中国:個人情報保護法(草案)の概要(4)
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 川 合 正 倫
弁護士 鈴 木 章 史
9. 越境移転規制及び国内保存義務
(1)中国国外への越境移転規制
本法案は、中国国内の個人情報の国外への越境移転が認められるためには、個人情報の取扱者に業務等の必要性がある場合で、かつ以下の条件のうち少なくとも1つの条件を具備する必要があるとしている(38条)。
- (a)国家インターネット情報部門による安全評価に合格した場合
- (b)国家インターネット情報部門の規定に基づく専門機関による個人情報保護の認証を取得している場合
- (c)国外の移転先と契約を締結し、双方の権利義務を合意し、その個人情報取扱活動が本法の規定する個人情報保護基準に達していることを監督する場合
- (d)法律、行政法規又は国家インターネット情報部門の規定するその他の条件を満たす場合
上記(c)にあるとおり、契約の締結及び移転先の監督により個人情報の越境移転が認められることになり、具体的な対応については今後の実務動向や関連法令を確認する必要があるが、この方法が国外移転を行う際の一般的な方法となることが予想される。現時点においては施行されていないが、2019年6月に公表された「個人情報の越境移転安全評価弁法(パブリックコメント募集稿)」では、広くネットワーク運営者(ネットワークの所有者、管理者及びネットワークサービスの提供者を指し、ネットワークを利用して事業を行う限りこれに該当する)に対して個人情報の越境移転の際に政府の安全評価を受ける義務が課されていた。当該パブリックコメント募集稿と比べると、事業者に一定の義務を課しつつも、その越境移転の必要性及び便宜に応える合理的な内容となっていると評価できる。
(2)国内保存義務及び越境移転に関する特別な規制
上記(1)の規制とは別に、(i)重要情報インフラ運営者又は(ii)取り扱う個人情報が、国家インターネット情報部門が別途定める数量[1]に達した個人情報の取扱者に該当する場合には、個人情報を中国国内で保存しなければならず、中国国外への移転については、当該移転の必要があり、かつ、国家インターネット情報部門による安全評価に合格した場合にのみ許容される(40条)。このように、慎重な取扱いが要請される類型の個人情報の越境移転については、原則として政府当局の安全評価に合格することが要求される。もっとも、この場合でも、法律、行政法規及び国家インターネット情報部門が安全評価を行わなくて良いと定める場合には、その規定に従う(40条)としており、事案や個人情報の内容に応じて行政部門の裁量で移転の可否を判断していく規定ぶりとなっている。
(3)越境移転に係る単独同意
上記の規制に加え、中国国外に個人情報を移転する場合、(i)情報主体に対し移転先の身元、連絡方法、取扱目的、取扱方法、個人情報の種類及び個人が移転先に対して権利行使する方法等の事項を告知した上で、(ii)単独同意を取得しなければならない(39条)。
10. 違反行為に対する行政処分
個人情報の取扱者が本法案の規定に違反した場合、是正命令、違法所得の没収の対象となる。是正しない場合には、取扱者が100万元以下の過料の対象となるだけではなく、その責任者も1万元以上10万元以下の過料の対象となる(62条1項)。
さらに、情状が重い場合には、是正命令、違法所得の没収に加え、5,000万元以下又は前年度売上高の100分の5以下の過料、業務停止、許認可又は営業許可の取消しの対象とされている(62条2項)。この場合の責任者に対する過料は10万元以上100万元以下とされる。上記のとおり、情状が重い場合には、巨額の過料及び業務停止等の重大処分の対象となりうる点でネットワーク安全法から処分内容が加重されている。
なお、国外の組織、個人が中国の個人情報の権利利益を侵害した場合又は中国の国家の安全、公共の利益に危害を与えた場合、国家インターネット情報部門の個人情報提供制限リスト又は禁止リストに列挙、公告され、個人情報を提供することの制限又は禁止等の措置が講じられることがある(42条)。
第3 まとめ
本法案は、中国で初めて個人情報保護に関する制度を体系的に規定した草案であり、今後の規制の方向性を把握するという観点からも重要度の高い草案といえる。中国でB to Cビジネスを行う事業者はもちろんのこと、国外から中国にサービスや商品を提供する事業者に至るまで、本法案の下で規制の対象となる事業者は、現行の個人情報保護に関する規制の順守状況を再確認するとともに、本法案の内容を確認することを通して、将来的な規制への備えを進めることが望ましい。
以上
[1] 「数量」については、今後関連法令で明らかにされることが待たれる。監督部門等による安全評価義務が生じる個人情報の数量について、2017年に公表された「個人情報及び重要データの越境移転の安全評価弁法(パブリックコメント募集稿)」では、(i)50万人以上の個人情報の場合、(ii)情報の容量が1000G以上の場合等としており参考になる。
この他のアジア法務情報はこちらから
(かわい・まさのり)
長島・大野・常松法律事務所上海オフィス一般代表。2011年中国上海に赴任し、2012年から2014年9月まで中倫律師事務所上海オフィスに勤務。上海赴任前は、主にM&A、株主総会等のコーポレート業務に従事。上海においては、分野を問わず日系企業に関連する法律業務を広く取り扱っている。クライアントが真に求めているアドバイスを提供することが信条。
(すずき・あきふみ)
2005年中央大学法学部卒業。2007年慶應義塾大学法科大学院修了。2008年弁護士登録(第一東京弁護士会)。同年都内法律事務所入所。2015年北京大学法学院民商法学専攻修士課程修了。同年長島・大野・常松法律事務所入所。主に、日系企業の対中投資、中国における企業再編・撤退、危機管理・不祥事対応、中国企業の対日投資案件、その他一般企業法務を扱っている。
長島・大野・常松法律事務所 http://www.noandt.com/
長島・大野・常松法律事務所は、約500名の弁護士が所属する日本有数の総合法律事務所です。企業法務におけるあらゆる分野のリーガルサービスをワンストップで提供し、国内案件及び国際案件の双方に豊富な経験と実績を有しています。
当事務所は、東京、ニューヨーク、シンガポール、バンコク、ホーチミン、ハノイ及び上海にオフィスを構えるほか、ジャカルタに現地デスクを設け、北京にも弁護士を派遣しています。また、東京オフィス内には、日本企業によるアジア地域への進出や業務展開を支援する「アジアプラクティスグループ(APG)」及び「中国プラクティスグループ(CPG)」が組織されています。当事務所は、国内外の拠点で執務する弁護士が緊密な連携を図り、更に現地の有力な法律事務所との提携及び協力関係も活かして、特定の国・地域に限定されない総合的なリーガルサービスを提供しています。
詳しくは、こちらをご覧ください。