◇SH3542◇最二小決 令和2年9月30日 傷害、強盗、窃盗被告事件(菅野博之裁判長)

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  1. 1  他の者が先行して被害者に暴行を加え、これと同一の機会に、後行者が途中から共謀加担したが、被害者の負った傷害が共謀成立後の暴行により生じたとは認められない場合と刑法207条
  2. 2  他の者が先行して被害者に暴行を加え、これと同一の機会に、後行者が途中から共謀加担したが、被害者の負った傷害が共謀成立後の暴行により生じたとは認められない場合において、後行者の加えた暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有しないときに、刑法207条を適用することの可否

  1. 1  他の者が先行して被害者に暴行を加え、これと同一の機会に、後行者が途中から共謀加担したが、被害者の負った傷害が共謀成立後の暴行により生じたとは認められない場合、その傷害を生じさせた者を知ることができないときは、刑法207条の適用により後行者は当該傷害についての責任を免れない。
  2. 2  他の者が先行して被害者に暴行を加え、これと同一の機会に、後行者が途中から共謀加担したが、被害者の負った傷害が共謀成立後の暴行により生じたとは認められない場合に、刑法207条の適用により後行者に対して当該傷害についての責任を問い得るのは、後行者の加えた暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有するものであるときに限られる。

 (1、2につき)刑法207条

 令和元年(あ)第1751号 最高裁令和2年9月30日第二小法廷決定 傷害、強盗、窃盗被告事件 上告棄却

 原 審:令和元年(う)第898号 東京高裁令和元年10月3日判決
 第1審:平成30年合(わ)第26号 東京地裁平成31年3月26日判決

1 事案の概要

 本件は、先行者が暴行を加えた後、これと同一の機会に後行者である被告人が共謀加担したが、共謀成立後の暴行と被害者の負った傷害との間の因果関係の証明がない場合における刑法207条の同時傷害の特例の適用の可否(以下「本論点」という。)が問題となった事案である。

 

2 審理の経過

 第1審において、検察官は、被告人、A及びBの事前共謀による傷害罪の成立を主張したのに対し、被告人は、共謀の成立を争った。第1審判決は、A及びB(以下「Aら」という。)が被害者に対する暴行を開始した後、途中から被告人との現場共謀が成立したと認定した。その上で、本論点について積極説に立ち、被害者の負った傷害のうち、共謀成立後の暴行との因果関係の証明はないものの、同暴行によって生じた具体的可能性のある傷害について、「共謀成立の前後にわたる同一機会における暴行により生じたものであり、共謀成立前のAらの暴行によって生じたものか、共謀成立後の被告人ら3名の共同正犯の暴行によるものかを知ることができないときに当たるから、同時傷害の特例の適用により、被告人も刑責を負う」旨判断した。

 被告人が控訴したところ、原判決は、「先行者の暴行に途中から後行者が共謀の上加担したが、被害者の負った傷害が加担前の暴行によるものか加担後の共同暴行によるものか不明な場合においては、加担前の先行者による暴行と加担後の共同暴行を観念することができるから、この各暴行の間に同時傷害の特例を適用することは妨げられないというべきである」と説示し、第1審判決の示した解釈を是認した。

 被告人から上告があり、積極説を採用した原判決は、大阪高判昭和62・7・10高刑集40巻3号720頁(以下「裁判例❶」という。)に相反し、刑法207条の解釈適用を誤った法令違反があるなどと主張した。

 本決定は、判例違反の主張は事案を異にする判例を引用するものであって本件に適切でないとした上で、職権で本論点について判示し、積極説を採用するとともに、刑法207条が適用できるのは、傷害が先行者の暴行によるものか後行者である被告人の暴行によるものか知ることができない場合であり、後行者が当該傷害を生じさせ得る危険性のある暴行を加えている必要があるとの解釈を示し、原判決は、共謀成立前の先行者の暴行と共謀成立後の共同暴行との間に適用できるとした点で、同条の解釈適用を誤った法令違反があるが、判決に影響を及ぼさないと判断し、上告を棄却した(裁判官全員一致の意見である。)。

 

3 判例の動向

 ⑴ 最二小決平成24・11・6刑集66巻11号1281頁

 他の者が被害者に暴行を加えて傷害を負わせた後に、被告人が共謀加担した上、更に暴行を加えて被害者の傷害を相当程度重篤化させた場合、被告人は、被告人の共謀及びそれに基づく行為と因果関係を有しない共謀加担前に既に生じていた傷害結果については、傷害罪の共同正犯としての責任を負うことはないとした。

 この判例によれば、共謀成立後の暴行と被害者の負った傷害との間の因果関係の証明がない場合、後行者に対し、刑法60条により当該傷害についての責任を問うことはできないと思われるが、同法207条に関する判断は示しておらず、本論点について何らかの示唆をしたものとはいえないと解される(石田寿一「判解」最判解刑事篇平成24年度460頁、細谷泰暢「判解」最判解刑事篇平成28年度28頁)。

 ⑵ 最三小決平成28・3・24刑集70巻3号1頁(以下「平成28年判例」という。)

 共犯関係にない二人以上が暴行を加えた事案における刑法207条の適用について、検察官が、各暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有するものであること及び各暴行が外形的には共同実行に等しいと評価できるような状況において行われたこと、すなわち、同一の機会に行われたものであることを証明した場合、各行為者は、自己の関与した暴行がその傷害を生じさせていないことを立証しない限り、傷害についての責任を免れないとした。

 この平成28年判例も、本論点について方向付けをしたものではないと解される(細谷・前掲30頁)。

 

4 下級審裁判例の状況

 積極説に立つものが複数ある一方(公刊物に登載されているものとして、大阪地判平成9・8・20判タ995号286頁、東京高決平成27・11・10東高刑時報66巻1=12号103頁[以下「裁判例❷」という。])、傍論で消極説に言及した裁判例❶はあるものの、消極説を明示的に採用したものは見当たらない状況であった。

 積極説を採用した裁判例には、①後行者が、先行者の暴行と同一の機会に、先行者と意思の連絡なく暴行を加えたが、傷害結果がいずれの暴行により生じたか不明である場合には刑法207条が適用されるのに、後行者が共謀の上で犯行に加担し、傷害の結果が生じたが、共謀成立前後いずれの段階の暴行により生じたか不明である場合に適用がないとすると、後者の方が当罰性が高いにもかかわらず、傷害についての責任を問うことができなくなり、不均衡であることを指摘するもの、②条文解釈として、共謀成立前の先行者の暴行によって傷害が生じたのか、共謀成立後の共同正犯としての暴行によって傷害が生じたのか不明であるという点で、「その傷害を生じさせた者を知ることができないとき」に当たるという解釈を採るものがある。

 裁判例❷は、前記①②を指摘して、後行者が共謀共同正犯として加担し、暴行の実行行為を分担していたのは終始先行者のみであるという事案について、刑法207条の適用を肯定した事例である(暴行を加えた先行者が2名いることなどを指摘して、「2人以上で暴行を加え」た場合にも当たるとした)。

 

5 学説の状況

 ⑴ 積極説

 下級審裁判例の指摘する前記①の実質的理由や前記②の条文解釈に言及する見解のほか(山口厚『刑法各論〔第2版〕』(有斐閣、2010)52頁、前田雅英『刑法各論講義〔第7版〕』(東京大学出版会、2020)32頁、林幹人『刑法各論〔第2版〕』(東京大学出版会、2007)57頁等)、消極説を採ると、後行者である被告人にとっては、途中から共謀が成立していた場合の方が有利な結論となるため、被告人側が共謀の存在を主張し、逆に検察官が共謀の不存在を主張するという不自然な攻撃防御関係が生ずることにもなると付け加える見解もある(橋爪隆「同時傷害の特例について」法教446号(2017)126頁)。

 前記①の不均衡が生ずる場合として主として念頭に置かれているのは、後行者が当該傷害を生じさせ得る危険性のある暴行を加えた事例(共謀の証明がなかったとしたら後行者に刑法207条を適用できる事例)であるように見受けられ、同等又は(共謀成立後の先行者の行為にも因果性を有しているという点で)それ以上の当罰性のある後行者について、途中で共謀が成立していた事実が証明された途端に刑法207条が適用されなくなるのは不合理であるという考慮があるように思われる。

 これに対し、前記②の条文解釈を推し進めれば、共謀成立前後の暴行のいずれにより傷害が生じたのか知ることができなければ足りるとして、後行者が傷害を生じさせ得る危険性のない軽微な暴行を加えたにとどまる事例や、裁判例②のように共謀共同正犯として加担した事例についても、共謀成立後の暴行にその危険性があれば刑法207条が適用できることになりそうであるが、積極説に立ちつつも、そのような事例には適用がないことを示唆する指摘もある(伊藤渉ほか『アクチュアル刑法各論』(弘文堂、2007)48頁[島田聡一郎]、小林憲太郎「いわゆる承継的共犯をめぐって」研修791号(2014)8頁。ただし、同『刑法総論〔第2版〕』(新世社、2020)315頁)。

 ⑵ 消極説

 刑法207条が個人責任主義や利益原則の例外規定であることを強調し、傷害結果について誰も責任を負わなくなる場合のみについての規定であると解し、後行者が共謀の上加担した場合には、傷害結果が共謀成立前後いずれの段階で生じたとしても、先行者に対し当該傷害についての責任を問うことができるから、同条により解決されるべき不都合は生じていないと主張する(西田典之[橋爪隆補訂]『刑法各論〔第7版〕』(弘文堂、2018)50頁、井田良『講義刑法学・総論〔第2版〕』(有斐閣、2018)520頁、高橋則夫『刑法各論〔第3版〕』(成文堂、2018)61頁等)。条文上の根拠として、「共同して実行した者でなくても」とは、共同実行者でない場合に限るという意味に解すべきであること、「その傷害を生じさせた者を知ることができない」とは、傷害結果を帰責できる者がいない場合という意味に解すべきであることを挙げる(大谷實『刑法講義各論〔新版第5版〕』(成文堂、2019)37頁、山中敬一『刑法各論〔第3版〕』(成文堂、2015)61頁、松宮孝明『刑法各論講義〔第5版〕』(成文堂、2018)45頁、川端博『刑法各論講義〔第2版〕』(成文堂、2010)61頁等)。

 

6 説明

 本決定は、最高裁として初めて積極説を採用するとともに、刑法207条適用の前提となる事実関係は、先行者の暴行と後行者(被告人)の暴行との間に証明される必要があり、同条を適用するためには、後行者が当該傷害を生じさせ得る危険性のある暴行を加えている必要があるとの解釈を示したものである。

 ⑴ 判示事項1について

 消極説を主張する所論に応答する形で、平成28年判例が示した刑法207条の法意を前提とした上で、「刑法207条適用の前提となる上記の事実関係[各暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有するものであること及び各暴行が外形的には共同実行に等しいと評価できるような状況において行われたこと、すなわち、同一の機会に行われたものであること]が証明された場合、更に途中から行為者間に共謀が成立していた事実が認められるからといって、同条が適用できなくなるとする理由はなく、むしろ同条を適用しないとすれば、不合理であって、共謀関係が認められないときとの均衡も失するというべきである。したがって、他の者が先行して被害者に暴行を加え、これと同一の機会に、後行者が途中から共謀加担したが、被害者の負った傷害が共謀成立後の暴行により生じたものとまでは認められない場合であっても、その傷害を生じさせた者を知ることができないときは、同条の適用により後行者は当該傷害についての責任を免れないと解するのが相当である。先行者に対し当該傷害についての責任を問い得ることは、同条の適用を妨げる事情とはならないというべきである」と説示し、積極説を採用した。積極説の前記①の実質的理由と同様の考え方に基づくものと解される。消極説を採ると不自然な攻撃防御関係を招来することも考慮された可能性がある。

 「知ることができないときは、同条の適用により後行者は当該傷害についての責任を免れない」という部分については、平成28年判例を引用していること、「先行者に対し当該傷害についての責任を問い得ることは、同条の適用を妨げる事情とはならない」と説示していることからすると、消極説は採用せず、各暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有するときには、刑法207条を適用できるとしたものと解される。また、同条は、二人以上で暴行を加えて人を傷害した場合において、「その傷害を生じさせた者を知ることができないとき」だけでなく、「それぞれの暴行による傷害の軽重を知ることができ」ないときにも適用されるところ、本件では、第1審以来、前者のケースとして認定されているため、その点に限って説示したものと解されるが、同条適用の可否に関する本決定の射程は、後者のケースにも及ぶのではないかと思われる。

 ⑵ 判示事項2について

 本決定は、刑法207条の適用の可否自体については原判決を是認したものの、「刑法207条は、二人以上で暴行を加えて人を傷害した事案において、その傷害を生じさせ得る危険性を有する暴行を加えた者に対して適用される規定であること等に鑑みれば、上記の場合[他の者が先行して被害者に暴行を加え、これと同一の機会に、後行者が途中から共謀加担したが、被害者の負った傷害が共謀成立後の暴行により生じたものとまでは認められない場合]に同条の適用により後行者に対して当該傷害についての責任を問い得るのは、後行者の加えた暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有するものであるときに限られると解するのが相当である。後行者の加えた暴行に上記危険性がないときには、その危険性のある暴行を加えた先行者との共謀が認められるからといって、同条を適用することはできないというべきである」と説示するなどして、積極説の前記②の文言解釈を採用せず、原判決には、判決不影響ではあるものの、同条の解釈適用を誤った法令違反があると判断した。後行者である被告人について同条が適用できるのは、先行者との間に共謀が成立していなかったと仮定した場合と同様に、後行者の暴行に当該傷害を生じさせ得る危険性がある場合に限られ、平成28年判例のいう「各暴行」は、共謀が成立していなかった場合と同様に、先行者と後行者である被告人の各暴行を意味すると解したものである。

 積極説が実質的根拠として挙げる、後行者の当罰性や共謀が認められない場合との均衡が、共謀が成立していなかったとしても刑法207条を適用し得るとき、すなわち、後行者が同一の機会に傷害を生じさせ得る危険性のある暴行を加えているときに妥当することは否定し難いところである。これに対し、積極説の中には、前記「各暴行」の意義について、共謀の成立前後で後行者が加わっているという違いがあることに着目し、共謀成立前の先行者の暴行と共謀成立後の共同正犯による暴行との間に同条が適用できるとする見解が多いが、このような文言解釈を採ると、共謀に基づく先行者の暴行を後行者自身の暴行と同視する結果として、同時犯との外形的な共通性には重きが置かれないことになる。実行行為を分担したのは終始先行者である場合や、後行者は傷害を生じさせ得る危険性のある暴行を加えていない場合にまで適用範囲が拡大し得ることになり、「二人以上で暴行を加え」、「その傷害を生じさせた者を知ることができない」との文言にそぐわないのではないかという問題がある。後行者の行為責任としても、関与の仕方次第で必ずしも同等又はそれ以上の当罰性があるとはいいにくいケースも含まれてくる可能性がある。本決定が、「刑法207条は、二人以上で暴行を加えて人を傷害した事案において、その傷害を生じさせ得る危険性を有する暴行を加えた者に対して適用される規定であること等に鑑みれば」としているのは、このような趣旨ではないかと思われる。同条が有効に存在する以上、積極説を採るのが合理的であるが、その適用範囲については、個人責任の原則や利益原則の例外規定であることに鑑み、慎重に検討する必要があるといった考慮もあるものと推察される。本決定により、後行者が傷害を生じさせ得る危険性のある暴行を加えていない裁判例❷のような事案では、刑法207条を適用できないことが明らかになったといえる。

 

7 本決定の意義について

本決定は、学説上対立のあった本論点について、最高裁として初めて積極説を採用した上、適用要件は先行者の暴行と後行者である被告人の暴行との間で証明される必要があるとした点で、重要な意義を有すると思われる。

 

 

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