリカのSherman Act 2条、EUのTFEU102条(支配的地位の濫用)、中国の反壟断法17条(支配的地位の濫用)、日本の独占禁止法3条前段(私的独占)。

[284] なお、競争法の(規制)体系については、村上政博『国際標準の競争法へ 独占禁止法の最前線』(弘文堂、2013)41頁参照。

[285] 正確に言えば、水平的制約のすべてが違法なカルテルになるわけではない。競争事業者間の価格カルテル、数量制限カルテル、取引先制限カルテル、市場分割カルテル、入札談合カルテルなどは、ハードコア・カルテルと呼ばれ、本文記載のとおり、各国で違法行為とされている。これに対して、競争事業者間の業務提携(共同研究、運送提携、生産提携(共同生産、OEM)など)については、競争促進的な効果もあり、適法とされる場合がある。競争事業者間の業務提携が違法なカルテルとなるか否かについては慎重な検討を要することが少なくないが、本稿では特に論じない。業務提携に関する近時の資料としては、日本法に関するものであるが、公正取引委員会競争政策研究センター『業務提携に関する検討会報告書』(2019年7月10日)https://portal.shojihomu.co.jp/wp-content/uploads/2019/09/190710gyoumuteikei1.pdf参照。アメリカにおいては、司法省および連邦取引委員会が、ガイドラインとして、Antitrust Guidelines for Collaborations among Competitorsを作成している(2000年)。https://portal.shojihomu.co.jp/wp-content/uploads/2019/09/ftcdojguidelines-2.pdf参照。また、EUにおいても、The Guidelines on the applicability of Article 101 of the Treaty on the Functioning of the European Union to horizontal co-operation agreements (OJ 2011 C11/01)を2010年に作成している。https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:52011XC0114(04)&from=EN参照。

[286] もとより、要件を満たせばTFEU102条(支配的地位の濫用)も適用されるが、ここでは論じない。

[287] European Commission Press release(2019年7月9日付)http://europa.eu/rapid/press-release_IP-19-3950_en.htm参照。本件については、現状、プレスリリースしかなく、事案の詳細は明らかではない。

[288] Guidelines on Vertical RestraintsのParagraph 110参照。垂直的制約の評価の手順が記されている。一括適用免除の有無がTFEU101条1項該当性の判断より先に置かれている。

[289] Block Exemption Regulation 4条(b)の(i)~(iv)参照。Guidelines on Vertical RestraintsのParagraph 50および51も参照。物品やサービスの販売に知的財産権が関連する場合は、Block Exemption Regulation 2条3項を参照。また、同規則5条にも、一括適用免除が適用にならない義務の定め(5年を超える非競争義務など)が列記されている。

[290] Vertical GuidelinesのParagraph 47参照。

[291] 垂直的制約については、当該合意の各当事者のシェアがどの関連市場でも15%を超えないこととされている。De Minimis Noticeのpoint 8参照。そのほかの詳細な要件や水平的制約についてはDe Minimis Notice参照。

[292] なお、De Minimis Noticeの脚注5には、一定の要件を満たす中小企業間の合意(契約)については、加盟国間の取引に影響はなさそうである旨(従って、欧州委員会は調査の対象としない旨)が記載されている。この中小企業(SMEs)の定義は、従業員250人未満、かつ年間総売上5000万ユーロを超えずまたは総資産が4300万ユーロを超えないこととされている。Commission Recommendation of 6 May 2003 concerning the definition of micro, small and medium-sized enterprisesのAnnex, Article 2参照。

[293] De Minimis Noticeのpoint 2参照。

[294] ここでの、「object」とは、TFEU101条1項中のall agreements between undertakings, ・・・・which may affect trade between Member States and which have as their object or effect the prevention, restriction or distortion of competition within the internal market・・・・に記されているものである。objectとeffectについては、RICHARD WHISH, DAVID BAILEY, Competition Law, 8th ed., (Oxford University Press, 2015) pp. 123-132参照。

 

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