国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第1回 序章(1)
京都大学特命教授 大 本 俊 彦
森・濱田松本法律事務所
弁護士 関 戸 麦
弁護士 高 橋 茜 莉
第1回 序章(1)――本連載の趣旨
1 3名のコラボレーション
本連載の執筆者は3名であり、それぞれ、かなり異なるバックグラウンドを有している。
大本は、大学の工学部で修士号を取得した後、大手建設会社において数多くの大規模海外プロジェクトを現場で担当した。その後、英国の大学で法律と建設紛争を学び修士号を取得し、これらの知識と経験を発展させ「建設請負契約の構造と紛争解決に関する理論的研究」という論文で博士号を取得し、国際的な建設紛争の分野で、中立的な判断を示す仲裁人、ディスピュート・ボード(Dispute Board: DB)メンバー等として、あるいは、専門的知見を提供する証人(expert witness)として幅広く活動している。
関戸は、日本の大手法律事務所に所属し、弁護士として、長年にわたり国内外の紛争案件に携わってきた。日本の裁判実務につき様々な経験を多く積みつつ、米国その他の海外訴訟、国際仲裁にも携わっており、紛争案件および手続について、比較の視点を多く持ち合わせていることが特徴である。
高橋は、同じく日本の大手法律事務所に所属しつつも、日本人でありながら外国法弁護士という位置づけである。その理由は、海外事務所でキャリアを積み重ねて来たからであり、その具体的内容は、ドバイ、香港等で、建設紛争その他の様々な国際仲裁に多数関わるというものが中心である。
本連載は、この様な3名のコラボレーションである。多様性(diversity)の価値が表現できればと考えている。
2 難易度の高い題材で、初学者を含む幅広い読者を対象とする試み
本連載のテーマは、国際契約法務である。これを、できる限りの紛争の予防と早期解決を意識しながら、明快に解説することを企図している。
ただし、題材は、FIDICという、かなり複雑な契約書式である。FIDICとは、建設関係の世界的な団体であり、英語の名称は、「International Federation of Consulting Engineers」である(なお、FIDICは、フランス語名称の頭文字に由来するため、英語名称の頭文字とは一致していない)。FIDICの契約書式は、建設・インフラ工事の大規模プロジェクトにおいて広く用いられており、複雑で困難な国際契約問題に対応するための工夫が、集積されている。
また、この題材は、角度を変えて言えば、国際的で、大規模かつ複雑な契約における紛争の予防と早期解決を目的とする。筆者らの経験上、これは難易度が高い作業である。その理由をあえて一言で述べれば、契約対象の複雑さ故に、契約において決めきれないことが不可避的に多々生じるということである。換言すれば、予測しきれないことが余りにも多く、契約書でカバーしきれないことが所与の前提になっている。
そこで、契約書を作成した後のフォローとして、契約管理が重要になる。本連載では、この点にも注力する。
もっとも、想定する読者は、国際契約法務に接する方すべてである。この中には、理系ご出身の方、その他の大学で法学を学ばれていない方、初学者も多く含まれることを想定している。というのも、建設・インフラ工事の契約法務を含め、国際契約法務の現場にいらっしゃる方は多様であり、法学との接点が必ずしも多くない方々も多く含まれるからである。
3 重視することは「基本」
そこで、本執筆が留意しようとしていることが、「基本」である。法的思考の枠組みは、それ程多くはない重要な視点から成り立っており、これらの視点が「基本」として意識されなければならないと考えている。そして、この「基本」は、経験豊富な国際契約法務のエキスパートであっても留意するべきであり、他方において、初学者でも理解および実践可能な事項である。
3名の筆者それぞれに、「基本」と考えていることがある。ただし、それぞれの「基本」には共通の軸があり、それが明確になることが、多様性(diversity)の一つの価値である。
その共通の軸を、FIDICに照らしながら、読者の皆様と共有できればと考えている。
分かり易さにも努める所存なので、どうか、連載におつき合い頂けると幸いである。
(おおもと・としひこ)
国立大学法人京都大学経営管理大学院 特命教授
昭和49年(1974年)京都大学工学研究科土木工学専攻(修士課程)を修了後、大成建設(株)に入社。主に国際工事を担当し、工事管理を経て契約管理・紛争解決にかかわる。昭和64年~平成3年(1989年~1991年)、ロンドン大学で「建設法と仲裁」の修士課程を修める。その後英国仲裁人協会より公認仲裁士(フェロー:FCIArb)の資格を得る。平成12年(2000年)、大成建設を退社し、「大本俊彦 建設プロジェクト・コンサルタント」を開業。平成14年(2002年)、京都大学博士(工学)を取得。平成18年4月(2006年4月)、京都大学経営管理大学院教授となる。FIDIC プレジデント・リストに掲載されているアジアで唯一のディスピュート・ボード(DB)アジュディケーターとして数々のプロジェクトのDBメンバーを務めている。また、英国土木学会(ICE)のフェロー・メンバーでもある。そのほか様々な国際仲裁センターの仲裁人パネリストとして仲裁人を務め、シンガポール調停センター、京都国際調停センターの調停人パネリストである。
(せきど・むぎ)
森・濱田松本法律事務所パートナー弁護士
訴訟、仲裁等の紛争解決の分野において、Chambers、Legal 500等の受賞歴多数。『わかりやすい国際仲裁の実務』(商事法務、2019年)、「パネルディスカッション 争点整理は、口頭議論で活性化するか」(判例タイムズNo.1453、2018年)、『わかりやすい米国民事訴訟の実務』(商事法務、2018年)等、国内外の紛争解決に関する執筆、講演歴多数。
1996年東京大学法学部卒業、 1998年弁護士登録(第二東京弁護士会)、森綜合法律事務所(現在森・濱田松本法律事務所)入所、2004年シカゴ大学ロースクール(LL.M)卒業、 ヒューストン市Fulbright & Jaworski法律事務所にて執務、2005年ニュ-ヨーク州弁護士登録、2007年東京地方裁判所民事訴訟の運営に関する懇談会委員(~2019年)、2020年一般社団法人日本国際紛争解決センター アドバイザリーボード委員(~現在)、2021年日本商事仲裁協会・Japan Commercial Arbitration Journal 編集委員会委員(~現在)等。
(たかはし・せり)
森・濱田松本法律事務所外国弁護士
国際仲裁をはじめとした国際紛争解決を専門とする。大手外資系法律事務所の東京、ドバイ及び香港オフィスでの勤務経験を有し、建設紛争、合弁事業に関する紛争等、様々な分野における国際商事仲裁や専門家による紛争解決手続などに携わってきた。2020年より、森・濱田松本法律事務所の国際紛争解決チームに属し、シンガポールオフィスにおいて勤務中。
2008年東京大学法学部卒業、2010年東京大学法科大学院卒業、2011年弁護士登録(第二東京弁護士会)、2017年コロンビア大学ロースクール(LL.M)卒業、2018年ニューヨーク州弁護士登録。