中国:プラットフォームビジネス領域における独占禁止指針の概要(上)
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 鈴 木 章 史
2021年2月7日、中国国家市場監督管理総局(以下、「市場総局」という。)は、プラットフォームビジネスにおける独占行為への監督を強化し公正な市場競争を確保することを目的とする「プラットフォームビジネス領域における独占禁止指針」(以下、「本指針」という。)を公布し、本指針は同日付けで施行された。市場総局は、2020年12月14日付けでアリババの投資会社やテンセントが最終支配者として関与する企業結合に関し届出義務の未履行を理由に関係当事者に罰金を課し、また同年12月24日には、アリババによる「二者択一」の慣行[1]について、法令に抵触する可能性があるとして調査を開始するなど、このところプラットフォームビジネスの独占行為に対する取り締まりが立て続けに行われた[2][3]。また、中央経済工作会議が発表した2021年の8大重要政策に、プラットフォーム企業による独占、データの収集・使用管理、消費者権益保護に関する法律・規範の整備が挙げられているところ、本指針は当該政策に沿うものであり、プラットフォーム内事業者や関与する事業者に対して広く適用されるため、実務界において注目を集めている。
1. 規制の対象となる事業主体
本指針において規制の対象となる事業主体は、(i)プラットフォームサービスを提供するプラットフォーム事業者(2条2号[4])、(ii)プラットフォーム内で商品又はサービスを提供するプラットフォーム内事業者(2条3号)、及び(iii)プラットフォームビジネスに関与する事業者[5]である。プラットフォームの運営主体であるプラットフォーム事業者とそこに出店するプラットフォーム内事業者だけではなく、プラットフォームビジネスに関与する事業主体まで幅広に規制の対象とされているため、自社の事業が何らかの形態、手段で中国のプラットフォームビジネスと関係する事業者は、本指針の適用の有無やビジネスへの影響を検討する必要がある。また、本指針において、プラットフォームとは、「ネットワーク情報技術を通じて、相互に依存する二者又は複数の主体に、特定の媒体が提供するルールをベースに、相互作用により共同で価値を創出するビジネス組織の形態」を指す(2条1号)とされており、定義上無償のビジネスであってもプラットフォームビジネスに該当し得るなど、プラットフォームビジネスと認定され得る事業の範囲も広い点に注意が必要である。
2. 独占合意の認定について
中国独占禁止法(以下、「独禁法」という。)は、一定の類型の事業者間の合意を独占合意として禁止しているところ(独禁法13条乃至16条)、本指針は、プラットフォームビジネスにおける独占合意の成立及び認定に関して以下のような特別な指針を提示している。
(1)データ、アルゴリズム等を利用した独占合意
独禁法は、競争関係にある事業者間のいわゆる水平型の独占合意として、価格固定、市場分割、生産量・販売量の制限、新技術・製品の制限、共同ボイコットを禁止し(独禁法13条1項)、事業者と取引先との間のいわゆる垂直型の独占合意として、再販売価格の設定、最低販売価格の設定等(独禁法14条)を禁止している。
本指針は、水平型の独占合意について、競争関係にあるプラットフォームビジネス領域事業者間に、(i)プラットフォームを利用した価格、販売量、コスト、顧客等のセンシティブな情報の収集、交換、(ii)技術的手段を利用した意思連絡、(iii)データ、アルゴリズム、プラットフォームのルールを用いた協調的行動の実現等が認められる場合、独占合意の成立が認定され得るとしている(6条1項)。
垂直型の独占合意については、プラットフォームビジネス領域事業者と取引先との間で、(i)技術的手段を利用した価格の自動設定、(ii)プラットフォーム規則を利用し価格の統一、(iii)データとアルゴリズムを利用した価格の直接又は間接的な限定、(iv)技術手段、プラットフォーム規則、データとアルゴリズムなどを利用した他の取引条件の限定により、市場競争の排除、制限効果が認められる場合、独占合意の成立が認定され得るとしている(7条1項)[6]。また、垂直型の独占合意に関して、本指針は、プラットフォーム事業者がプラットフォーム内事業者に商品価格、数量等の面で他の競合プラットフォームより優位又は同等の取引条件を提供するよう要求する行為は独占合意に該当する[7]可能性があると規定し(7条2項)、いわゆる最恵国待遇条項が垂直型の独占合意として違法となる可能性があることが規定された。その上で、本指針は、垂直型の独占合意に該当するかの分析に際しては、プラットフォーム事業者の市場力、関連市場の競争状況、他の事業者が関連市場に参入する障害の程度、消費者の利益及びイノベーションへの影響などを総合的に考慮するとしている(7条3項)。
(下)に続く
[1] 一般的に、出店者に対し競合プラットフォームでの商品販売やサービス提供を差し控えるよう求める慣行をいう。
[2] TikTok等の運営を行うバイトダンスは、2021年2月2日、WeChat等を運営するテンセントに対し、ユーザーがWechat等を通じてTikTok等のコンテンツを共有することを制限する行為は、市場支配的地位を濫用し競争を排除、制限する行為であるとして、制限の是正、影響の除去及び9,000万元の賠償等を求めて北京知財法院に訴訟提起した。本件訴訟もプラットフォームの運営者であるテンセントによる独占行為の有無が問題となっているケースであり今後の帰趨及び裁判所の判断は注目に値する。
[3] 2021年2月8日、市場総局は、ECプラットフォームを運営する唯品会が、2020年8月から12月に他社のブランドに関する情報を取得するシステムを構築し、これを使用してユーザーの選択に影響を及ぼし特定のブランドの販売を阻止したとして、ユーザーの選択に影響を与え他の事業者のサービスの正常な運営を妨げること等を禁止する反不正当競争法12条4号に違反したことを理由に同社に対し300万元の罰金を科した。独占禁止法を適用した事案ではないが、市場総局がプラットフォーム運営者に対する取り締まりを積極的に行おうとする姿勢が表れている事例といえる。
[4] 本稿において特に法令名の記載のないものは本指針の条文を指すものとする。
[5] 本指針は(i)(ii)及び(iii)の事業主体を総称して、プラットフォームビジネス領域事業者(2条4号)と定義している。
[6] これらの規定は、独占合意が成立し得るケースを限定的に列挙しているわけではないと考えられ、該当しない場合でも独占合意が成立し得ることについては注意が必要である。
[7] 本指針は、当該行為が、独占合意だけではなく市場支配的地位の濫用行為に該当し得ることも明記している。
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(すずき・あきふみ)
2005年中央大学法学部卒業。2007年慶應義塾大学法科大学院修了。2008年弁護士登録(第一東京弁護士会)。同年都内法律事務所入所。2015年北京大学法学院民商法学専攻修士課程修了。同年長島・大野・常松法律事務所入所。主に、日系企業の対中投資、中国における企業再編・撤退、危機管理・不祥事対応、中国企業の対日投資案件、その他一般企業法務を扱っている。
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