マレーシア:倒産処理・債務整理に関する法制度の改革(1)
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 酒 井 嘉 彦
1. はじめに
マレーシアにおいて、会社の倒産処理・債務整理にはマレーシア会社法(Companies Act 2016。以下「会社法」という。)の条項が適用されるところ、会社法を所管するマレーシア企業委員会(Companies Commission of Malaysia)は、この夏、2020年会社法改正案に関する諮問文書(以下「諮問案」という。)を公表した。諮問案では、会社法改正に関する政策的指針に加え、会社法の改正文言案も提示されている。その内容は多岐にわたるものの、主要な提案事項については以下のように整理することができる。今回から3回にわたり、下記1乃至3の倒産処理・債務整理手続に関する会社法改正に向けた主要な動向について、その概要を紹介する。
2020年会社法改正案に関する諮問文書における主要な提案事項 | |
1. | スキーム・オブ・アレンジメントの法的枠組みの強化 |
2. | 倒産処理メニューの活用の拡大 |
3. | 各倒産処理手続における債務者再建の促進 |
4. | 法人の実質的所有者に関する報告枠組みの強化 |
5. | その他、諸々の改正事項 |
なお、諮問案は、2020年8月末にパブリックコメントの募集期間を終えたところであり、今後早ければ2020年11月の議会の審議にかけられる可能性がある。しかしながら、具体的な会社法改正の制定・施行時期は未定である。また、諮問案は、今後、パブリックコメントの検討結果や議会での審議を経て、その内容に変更があり得る点については十分に留意されたい。
2. マレーシアにおける企業の倒産法制の概要
マレーシアにおける企業の倒産手続として、従来から、再建型手続であるスキーム・オブ・アレンジメント(Scheme of Arrangement)と、清算型手続に近い保全管理(receivership)及び強制清算(compulsory winding-up)が存在していた。また、2016年の会社法改正により、更生管財人の選任を伴う会社更生手続(judicial management)と、会社更生手続に比較すると裁判所の関与の度合いが低い再建型手続である会社任意和議手続(corporate voluntary arrangement)が導入されている。
3. スキーム・オブ・アレンジメントの法的枠組みの強化
スキーム・オブ・アレンジメントの法的枠組みの強化 |
(1)モラトリアム制度の強化 (2)債権者による処分禁止命令の申立権 (3)裁判所の処分禁止命令の関連会社への適用拡大 (4)クラムダウン制度の導入 (5)その他、プロセスの改善 |
スキーム・オブ・アレンジメント(以下「SOA」という。)とは、会社の債権者又は株主の法定多数の承認及び裁判所の認可を得ることにより、当該会社と債権者又は株主との権利義務関係を規律することを可能とする会社法上の制度であり、支払不能状態にある会社が債権者から支払猶予や債務免除を受けて会社を再建するためのいわゆるDIP(Debtor in Possession)型の再建手続としてしばしば利用されている。諮問案では、SOAの法的枠組みについて、概要以下の内容の法改正が提案されている。
(1)モラトリアム制度の強化
モラトリアムとは、債務者である会社に対する財産差押え、担保権実行等の法的手続や処分を一定期間停止させる期間のことをいい、会社を債権者からの債権回収行為から一定期間解放することにより会社財産の流出を防ぎ、会社の再建に資することを目的とするものである。これまで、SOAにおいては、モラトリアムは自動的には付与されておらず、裁判所の命令が別途必要であった。しかしながら、裁判所の命令によるモラトリアムの付与には厳格な要件が定められており、再建プロセスの初期段階に当該要件を満たすことが困難な場合があることが、会社が直面する現実的な問題として指摘されていた。かかる点について、諮問案では、一定の条件の下、SOAの申請後最初の60日間、自動的にモラトリアムを付与する制度の新設が提案されている。
((2)につづく)