SH4006 国際契約法務の要点――FIDICを題材として 第57回 第11章・紛争の予防及び解決(4)――DAAB(1) 大本俊彦/関戸 麦/高橋茜莉(2022/05/26)

そのほか

国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第57回 第11章・紛争の予防及び解決(4)――DAAB(1)

京都大学特命教授 大 本 俊 彦

森・濱田松本法律事務所     
弁護士 関 戸   麦

弁護士 高 橋 茜 莉

 

第57回 第11章・紛争の予防及び解決(4)――DAAB(1)

1 概要

⑴ FIDICにおける紛争の回避及び解決のステップとDAABの位置づけ等

 DAABとは、Dispute Avoidance/Adjudication Boardの略称であり、紛争を回避するための、あるいは紛争について判断を示すための委員会である。委員会(Board)とはいっても、建設プロジェクト毎に設置されるもので、当該プロジェクトが終了すれば当該委員会も終了することになる。また、委員会の構成員が1名のこともある(人数は、3名か1名である)。

 DAABは、複雑な紛争が多数生じやすい大規模な建設・インフラ工事契約において、効率的に紛争の回避及び解決をするという目的に照らし、重要な役割を果たすものである。

 FIDICは、紛争の回避及び解決について、以下のステップを定めており、主体に着目すると、①Engineer、②DAAB、③仲裁廷の三段階がある。

 

 Engineerによる和解協議のあっせん 

 Engineerによる暫定的な判断 

 DAABによる和解協議あっせん[1] 

 DAABによる判断 

(DAABによる判断に異議が唱えられた場合)仲裁廷による判断 

 

 DAABは、この三段階のうち中間に位置する。

 最後の仲裁廷は、まさに最終的な判断のための手続であり、当事者に十分な主張立証の機会が与えられる。仲裁廷も判断の根拠を証拠等の確実なものに求めることになり、柔軟さは後退する。換言すれば、厳格な手続となり、必要な時間、労力、金銭的コストも増加しやすい。特に大規模な建設・インフラ工事について、複雑な紛争を仲裁廷の下で解決するとなると、これらの負担は極めて大きなものとなりうる。したがって、当事者とすれば、この段階に至る前に、紛争の回避ないし解決を望むことになる。

 これに対し、最初の段階であるEngineerのもとでの手続は、負担は大きくはないものの、EngineerはEmployerから選任され、Employerのために行動するものとみなされ(3.2項)、業務の対価も、Employerから受領している。第55回において述べたとおり、紛争の回避及び解決の場面では、Engineerは「neutral」に行動しなければならず、Employerのために行動しているとはみなされないものと定められている(3.7項)ものの、実際のところでは、Contractorの請求を拒絶する方向に傾きがちである。

 また、建設コンサルタント会社がEngineerとして選任されることが一般的であり、設計業務、施工管理業務の専門的知見はあるが、契約管理や紛争の回避及び解決の知見を十分に有していない可能性もある。

 そこで、DAABが、大規模な建設・インフラ工事において、効率的な紛争の解決及び回避のために必要とされる。DAABは、EmployerとContractorとの間で中立的であり、業務の対価は両者から受領する[2]。また、紛争の回避及び解決の知見を十分に有する者が構成員となる。したがって、Engineerのような問題を抱えることはない。他方、仲裁廷のような厳格さはなく、時間、労力、金銭的コストを抑えることができる。

 また、特筆するべきこととして、DAABは、仲裁廷と比べて、紛争ないし潜在的紛争との距離がはるかに近い。すなわち、DAABは、工事の進行中に、工事現場を定期的に訪問することが想定されており、また、紛争ないし潜在的紛争が発生したところで、タイムリーに対処することが想定されている。詳しくは改めて述べるが、この物理的及び時間的な距離の近さは、特に大規模な建設・インフラ工事における複雑な紛争において、その効率的な回避及び解決にとって絶大なる価値である。

 

⑵ 種類

 DAABに類似するものとして、DRBと、CDBがある。DAABは、DABと称されることもあり、FIDICにおいても、1999年版における名称は、DAABではなく、DABであった。また、FIDIC Pink Book (MDB Harmonised Edition) 2004年版、2010年版では、DBである。以上につき、ここで概念整理をしておきたい。なお、以下における用語説明は、基本的には、ICC(国際商業会議所)のDispute Board Rules[3]に基づいている。

 DRBとは、Dispute Review Boardの略称であり、紛争の解決又は回避のため事実上の協力(informal assistance)を行うか、あるいは正式に付託された紛争に対して、勧告(Recommendation)を行う。この勧告に法的拘束力はない。

 DABは、Dispute Adjudication Boardの略称である。DABないしDAABは、紛争の解決又は回避のため事実上の協力を行うか、あるいは正式に付託された紛争に対して、判断(Decision)を行う。この判断には法的拘束力があり、当事者は判断の効力が否定されない限り、これに従わなければならない。この法的拘束力の有無の違いが、DRBと、DABないしDAABとの違いである。

 CDBとは、Combined Dispute Boardの略称であり、DRBとDABとの複合形態である。すなわち、CDBは、紛争の解決又は回避のため事実上の協力を行うか、あるいは正式に付託された紛争に対して、勧告又は判断を行う。このいずれかを行うかは、次のように定まる。

  1. 当事者から判断を求められない限り、勧告を行う。
  2.  当事者から判断が求められた場合には、他の当事者から判断を行うことにつき異議が唱えられない限り、判断を行う。
  3.  当事者から判断が求められ、かつ、他の当事者から判断を行うことにつき異議が唱えられた場合には、判断を行うか勧告に留めるかを、CDBが決める。その際には、契約の遂行、損害の回避、証拠の保全等の観点から判断が必要か否かを考慮することとされている。

 DBとは、Dispute Boardの略称であり、意味としては、二通りの用いられ方がある。一つは、DRB、DAB(DAAB)及びCDBを総称するものである。もう一つは、前述のFIDIC Pink Book (MDB Harmonised Edition) 2004年版、2010年版における用いられ方で、DAB(DAAB)を意味する。本連載では、以下、DRB、DAB(DAAB)及びCDBを総称する意味で用いる。

 なお、DRB、DAB及びCDBのいずれが望ましいかは一概には言い難いが、一つ指摘できることとして、法的拘束力を有しないDRBであっても、紛争の回避及び解決に大きく資するということがある。すなわち、DRBから勧告を受けた当事者は、これを無視するのではなく、これに基づき和解交渉をすることが多い。また、勧告には法的拘束力がない故に、当事者の関係を損ねることなく、その後の交渉で和解が成立する可能性が高いとも言える。法的拘束力のある判断は、一方当事者に有利に、他方当事者にとって不利となり、両者間の距離を遠ざける傾向にあるが、法的拘束力のない勧告にはこの様な問題が生じ難いということである。DBの国際的な団体であるDRBF(The Dispute Resolution Bord Foundation)の資料によれば、DRBの成功率(訴訟、仲裁等の負担の重い紛争解決手続に至らずに、解決できる割合)は98%とされている。

 

⑶ 沿革

 DBのコンセプトは、1960年代中頃から、米国を中心に発展してきた。成功例として、米国ワシントン州のダムと地下発電所のプロジェクト、米国コロラド州のトンネル坑道の工事、ホンジュラスの水力発電プロジェクト等がある。なお、米国におけるDBの類型としては、DRBが主であり、これは上記の黎明期から現在に至るまで続いている(但し、DRBという名称が用いられたのは、上記コロラド州のトンネル工事が初めてであり、それまでは別の名称であった)。

 FIDICは、これらの成功例を踏まえ、1999年版から、DABによる紛争解決手続を導入した[4]。続いて、2004年には、世界銀行と開発銀行群(MDBs[5])及び国際基金協会(IFIs[6])が、FIDICの協力の下にFIDIC約款1999年版に基づく共通約款(MDB Harmonised Edition、通称Pink Book)を発行し、ここでもDABによる紛争解決手続を導入した。これによって、世界銀行及び開発銀行群融資のプロジェクトでは、DABの設置が必要的となった。また、日本の国際協力機構(JICA)も、2009年にODA融資プロジェクトの調達図書(Sample Bidding Documents)にDABを取り入れた。

 次回以降においては、DAABに関するFIDICの規定の要点を確認した上で、DAABの価値ないしメリットについてより具体的に述べ、また、DAABに関する留意事項を述べることとする。



[1] DAABによる和解協議あっせんは、当事者(Employer及びContractor)が同意した場合に行われる。また、Engineerによる和解協議のあっせんで和解が成立しない場合に、Engineerによる暫定的な判断を経ずに、直ぐにDAABによる和解協議あっせんに進むことも、その旨当事者が合意すれば可能である。

[2] 日本の国際協力機構(JICA)のStandard Bidding Documentsでは定常的コスト(Retainer及び定期的Site Visitsに要する費用)はEmployerが100%負担し、Referralのコストは折半としている。これは定常的にかかるコストはリーガル・コストではなく、マネジメント・コストと理解しているからであろう。

[3] ICCのホームページにおいて、入手可能である。https://iccwbo.org/dispute-resolution-services/dispute-boards/rules/

[4] これより以前、1987年版FIDIC Red Book 4版の1992年のReprinted版補追としてSection A-Dispute Adjudication Boardを選択肢として加えている。

[5] Multilateral Development Banksの略称である。

[6] International Financing Institutionsの略称である。

 

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