1 事案の概要
(1) 本件は、責任を弁識する能力のない未成年者がサッカーボールを蹴って他人に損害を加えた場合において、その親権者が民法714条1項の監督義務者としての義務を怠らなかったかどうかが争われた事案である。
(2) 事実関係の概要等は次のとおりである。未成年者C(当時11歳)は、平成16年2月当時、愛媛県所在の小学校(本件小学校)に通学していた児童である。本件小学校は、放課後、児童らに校庭(本件校庭)を開放しており、本件校庭の南端近くには、ゴールネットが張られたサッカーゴール(本件ゴール)が設置されていた。本件ゴールの後方約10mの場所には南門があり、南門の左右にはネットフェンスが設置され、これらの高さは約1.2~1.3mであった。また、本件校庭の南側には幅約1.8mの側溝を隔てて道路(本件道路)があり、南門との間には橋が架けられていた。Cは、同月25日の放課後、本件校庭において、友人らと共にサッカーボールを用いてフリーキックの練習をし、本件ゴールに向かってボールを蹴ったところ、ボールは南門を越え、本件道路上に転がり出た。そして、折から自動二輪車を運転して本件道路を進行してきたB(当時85歳)がボールを避けようとして転倒して負傷し、平成17年7月、誤嚥性肺炎により死亡した。Cは、事故当時、責任を弁識する能力がなく、Cの親権者である被告らは、Cに対し、危険な行為に及ばないよう日頃から通常のしつけを施してきた。
(3) 原審は、このような事実関係の下でCの親権者である被告らの責任を認め、Bの相続人である原告らの損害賠償請求を合計1184万円余りの限度で一部認容した。被告らが上告受理の申立てをしたところ、第一小法廷は本件を受理し、判決要旨のとおり、被告らは監督義務を怠らなかったというべきであると判示して、被告らの敗訴部分について、原判決を破棄し、原々審判決を取り消した上、原告らの請求を棄却するなどした。
2 説明
(1) 民法714条については、家族共同体における家長の責任という団体主義的な責任を近代法の個人主義的な責任の形態に修正したものであるとされる。通説的な理解によれば、同条は、監督義務者が自ら加害行為をしたものではないが、監督義務違反による不法行為をした点に着目して、監督義務者の自己責任を基礎とした規定であるとされる。また、監督義務違反の内容については、当該違法行為がされることの予防についての過失ではなく、責任無能力者の行為についての一般的な監督行為を怠ることを意味するなどとされ、このような広範囲に及ぶ監督義務の内容と、監督義務者がその義務を怠らなかったこと(民法714条1項ただし書前段)等の免責事由の立証責任が監督義務者の負担とされていることにより、監督義務者の責任は相当加重されたものであると考えられている。(以上について、我妻榮『事務管理・不当利得・不法行為』新法学全集13巻(日本評論社、1937)155~157頁、松坂佐一「責任無能力者を監督する者の責任」我妻先生還暦記念『損害賠償責任の研究 上』(有斐閣、1957)160~161頁、加藤一郎『法律学全集22-Ⅱ巻 不法行為』(有斐閣、1974)158~160頁・163~164頁、四宮和夫『現代法律学全集10巻 事務管理・不当利得・不法行為(下)』(青林書院、1985)670~671頁、平井宜雄『債権各論Ⅱ 不法行為』(弘文堂、1992)217~219頁、幾代通=徳本伸一『不法行為法』(有斐閣、1993)191~192頁、加藤一郎編『注釈民法(19)債権(10)』(有斐閣、1969)254~256頁、遠藤浩編『基本法コンメンタール 債権各論Ⅱ 事務管理・不当利得・不法行為 製造物責任法〔第4版新条文対照補訂版〕』(日本評論社、1996)69~70頁等参照)
(2) 実務上も、このように広範囲に及ぶ監督義務を怠らなかったとの免責事由の立証に成功することは極めて困難であるとされており、従前、最高裁においても、民法714条1項ただし書による免責を明示的に認めた判例は存していない(なお、親権者の免責が認められた例として最二小判昭和43・2・9集民90号255頁、判時510号38頁が挙げられることがあるが、同最判は、過失相殺における被害者の親権者の監督義務違反につき、これを否定したものである。)。
(3) もっとも、上記のとおり、監督義務者の監督義務が被監督者の生活全般に及ぶものであるとしても、その内容及び履行の有無をどのように検討すべきなのかが問題となる。この点に関し、責任能力のない未成年者の行為による失火と監督義務者の損害賠償責任に関する最三小判平成7・1・24民集49巻1号25頁、判時1519号87頁は、責任無能力者の行為の態様は、監督義務者の監督義務の履行の有無の判断に際して十分に考慮されるべき事柄である旨判示しており(高林龍・最高裁判所判例解説平成7年度民事篇(上)」30~31頁参照)、監督義務の内容及び監督義務の履行の有無に関しては、責任無能力者の行為の態様等の事情から具体的に検討すべきことが示唆されているものといえる。そして、多くの下級審裁判例においても、当事者から監督義務を怠らなかった旨の主張がされている場合には、事案に応じた検討がされているものと考えられる(上記平成7年最判の差戻審である東京高判平成8・4・30判時1599号82頁等)。
(4) また、従前から、大審院判例(大判昭和14・3・22新聞4402号3頁)、大判昭和16・9・4新聞4728号7頁等)においては、被監督者の性質や、事故直前の行動(バットを携えて遊戯に参加したこと、又は戦争ごっこに参加したこと)等から「加害行為のおそれが感知される場合に適切な監督をしなかったこと」が問題とされているとの指摘がされており(四宮・前掲書675頁、加藤・前掲書259頁参照)、監督義務の内容等においては、具体的な危険が感知される場合についての監督者の対応の仕方も問題となり得る(四宮・前掲書同頁)などとされる。加害行為が具体的に予見可能であるなど特別の事情が認められる場合においては、これに対応する監督義務の内容及びその履行の有無についても検討する必要があるものと考えられる。
3 本件の検討
(1) 以上を前提に本件を検討した場合、監督義務の内容について、責任無能力者の生活全般に及ぶものであるとし、本件ゴールに向かってボールを蹴らないよう指導等しない限り監督義務を怠らなかったとはいえないなどとすると、親権者が負担すべき監督義務の内容としていかにも厳し過ぎるものといえる。そして、従前の判例についての指摘等をも念頭に検討するのであれば、監督義務の内容及びその履行の有無については、事案に応じて具体的に検討すべきものであり、また、①責任無能力者の生活全般についてその身上を監護し教育すべき義務としての一般的な監督義務の観点と、②当該事故の態様・性質等に即したものとして、危険発生の予見可能性ある状況下で権利侵害の結果を回避するために必要とされる行為をすべき義務としての具体的な監督義務の観点の双方から検討するのが相当と考えられる。
(2) 本判決は、本件における未成年者の行為態様、客観的な状況、監督義務者の対応等の諸事情を検討し、「Cは、放課後、児童らのために開放されていた本件校庭において、使用可能な状態で設置されていた本件ゴールに向けてフリーキックの練習をしていた」(判決要旨(1))というのであり、「本件ゴールに向けてボールを蹴ったとしても、本件道路上に出ることが常態であったものとはみられない」(判決要旨(2))のであって、Cの行為が通常は人身に危険が及ぶものとはみられないものであったこと、また、親権者である被告らは、Cに「危険な行為に及ばないよう日頃から通常のしつけをしており」、損害を発生させるに至った「Cの本件における行為について具体的に予見可能であったなどの特別の事情があったこともうかがわれない」(裁判要旨(3))ことから、このような事情の下においては、被告らは、監督義務者としての義務を怠らなかったというべきであるとしたものである。本判決は、本件の事案に即した監督義務の内容及びその履行の有無に係る検討をした上、このような判断をしたものであると考えられる。
(3) 本判決は、民法714条1項の監督義務者の責任に関して、同項ただし書前段による免責を最高裁として初めて明示的に認めた判決であり、事例判例ではあるが、責任無能力者の行為態様や、客観的状況、監督義務者の対応等の諸事情を考慮し、同条1項に係る監督義務者の監督義務の内容及びその履行の有無について具体的に判断したものとして実務上重要な意義を有するものと考えられる。