SH3654 国際契約法務の要点――FIDICを題材として 第13回 第1章・幹となる権利義務(3)――支払条件 大本俊彦/関戸 麦/高橋茜莉(2021/06/10)

そのほか

国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第13回 第1章・幹となる権利義務(3)――支払条件

京都大学特命教授 大 本 俊 彦

森・濱田松本法律事務所     
弁護士 関 戸   麦

弁護士 高 橋 茜 莉

 

第13回 第1章・幹となる権利義務(3)――支払条件

1 Red Book

 Employerの代金支払義務に関しては、支払条件も重要な意味を持つ。Contractorは、代金をEmployerから受領する一方で、Subcontractor(下請業者)や、資材納入業者等に支払を行う必要があり、大規模なプロジェクトになれば、その支払額は莫大なものとなる。Employerからいかなる支払条件で代金を受領できるかは、Contractorの資金繰りないしキャッシュフロー計画に直結する。

 この点に関するFIDIC Red Bookの基本的な考え方は、前回述べたとおり、BQ精算である。これは、概括的に言えば、Contractorが作業をしただけ代金が支払われるということであり、原則として毎月のinterim paymentが想定されている。この支払条件において、累計の作業量と、累計の代金支払額との関係をグラフで表示すると、以下の図のとおり、概ね一致することになる(青曲線が作業量、赤曲線が代金支払額)。

 なお、この図では、代金総額の15%がadvance payment(前払金)として支払われることを前提にしているところ、FIDICでは、advance paymentは、工事の対価としてではなく、無利息のローンとして扱われている(14.2項)。そして、このローンは、作業量に応じて代金が支払われる毎に、その代金から所定の割合で控除されることにより、返済されていく。もしプロジェクトの途中で契約が解除され、その時点でadvance paymentの返済が終わっていない場合には、Contractorは直ちに未返済分をEmployerに返済しなければならない。

 

2 Yellow BookおよびSilver Book

 前回述べたとおり、Yellow BookおよびSilver Bookは、BQ精算ではなく、lump sumによる代金支払いを想定している。

 ただし、支払条件に関しては、BQ精算によるRed Bookと規定内容は基本的に変わらない。advance paymentが無利息のローンとして扱われ、これがその後の代金支払い毎に、その代金から所定の割合で控除されることにより返済されるのは、Red Bookと同様である。また、工事完成前の段階での代金支払い(interim payment)が予定されていることも、Red Bookと同様である。さらには、Schedule of Paymentsの利用も選択肢として想定されているところ、これを作業工程中のmilestoneとリンクさせれば、プロジェクトの進捗に応じた分割払いが可能となる。

 したがって、累計の作業量と、累計の代金支払額も、Red Bookと同様、その増加割合は概ね一致させる(たとえば、プロジェクト全体の予定作業量の50%に達した時点で、lump sumの50%が支払われているようにする)ことが可能と考えられる。

 もっとも、lump sumの契約において、作業量増加リスクはContractorが負担する(すなわち、作業の総量が予定より増えても代金額は原則として増えない)ことは、前回述べたとおりである。よって、累計の作業量と代金支払額の増加割合が概ね一致するとしても、最終的に支払われる代金額が実際の作業量に比例して増加するわけではないことを、改めて付言しておく。

 

3 日本の請負契約

 これに対し、日本の請負契約の基本的な考え方は、仕事が完成してから、代金が支払われるというものである。民間(旧四会)連合協定工事請負契約約款26条1項(標準約款)は、代金支払時期の原則的な規定として、完成検査に合格したときに、代金が支払われると定めている。

 もっとも、完成まで一切代金が支払われないとすると、受注者の資金繰りに負担が生じるため、日本の請負契約においては、前払金が支払われることが一般的である。プロジェクトの途中で契約が解除されることとなった場合、前払金をどのように清算するかについては、上記の標準約款では定められていない。実際には、当該時点における出来高を評価した上で、前払金の方が出来高より多い場合には発注者から、前払金の方が出来高より少ない場合には受注者から、相手方に対し、合理的期間を設けて支払いを催告するなどの手段により、当事者間の公平を図るものと思われる。

 以下の図は、前払金として40%、残金が工事完成後に支払われるという、日本の請負契約のモデルにおいて、累計の作業量と、累計の代金支払額とをグラフで表示したものである。上記のBQ精算の場合のグラフとは異なり、累計の作業量と累計の代金支払額双方の増加割合が、途中経過では基本的に一致することなく、最後になってはじめて一致する(青曲線が作業量、赤直線が代金支払額)。当初は、累計の代金支払額が累計の作業量を上回り、受注者の資金繰りとしては余裕があり得る状況であるが、途中からは、累計の作業量が累計の代金支払額を上回り、その差が拡大を続けるため、受注者の資金繰りとしては余裕を持ちがたい状況となる。

 以上のとおり、一般論としては、BQ精算の考え方は、日本の請負契約の考え方よりも、実際の作業量をよりタイムリーに反映し、Contractorの資金繰りに配慮するものといえる。

 もっとも、建設・インフラ工事契約も、他の契約類型同様、契約自由の原則が妥当し、当事者がその合意によって、いかなる内容にも決められるというのが原則である。したがって、日本の請負契約のもとでも、当事者の決め方次第であり、累計の作業量と、累計の代金支払額の増加割合を一致させる合意も可能である。実際、日本の民間(旧四会)連合協定工事請負契約約款29条2項は、出来高払いについて定めており、工事完成前であっても出来高に応じた代金が支払われ得ることを前提としている。ただし、公共工事においては、一部出来高払いの試みもあるが、それ以外は、原則として前払金と完成時の残金支払いによる精算方式が堅持されている。

 なお、この「契約自由の原則」も、法的思考の基本といえる、重要な視点である。これは、私人間の法律関係の構築は、その自由な意思に任されるべきであるという、「私的自治」の考え方を根源とする原則であり、シビル・ローやコモン・ローの区別を問わず、世界各国で妥当する。また、私人間で定めた内容が拘束力を持たなければ、自由な意思に任せても意味がないことから、契約に拘束力があることも内包されている。すなわち、契約の準拠法にかかわらず、基本的には、当事者間で自由に契約の内容を設定・変更することができ、その内容が拘束力を持つということである。もっとも、かかる自由も無制限ではなく、労働者保護、消費者保護等の観点(つまり、契約関係における「弱者」を保護する観点)からの例外として、一方当事者に不利な契約条項が無効とされることはある。それでも、契約自由の原則は、対等な交渉力を持つ企業間の取引では、かなり広く尊重される原則であるといえよう。

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