◇SH3473◇企業結合・業務提携の独禁法上のガイドライン・審査制度における日本の傾向とその実務的示唆~2019年経済産業省委託調査における国際比較より~ 業務提携編(下) 石垣浩晶/矢野智彦/竹田瑛史郎(2021/02/04)

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企業結合・業務提携の独禁法上のガイドライン・審査制度におけ
日本の傾向とその実務的示唆

~2019年経済産業省委託調査における国際比較より~

業務提携編(下)

NERAエコノミックコンサルティング

石 垣 浩 晶
矢 野 智 彦
竹 田 瑛史郎

(承前)

2.3. EU水平的共同行為ガイドライン

 欧州のガイドラインであるEU水平的共同行為ガイドラインは、企業同士の協力関係を対象として、競争促進的な面を認めながら、効率的な競争が維持されるための法的枠組みを提供しているが、特に、最も一般的な情報交換、研究開発、生産、購入、販売、標準化に関する水平的協力協定に着目し競争法上の考え方を明らかにしている。このため、2.1.節で紹介した検討会報告書では詳述されていない類型別の業務提携審査方針を推し量る上で本ガイドラインは有益である。

 EU水平的共同行為ガイドラインは業務提携の類型別に以下の枠組みに基づく分析を示している。

第1段階:業務提携に、機能条約第101条第1項が定める競争制限目的(Objective Restriction)または競争制限効果(Effect Restriction)があるかどうかを判断

第2段階:競争制限効果があるとすれば、当事会社が第101条第3項の条件(効率性)が満たされているかどうか、すなわち、競争促進効果が競争制限効果を上回っているかどうかを評価

そこで本節では、2.1.2.節で挙げた生産提携・購入提携・販売提携の3つの類型について、①競争制限の効果に関する基本的な考え方、②セーフハーバー基準あるいは効率性向上により第101条3項の適用除外となる条件について紹介する。

 

2.3.1. 生産提携(production agreements)

2.3.1.1. 競争制限の可能性についての基本的な考え方

 生産提携では、共同生産される商品の市場における競争制限が問題となり得る。ただし、共同生産される商品の部品の市場などの購入市場、あるいは、共同生産される商品を部品として使用する最終生産物の市場などの販売市場に対しても競争制限効果が「波及」する場合があるとされている。

 生産提携は、当事会社が共同で生産した商品の販売を独立に行う場合であっても、当事会社間で生産量や品質等を揃えるなど競争を直接的に制限する可能性があり、当事会社以外とのカルテル等の協調的行動も引き起こす可能性もある。その上、生産提携の対象となる商品が販売市場の商品にとって重要な部品(投入物)である場合には、生産提携を通じて当該投入物の値段を引き上げることにより販売市場における競争相手を排除する可能性がある(投入物閉鎖)とされている。

 コスト共通化割合

 上記のような競争制限は、当事会社が市場支配力を有している場合に生ずる可能性が高まるが、それに加えて上記の協調的行動においては、各当事会社の変動費に占める当事者間で共通する部分の割合(変動費に関するコスト共通化割合)が元々高い場合や、生産提携により変動費に関するコスト共通化割合が大きく上昇する場合に生じやすいとされる。

 また、当事会社が最終製品において競合している場合に、当該最終製品の生産費用に占める割合の高い中間製品(部品)を当事会社が生産提携に基づき共同生産するようなケースも、生産提携に伴うコストの共通化が協調的行動を引き起こし得るとされている。2.1.2.節で述べた通り、日本では生産提携に伴うコスト共通化割合を評価する場合、単に生産費用もしくはコスト構造の共通化割合がその対象として記載されているが、EU水平的共同行為ガイドラインではコストの中でも変動費の共通化に着目していることが分かる(また、提携により固定費だけが削減されても消費者に資する結果となりにくいことも明記されている。)。また、コスト共通化の割合が元々高い場合のみならず、生産提携により大きく上昇する場合にも協調的行動が生じやすいとの見解が示されている点も特徴であると言えるだろう。

 

2.3.1.2. 適用除外となる条件

 セーフハーバー基準による適用除外

 生産提携の下で製造される商品が属する市場において当事会社の合算市場シェアが20%を超えない場合は、通常、当事会社は市場支配力を持たず生産提携は競争制限をもたらさないと判断される。すなわち、20%以下がセーフハーバー基準である。

 参考までに、企業結合ガイドラインでは水平型企業結合においてはHHI(市場集中度の指数)が2,500以下かつ合算市場シェアが35%以下の場合には競争を実質的に制限することとなるおそれが小さいという基準が存在するが(ただし、おそれが「ない」と述べているわけではないため、上記の基準はセーフハーバー基準そのものではない。)、上記の合算市場シェア20%以下はこの基準よりも厳しいものである。

 効率性向上による適用除外

 生産提携は、重複する費用の削減などの規模の経済、補完的なスキルやノウハウの統合による品質向上、商品バラエティの増加などの効率性の向上をもたらす可能性があり、その場合、当該生産提携は競争促進的となり得る。

 上記のような効率性向上に必要な範囲内で行われる提携であって、消費者が効率性向上を価格の低下、品質の向上、商品バラエティの増加等の形で享受でき、かつ、生産に関わる競争を大きく減退させない場合、適用除外が認められる。

 

2.3.2. 購入提携(purchasing agreements)

2.3.2.1. 競争制限の可能性についての基本的な考え方

 購入提携は、共同購入の対象となる購入市場と、当事会社が販売者として活動する販売市場の2つの市場において、競争制限をもたらし得る。

 購入市場においては、サプライヤーに対して商品の種類を減らし品質を下げることを求めるリスクがあり、それにより品質やイノベーションに費やす労力の低下等の競争制限をもたらし得る。これに加え、当事会社の競合企業に対し、共同購入を行うサプライヤーへのアクセスを制限するという閉鎖行為が行われる可能性もある。

 販売市場においては、最終製品に占める共同調達部品の割合が大きい場合、当事会社間で販売価格の値下げ競争を行うインセンティブは大幅に減退してしまう。その機序については詳述されていないが、おそらくは次に説明する共同調達に伴うコスト共通化割合の上昇を指していると考えられる。販売市場で値下げ競争インセンティブが弱まった場合、共同購入による調達価格の引き下げのメリットを消費者は享受することができない可能性がある。

 コスト共通化割合

 生産提携の場合と同様に、コスト共通化割合が販売市場において協調的行動による競争制限をもたらし得ることも指摘されている。

 共同購入はその対象となった商品を直接販売する場合であっても部品として最終製品に投入する場合であってもコスト共通化をもたらすものであるから、共同購入の結果としてコスト共通化割合が高まる場合には協調的行動による競争制限が生ずるリスクが高まることになる。このような場合や、当事会社の販売市場における変動費に関するコスト共通化割合が高い場合などは、コストの共通化が協調的行動を引き起こし得るとされている。

 

2.3.2.2. 適用除外となる条件

 セーフハーバー基準による適用除外

 購入市場あるいは販売市場において当事会社のそれぞれの市場における合算市場シェアが15%を超えない場合は、当該購入提携はそれぞれの市場において競争制限をもたらさないと判断される。すなわち、15%以下がセーフハーバー基準である。このように、購入提携におけるセーフハーバー基準は生産提携と比べると厳しく、販売提携とは同等と言える。

 効率性向上による適用除外

 購入提携は、購入価格の低下や取引・輸送・貯蔵コストの削減によるコスト削減や、サプライヤーに対し新たな品質の高い商品の供給と導入の促進をもたらす可能性があり、その場合、当該生産提携は競争促進的となり得る。

 上記のような効率性向上に必要な範囲内で行われる提携であって、また、消費者が競争制限効果を上回る価格の低下や新たな品質の高い商品の登場等の効果を享受できる場合、かつ、当該商品の購入・販売市場での競争を大きく減退させない場合、適用除外が認められる。

 

2.3.3. 販売提携(agreements on commercialization)

2.3.3.1. 競争制限の可能性についての基本的な考え方

 販売提携は、共同販売の対象となる商品の市場において、価格の維持、販売量の制限、当事会社間での市場の分割、戦略的な情報交換等によって競争制限をもたらし得る。

 他方、販売提携であっても、プロジェクト受注のためのコンソーシアムのように、費用面の理由等により個々の企業は参入が困難な市場に複数で共同して参入する性質のものである場合、個々の企業は単独では参入できず互いに競合していないことから、このような販売提携は競争を制限していないとされている。

 コスト共通化割合

 生産提携・購入提携と同様に、コスト共通化割合が高い場合には協調的行動による競争制限をもたらし得ることも指摘されている。日本では販売提携においてコスト共通化割合は言及されておらず、競争制限をもたらす可能性を高める重要な要素としては扱われていないと考えられるのとは対照的である。

 各当事会社の変動費に関するコスト共通化割合が元々高い場合や、販売提携により変動費に関するコスト共通化割合が大きく上昇する場合に生じやすいとされる。

 また、配送費用やマーケティング費用などの販売費用が変動費の大部分を占めるような商品についての販売提携は、高いコスト共通化割合を伴うため協調的行動を引き起こすリスクが高いとされている。他方で、生産費用が総費用の大部分を占めるような商品についての販売提携ではその限りではない。

 

2.3.3.2. 適用除外となる条件

 セーフハーバー基準による適用除外

 販売提携では、一般的には当事会社の合算市場シェアが15%を超えない場合は競争制限をもたらさないと判断されるが、当事会社間で事前に決めた価格水準に販売価格を揃える価格維持(price-fixing)については大幅な効率性向上に必要不可欠でない限り適用除外とはならないことが明らかにされている。

 合算市場シェアの観点からは、販売提携におけるセーフハーバー基準は生産提携と比べると厳しく購入提携とは同等と言えるが、一部の手段(価格維持)を例外とすることが明記された点は購入提携よりもさらに厳しいと言える。

 効率性向上による適用除外

 販売提携は、生産提携および購入提携と比べ、適用除外の対象となるハードルが高く設定されている。以下に述べる通り、適用除外の対象を制限する旨の文言が並び、また、当事会社による効率性向上の立証を明確に求めている。

 販売提携が効率性向上をもたらすかは類型にも依存しており、価格維持は一般的には適用除外とならないが、共同配送は規模の経済を通じて大きな効率性向上をもたらし得ることが指摘されている。

 適用除外となる効率性向上は、競争の減少に伴うコスト削減のみによるものであってはならず、経済活動を当事会社で統合することによって生じたものでなければならない。例えば、輸送コストの削減が単に顧客を地域別などで当事会社で分け合ったことによる削減であって、物流システムの統合によるものではない場合には、適用除外の対象とはならない。

 また、当事会社は購入提携が効率性向上をもたらすことを具体的に示さなければならないとされている。各当事会社が資本、技術、その他の資産を販売提携に対してどのように提供するか示すことが重要であり、また、リソースや施設の重複の削減を通じたコスト削減も考慮の対象となると述べられている。

 上記のような効率性向上に必要な範囲内で行われる提携であって、また、消費者が競争制限効果を上回る価格の低下や品質の向上、商品バラエティの増加等の効率性向上の効果を享受できる場合、かつ、当該商品の販売市場および関連市場での競争を大きく減退させない場合、適用除外が認められる。

 

2.4. まとめ

 業務提携編では、まず、日本の業務提携規制について、企業結合規制と照らし合わせながら説明を行った。業務提携も企業結合とほぼ同様の枠組みで審査されることになるが、制度上は市場画定の考え方は明記されておらず、セーフハーバー基準も明確化されていないことを明らかにした。

 欧米の業務提携規制は、日本とほぼ同様であるが、欧米では市場画定の考え方やセーフハーバー基準が明確化されており、当事会社の業務提携の競争法上の問題に関わるセルフアセスメントに有益な指針を明らかにしている。特に、欧州のガイドラインでは、違法となりうる/違法とはならない業務提携の具体的な内容が明らかにされているという意味では有用性が高い。

 最後に、調査結果を踏まえて実施した研究会でのディスカッション等に基づき、業務提携の独禁法上の規制に際し企業が持つべき姿勢について述べておきたい。

 第一に、セルフアセスメントを活用することが望ましい。企業を取り巻く環境変化に伴い、効率化や新たな協業等を目的とした業務提携は今後も増加することが想定されるが、業務提携によって提携当事会社間の事業活動が一部共同化されることから、独禁法違反(不当な取引制限(カルテル)等)に相当しないか否かについて事前に適切な検証を行うことが必要である。

 その際、事前に公取委の相談制度を利用して当局からの回答を得る方法もあるが、一般的に業務提携は、(企業結合に比べて)より日常的に行われ、迅速で低廉なコストで行えることにメリットのある行為であることから、全ての案件について公取委に事前相談を行うことは現実的でなく、提携当事会社である企業が自ら適切に独禁法上の事前評価(セルフアセスメント)を行うことが重要となる。

 第二に、セルフアセスメントを実施する際には、信頼性の高い客観的な基準に依拠することが望ましい。日本においては、「共同研究開発ガイドライン」や「事業者団体ガイドライン」等の個別分野について業務提携に関連するガイドラインが提示されているものの、業務提携の適法性の基準を包括的に明らかにするようなガイドラインの公表はない。一方、業務提携を検討するに当たっては、こうした既存のガイドラインの他、公取委が公表している「相談事例集」や公取委CPRCが公表した業務提携報告書を参照することが有用である。加えてEUにはカルテルの個別適用免除を定める規定が存在しており、本枠組みに沿ったチェックを行うことや、2.3.節で紹介したEU水平的共同行為ガイドラインが包括的であるため、これを参照してセルフアセスメントを行うということも有用である。

 セルフアセスメントを行う際には、2.1.2.節で述べた通り、当事会社間の競争に与える影響についての評価について検討を行ったうえで、市場全体に与える影響の評価という点について考慮する必要がある。

 なお、業務提携はその類型や程度が様々あることから、セルフアセスメントを画一的に行うべきではなく、業務提携により共同化される事業の範囲、共通化されるコストの割合、提携を行う期間等を踏まえたうえで、事業活動の一体化の度合いに応じたセルフアセスメントが求められる。例えば、公取委の相談事例(平成30年度事例8)では、運送事業者間の共同輸送(物流提携)に関し、提携事業者の総輸送量に占める共同輸送による輸送量の割合が低く、コスト共通化割合も低いため、提携事業者間における情報管理が適切に行われれば、独禁法上問題とならないと回答している。このように、事業の一体化度合いが低い提携事案については、適切な情報遮断措置を講じたうえで、速やかに実行に移すということも考えられる。

以 上

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