Withコロナ時代の労働法務
第1回 在宅勤務(1)
島田法律事務所
弁護士 福 谷 賢 典
わが国における新型コロナウイルス感染症(COVID-19)(以下「新型コロナ」という)の流行の状況は、本年4月7日、史上初となる新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言の発令と、これを受けてなされた各都道府県知事等による外出自粛、施設休業の要請等を経て、一時は新規感染者数の減少をみたものの、緊急事態宣言が解除された5月25日以降、東京、大阪など大都市を中心に再び感染拡大の様相を呈し、7月29日には一日当たりの新規感染者が1,000人を超えるに至った。かかる状況下、政府は、7月26日、「経済界へのお願い」として、「テレワーク70%・時差通勤」、「体調不良者は出勤させず、PCR検査を推奨」など5項目の要請を行うなど、国民一丸となった新型コロナ感染拡大防止のための取組みが引き続き求められているところである。
各企業においても、未曽有の事態、そして日々刻刻と変わる社会情勢を前に、事業活動の継続と感染拡大防止を両立させるべく、人事部門や法務部門が中心となって試行錯誤を重ねてきており、これは今後も変わるところはないと予想されるが、本格的な流行の開始から約半年が経過し、省庁や経済団体による各種指針の公表、法律実務家による論点整理の進展等により、企業の労務管理等についての基本的な考え方はある程度まとまってきたように思われる。そこで、本稿から数回にわたる連載により、これらを改めて整理、分析するとともに、筆者の近時の法律相談業務を通じても看て取れる実務的な諸課題に対し、(多分に悩みは残るが)対処の方向性を検討、提示することとしたい。
なお、本稿中意見にわたる部分は筆者の私見であり、筆者が現在所属し、または過去に所属していたいかなる団体の見解を示すものでもないことに注意されたい。
Ⅰ 在宅勤務の法的根拠等
1 業務命令としての在宅勤務の指示
冒頭記載のとおり、テレワークの推進は社会的要請となっているところ、そもそも「テレワーク」につき、法令上の定義は存在しないが、厚生労働省の平成30年2月22日制定にかかる「情報通信技術を利用した事業場外勤務の適切な導入及び実施のためのガイドライン」によれば、「テレワーク」とは「労働者が情報通信技術を利用して行う事業場外勤務」であり、その形態としては、①在宅勤務(労働者が自宅で勤務するもの)、②サテライトオフィス勤務(労働者が自宅の近くや通勤途中の場所等に設けられたサテライトオフィスで勤務するもの)、および③モバイル勤務(労働者が自由に働く場所を選択できるもの)があるとされている(同ガイドライン1)。もっとも、テレワークの推進が、人の接触機会を削減して新型コロナの感染拡大を防止することを目的とすることを考えれば、主として選択されるのは在宅勤務ということになろう。
在宅勤務を通常の勤務(労働者が使用者の事業場にて行う労務提供)と比較した場合に、その差異は就業の場所に尽きる。ここで、就業の場所は就業規則の必要的記載事項(労働基準法89条)ではないため、企業の一般的な就業規則上、就業の場所が特定されていることはないと思われる。また、就業の場所は労働契約締結時に使用者が労働者に対して書面の交付等によって明示しなければならない労働条件の一であるため(労働基準法15条1項、労働基準法施行規則5条1項1号の3、3項、4項)、労働条件通知書や雇用契約書には通常は就業の場所が記載されているが、これはあくまで「雇入れ直後の就業の場所・・・を明示すれば足りる」ものである(平成11・1・29基発45号)。そして、労働条件通知書等における就業の場所の記載にかかわらず、一般的な就業規則で規定されている使用者の配転命令権についての定めに基づき、配置転換や転勤は実務上当然に行われている。
すなわち、一般的な労働契約においては、労働者の就業の場所が特定の事業場等に限定されていることはないといえ、したがって、就業規則の変更や労働契約にかかる変更契約の締結を行わずとも、使用者は業務命令として労働者に対して在宅勤務を命じることができる[1]。この点、実務的には就業規則(の下位規程)としての在宅勤務規程を制定するほうが在宅勤務者の労働条件の明確化には資するが(後記3参照)、新型コロナの流行のような予測不可能・突発的な事象の発生に伴い、緊急に在宅勤務体制への移行が求められる場合は、在宅勤務規程制定の時間的余裕もないことから、多数従業員の各人に対する業務命令として在宅勤務を行うよう指示することが想定される。
2 在宅勤務拒否者への対応
在宅勤務の指示に従わない従業員がいた場合、業務命令違反ということになるが、これは一般的な就業規則では懲戒の事由に当たるものと思われる。だからといって、直ちに懲戒処分を行うべきというわけではなく、懲戒処分は、労働者の行為の性質および態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、権利濫用として無効となるから(労働契約法15条)、懲戒処分を行うか否かは個別具体的な事情を検討して判断する必要がある。
従業員が在宅勤務の指示に従わない理由は様々あり得、居住環境や同居者との関係等から在宅勤務を行うことが事実上難しいという場合もあり得る一方、当然のことながら、新型コロナの感染拡大防止のための方策が在宅勤務以外にないというわけではない。また、当該従業員は労務提供自体を拒否しているわけではなく、業務命令違反といってもその悪質性は基本的には高いとはいえない。したがって、在宅勤務の指示に従わない従業員がいた場合であっても、まずは当該従業員から事情を聞き、在宅勤務が困難といえる合理的な理由があるか、会社が可能な範囲でサポートすることによって当該困難を解消し得るか等を検討するとともに、指示に従わない合理的理由が必ずしも見いだし難いときも、指示に従うよう注意・指導した上で、それでも拒否を続ける場合に懲戒処分を検討することが適切であると考えられる。
ただし、従業員が、発熱など体調悪化の兆候があるにもかかわらず、在宅命令の指示に違反して出社勤務したような場合は、実際の結果いかんは措いても新型コロナ感染のリスクを生ぜしめる問題行動であり、これを看過することは、他従業員に対しても、業務上の必要性が高ければ体調不良を押しても出社すべきなどという誤ったメッセージを送ることになりかねないから、直ちに懲戒処分を行うなど厳しい姿勢で臨むことも検討すべきである。
3 在宅勤務規程の制定
前記1記載のとおり、在宅勤務者が、通常の勤務時と比較しても就業の場所が異なるというだけであり、その他の労働条件は何ら変わることがない前提であれば、就業規則の変更等の必要はない。しかしながら、在宅勤務制度はフレックスタイム制その他柔軟な労働時間制度と親和性が高いことから、これら制度を在宅勤務制度導入に伴って新設する場合は、就業規則の変更が必要となる。また、従業員に通信費用等を負担させる場合も、その旨の規定を就業規則に置く必要がある(労働基準法89条5号)。これらの場合に限らず、在宅勤務者の労働条件が明確なほうが労使双方にとってメリットがあることから、実務的には、在宅勤務者の労働条件について就業規則に規定することが望ましい。具体的な方法としては、就業規則本体に新たな定めを盛り込むよりも、就業規則の下位規程としての在宅勤務規程(これも広義の就業規則に該当する。なお、規程の名称は様々あり得る)を制定するほうがわかりやすいものと思われる。
上記の在宅勤務規程の制定に当たっては、就業規則の変更にかかる労働基準法上の手続を履践する必要がある。すなわち、同規程につき、常時10人以上の労働者を使用する事業場単位で過半数労働組合または労働者の過半数代表者の意見を聴取の上、当該事業場を所轄する労働基準監督署長宛に届け出なければならない(同法89条、90条)。ここで、在宅勤務者は自宅を就業の場所とするから、各人の自宅が事業場に当たると解することはできないであろう。事業場の範囲については、「場所的に分散しているものは原則として別個の事業」とされるものの、「規模が著しく小さく、組織的関連ないし事務能力等を勘案して一の事業という独立性がないものについては、直近上位の機構と一括して一の事業として取り扱う」べきとされているところ(昭和22・9・13発基17号等)、在宅勤務者の自宅は、規模が著しく小さく、独立性がある事業場と認めることはできないためである。したがって、在宅勤務者については、会社組織上所属している部署にかかる事業場がその者にとっての事業場と考えるべきであり、そのような事業場で使用される在宅勤務者を含む労働者が10人以上となる場合は、在宅勤務規程の所轄労働基準監督署長宛の届出が必要となる。
(第2回へ続く)
[1] 特定の労働者との間で勤務地限定の合意をしている場合には、当該労働者に対して在宅勤務を命じることができるかが問題となり得る。最終的には労使間の合理的意思解釈次第とはなるものの、勤務地限定の合意は、地方拠点の地元採用などで、労働者が家庭の事情等により転居を伴う遠隔地への転勤を望まない場合になされることが多いところ、在宅勤務は当該合意の趣旨に反するものでは特段ないから、当該合意をしている労働者に対しても在宅勤務を命じることができると解される場合が多いであろう。