◇SH0274◇銀行員30年、弁護士20年 第16回「支店経営と支店長」 浜中善彦(2015/04/03)

法学教育そのほか未分類

銀行員30年、弁護士20年

第16回 支店経営と支店長
 
 
弁護士 浜 中 善 彦
 

 福山支店には2年半在任した。その間、小長支店長と後任のH支店長の2人の支店長に仕えた。
 

 小長支店長時代、次長として着任してすぐの雨の日に独身寮に行ってみると、民家の和室6畳2間だったろうと思うが、3人だったか4人の独身寮生が生活していた。畳が古いだけではない。雨の日だったので、洗濯物を部屋に紐を渡して乾かしていた。私は、単身であったが、立派なマンションの2LDKであるのにあまりにひどいので、支店長にいって、せめてもう少しましな部屋を借りるか、できれば独身寮を作ってほしいと申し上げた。小長支店長は厚生課勤務の経験があったこともあるのであろうが、その後まもなく、支店の近くの陽当たりのいい場所に、2階建ての立派な独身寮ができた。それぞれが個室になっており、食堂その他共用スペースもゆったり取ってあるほか、テニスコートも2面あった。
 

 仕事の上では、富士銀行創業100周年記念で業績目標全目標達成のほか、福山通運の外債発行等、みんなが伸び伸びと仕事をしていた。支店長は、外訪活動も担当者と一緒に積極的にしておられた。それだけではなく、銀行対抗の野球大会や卓球大会では、若い行員と一緒に一生懸命プレイをされた。仕事も部下を信頼して任せてもらったので、みんな安心して仕事をした。融資課のO君は数寄屋橋支店へ栄転するなど、部下行員も相応の評価を得た。業後は、特に部下を飲みに誘うということはなく、それぞれが自由に自分の時間を楽しんだ。私は、独身のW君がカーマニアであり、当時、マツダのRXセブンに乗っていたので、若い行員と一緒に四国の金毘羅さんなどあちこちに連れて行ってもらった。
 

 後任のH支店長から、着任後初めていわれたのは、私は、前任店の次長を検査部に転勤させたということであった。私は、人事は支店長にお任せしていますからと答えた。検査部は、いわゆる窓際である。
 H支店長は、小長支店長と違ってほとんど外訪活動はしなかった。当時は、各支店に1台ずつ支店長用のハイヤーがあったが、ほとんど使うことはなく、支店長の送迎だけであった。各銀行対抗の野球大会等でも、一応参加はされたが、応援席で文庫本を読むなどしていて、プレイすることなどはなかった。小長支店長は、取引先の小料理屋の女将とできていたのではないかといわれたことがあった。そんなことがあろうはずはないので、そんなことはあり得ませんとはっきり答えたが、正直不愉快であった。
 

 仕事は小長支店長時代と同様にしたつもりであったが、業績は次第に振るわなくなり、検査部検査の成績もよくなかった。行員の評価の際、私はできるだけ長所を評価するようにしていたが、後で支店長から、全員左につけておいたからといわれた。左というのは、マイナス評価ということである。
 得意先課長のT君が東京に転勤になったので、挨拶回りに支店長車を貸してほしいと申し出たところ、自分の車を自分で運転していけばいいだろうといわれた。今でも、T君には大変申し訳ないことをしたという思いがある。支店の業績は、支店長次第だと痛感した。
 
以上
 
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