ガバナンスの現場――企業担当者の視点から
第3回 取締役会事務局の人事・キャリア形成・モチベーション
横河電機株式会社
取締役会室長 片 倉 直
1 はじめに
筆者は、コーポレートガバナンス・コード(以下「CGコード」という。)が2015年に導入されて以降、多くの各社の取締役会は、着実に機能改善・向上が図られてきたと実感している。その結果、取締役会事務局(以下「事務局」という。)の業務も様変わりし、主要な業務は、議事録の作成や社外役員のスケジュール管理・調整から、取締役会の機能改善・向上に関する各種支援業務(例えば、年間議題設定、取締役会の実効性評価等の企画立案、社外役員に関する情報提供、議案書のチェック等)へと移ってきており、求められるスキルは高度化し、業務量も増加してきている[1]。
2 他社の事務局との課題認識の共有
筆者は、年に数回、自社の取締役会のレベルチェック、自社では得られないノウハウを吸収する等を目的として、他社の事務局と各種情報・意見交換をするよう努めているが、この交流の中で多く出てくる課題の1つとして「事務局の人事・キャリア形成」が挙げられる。当然、これ以外についても、さまざまなテーマについて意見交換をするが、今回は「事務局の人事・キャリア形成」に絞って、なぜ多くの会社の事務局がこのテーマを取り挙げるのか、また、具体的な解決策はあるのか、事務局の立場で愚見(※)を申しあげる。
(※) 本稿はあくまでも筆者の個人的見解であり、筆者の所属会社の見解ではない。
3 事務局の課題認識
他社の事務局との交流では、人事上の課題として、主に以下が挙げられる[2]。
- ⑴ リソース(工数およびスキル)の不足
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取締役会の機能改善・向上にほぼ比例して、事務局の業務は増加し、求められるスキルも高くなっているが、必要な人材の補充がなかなか行われない。
- ⑵ ローテーションが行われず、自己のキャリア形成に不安を感じる
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事務局業務は社内業務の中でも特殊性が高いこともあり、長期の経験者が多い[3]。特に40歳代の担当者の多くは、今後の自身のキャリア形成に不安を感じている。
- ⑶ 人事考課が適切に行われているか、誰が最終評価者になるのか不安を感じる
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事務局の支援対象は、原則として取締役会メンバー全員であるが、工数の多くは社外役員の各種サポートに充てられている。一方、社内取締役は自身の担当部門に多くの部下を抱えていることもあり、事務局がサポートする必要はほとんどない。
この結果、毎年のように範囲が拡大傾向にあり、難易度も上がっている自身の業務の全容について、社内役員や多くの会社で業務執行部門に属する評価者は正確に理解しているのかといった疑問を感じている人が多い。
4 原因と解決策
- ⑴ 取締役会事務局の認知度の向上
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リソースやローテーションに関する問題は、社内役員や評価者が事務局業務の最近の変化をフォローできていないことが、最大の原因ではないかと考えている。
例えば、経営企画部は「出世の登竜門」とよく言われるが、これは、在職後、多くの会社で一定数が取締役や執行役員に昇格することが多いという事実が主な理由と考えられる。社内において組織の認知度・人気が高く、必要人材を獲得しやすいというのは、当該組織の活性化・パフォーマンス向上に極めて重要である。
取締役会事務局の業務も、1で述べたとおり、経営企画部的業務が増えてきている。
また、事務局は従業員であるにもかかわらず、毎回の取締役会に支援スタッフとして出席でき、経営トップの議論をナマで聞くことができる。会社経営者の主な役割は、リーダシップと同様に、全社を俯瞰し、最適なリソース配分を考えることであるが、これをオン・サイトで学ぶことができるのは、事務局の特権であり、得難い経験と言える。
会社(業務執行部門)が事務局業務を理解し、社内の認知度・魅力度を上げることが、適切な人材の確保、ローテーションの実施に大きく影響すると考える。
- ⑵ 人事評価システムの柔軟な運用
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事務局が人事考課等に不安を感じるのは、社内役員や評価者が、自身の業務を理解していないのでないかという不安が最大の原因である。また、取締役会は業務執行を監督するのが重要な役割の1つであるが、そのスタッフである事務局も本来中立的でなければならない。しかし、多くの会社では事務局の評価は業務執行部門に属する人が行うのが普通であることから、自身の人事評価への影響が頭をよぎるのは自然の摂理と言える。このようなことから、事務局が常に中立的な「立ち位置」で業務を遂行するのは実際には難しいと考えている。
監査役スタッフのように、予算や人事等が独立していればこの問題は解消されるが、現状、取締役会事務局業務が各社によって定義・業務範囲が異なることもあり、これを実現するのは難しいと思われる。
現時点で、これらの問題を解決する手段の1つとして、「事務局の支援体制等について、社外役員にヒアリング等を行う」「取締役会の実効性評価の質問項目に事務局の評価(定量・定性)項目を入れる」が考えられる。これらの結果も参考に事務局の人事評価が行われれば、少なくとも現状より事務局が「漠」として持っている不安を払しょくし、業務に専念することができるようになると考える。
5 最後に
例えば、サッカーチームでは、チームを強くするためには、「主役」である選手を強化するだけでは限界があり、チームワーク(目標・認識の共有、選手のスキルの多様性)が重要なのはもちろん、これらに加え、選手を支える「裏方」(コーチ、マネージャー、トレーナー、広報、営業等)も充実させないと、優勝を狙えるチームレベルになるのは困難である。さらには、スポンサー企業やサポーターといった外部の支援も不可欠である。これは、どのような組織にも共通して言える。
各社の事務局は、CGコードの導入・深化により、自社の取締役会のレベルやニーズに応じて、充実を図る時期にきていると感じている。自己満足でも良いので「自身も事務局として、中長期の企業価値の向上に微力ながら貢献している」といった高いモチベーションを持ち、人事に限らず、業務に専念できる環境整備を会社はすべきである。このような地道な取組みが、さらなる取締役会の機能改善・向上に間違いなく直接・間接的に寄与すると確信している。
(かたくら・ただし)
中央大学卒業後、1990年4月に横河電機株式会社に入社。入社後は、主に本社部門(人事・法務は除く)を中心に、国内営業部門、事業部門(国内、海外)、国内子会社の経営管理部門等、各種経営管理スタッフ・現場サポートスタッフを経験。2016年4月に経営企画部から取締役会事務局機能が分離独立し、取締役会室が新設され、初代の取締役会室長に就任、現在に至る。
取締役会事務局の実務 ──コーポレート・ガバナンスの支援部門として |
本欄の概要と趣旨
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「取締役会事務局」をテーマとする掲載記事例
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• 片倉直=竹安 将=南部昭浩=藤原幸一=倉橋雄作「〈座談会〉
取締役会事務局のあり方と取組み」旬刊商事法務 2254号・2255号・2257号・2258号
ガバナンス改革を経たうえでの取締役会事務局のあり方と取組みについて、企業の取締役会事務局責任者が議論。 4回にわたって掲載。
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