◇SH3647◇シンガポール:シンガポール国際仲裁の最新動向2021(1) 青木 大(2021/06/02)

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シンガポール:シンガポール国際仲裁の最新動向2021(1)

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 青 木   大

 

1. SIACにおける新件数の推移

 SIACの2020年における新件受任数は1080件と、前年の479件から倍以上の伸びを見せた。案件数に関してはここ10数年にわたりほぼ一貫して右肩上がりの伸びをみせていたが、2020年はさらに大きな飛躍の年となった。ただし、総訴額(新件の訴額を合算した金額)はそこまで大きな伸びは見せておらず、また1案件当たりの平均訴額は前年からは下がっており、同種の複数契約に基づく事案や早期和解狙いの小規模案件等で案件数が積み上がった可能性も考えられるが、そうはいっても総訴額も前年より増えており、コロナを始めとする種々のリスク要因にもかかわらず(あるいはそのため、という見方もありえるが)、SIACはますます盛況という評価をしてよいように思われる。
 

(新件受任数)

2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020
198 188 235 259 222 271 343 452 402 479 1080

 

(総訴額の推移 (Billion SGD))

2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020
1.32 3.61 6.06 5.04 6.23 17.13 5.44 9.65 10.91 11.25

 

(平均訴額(Million SGD))

2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020
7.03 15.36 24.44 23.65 23 55.63 19.34 32.84 41.81 25.51

 

2. 国別新件数の推移

 シンガポールを除く国別新件数(申立人側・被申立人側の当事者の合計)では、1位インド、2位米国、3位中国となった。これらに加えて東南アジア各国、香港、スイス、ケイマン諸島等が上位の常連であるが、日本の当事者が関係する案件は46件と、過去10年をみても最も多く、全体でも9位にランクインした。内訳をみると、申立人側37件、被申立人側9件(前年は申立人側15件、被申立人側11件)と、申立人として関与するケースが大幅に増加していることが興味深い。

 国際紛争ではどちらかというと日本当事者は守り手の立場に回りがちという印象もあるが、SIAC仲裁をみる限りは直近ではむしろ攻め手に回る例が多いということである。これは最近の筆者の感覚にも合致しており、様々な理由により契約やプロジェクトがうまくいかなくなった場合に外国当事者が不合理な要求を通そうとし、当事者間の交渉が暗礁に乗り上げたところで、日本当事者側がトリガーを引くかたちで仲裁手続に進むという例が増えつつあるように思える。そのような場合でも、少し前までは極力当事者間での話し合いでの解決を優先し、提起に二の足を踏む日本企業も少なくなかったように思うが、近年は、交渉の延長線上の一つのツールとして当事者間の話し合いがデッドロックに陥った段階で速やかに仲裁提起を決断する例も増えてきているように感じられる。
 

(国別新件数の推移)

  2017 2018 2019 2020
1 インド(176) 米国(109) インド(485) インド(690)
2 中国(77) インド(103) フィリピン(122) 米国(545)
3 スイス(72) マレーシア(82) 中国(76) 中国(195)
4 米国(70) 中国(73) 米国(65) スイス(135)
5 ドイツ(68) インドネシア(62) ブルネイ(49) タイ(101)
6 香港(38) ケイマン諸島(53) UAE(49) インドネシア(85)
7 UAE(34) UAE(51) インドネシア(39)、タイ(39) 香港(60)
8 インドネシア(32) 韓国(41) マレーシア(38) ベトナム(52)
9 日本(27) 香港(38) 英国(34) 日本(46)
10 韓国(27) 日本(30) 香港(33) ケイマン諸島(42)
日本 27 30 26 46

 

3. 緊急仲裁(Emergency Arbitration)

 訴訟における仮差押・仮処分に対応する制度として、緊急仲裁人による緊急仲裁の制度がある。下記の通り、緊急仲裁の申立件数は2020年において20件と、2019年の10件からは増加したものの、新件受件数の増加ほどは増えていない。2016年の規則改正で、緊急仲裁手続は更なるスピードアップが図られたが、その後も申立は概ね10-20件程度を行き来しているという状況が続いている。緊急仲裁を用いて仮差押や仮処分を得ることが有効な事案というのは一定程度限られていることや、また真に緊急性がある場合には裁判所における仮差押・仮処分の方がより有効と考えられる場合も多いことが緊急仲裁の活用があまり振るわない要因ではないかと推察される。
 

(緊急仲裁の申立件数)

2015 2016 2017 2018 2019 2020
5件 6件 19件 12件 10件 20件

 

(2)につづく

 


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(あおき・ひろき)

2000年東京大学法学部、2004年ミシガン大学ロースクール(LL.M)卒業。2013年よりシンガポールを拠点とし、主に東南アジア、南アジアにおける国際仲裁・訴訟を含む紛争事案、不祥事事案、建設・プロジェクト案件、雇用問題その他アジア進出日系企業が直面する問題に関する相談案件に幅広く対応している。

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