公取委、「独占禁止法に関する相談事例集(令和2年度)」を公表
岩田合同法律事務所
弁護士 和 田 義 光
1 はじめに
公正取引委員会は、令和2年度における事業者等の活動に関する主要な相談事例をとりまとめた「独占禁止法に関する相談事例集(令和2年度)」を、令和3年6月9日に公表した。本稿では、当該事例集のうち、産業用機械の基礎技術に係るメーカー間における共同研究の実施に関して独占禁止法(以下「独禁法」という。)上の問題の有無が検討された事例7につき概観する。
2 本事例の概要
本件は、技術開発力に優れた産業用機械Aのメーカー6社(我が国における産業用機械Aの製造販売分野における6社の市場シェアの合計は約80%である。)が、産業・技術革新に係るSDGsに則った技術革新の基盤を強化するために、以下の⑴ないし⑷の方法で、産業用機械Aの基礎技術の研究を共同で実施する取組(以下「本件取組」という。)に関して、独禁法上問題となるかについて検討されたものである。
- ⑴ 6社以外のメーカーも、一定の条件を満たせば、共同研究に参加することができる。
- ⑵ 特定の製品の開発を対象とするものではなく、産業用機械Aの基礎技術の研究に関するものとし、共同研究の範囲を特定の研究項目(技術α、技術β及び技術γ)に限定する。
- ⑶ 共同研究の実施期間は5年間とする。
- ⑷ 6社以外のメーカーも、無償又は合理的な対価で共同研究によって得られた成果を利用することができる。
(出典:独占禁止法に関する相談事例集(令和2年度)(公取委HP))
3 独占禁止法上の考え方
- ⑴ 不当な取引制限
- 研究開発の共同化によって参加者間で研究開発活動が制限され、技術の市場(以下「技術市場」という。)又は当該技術を用いた製品の市場(以下「製品市場」という。)における競争が実質的に制限されるおそれがある場合には、その研究開発の共同化は、不当な取引制限(独禁法2条6項、3条後段)に該当し、独禁法上問題となり得る。
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研究開発の共同化の問題については、個々の事案について、競争促進的効果を考慮しつつ、技術市場又は製品市場における競争が実質的に制限されるか否かによって判断されるが、その際には、参加者の数、市場シェア等、研究の性格、共同化の必要性、対象範囲、期間等、が総合的に勘案されることとなる(共同研究開発ガイドライン第1-2)。
- ア 参加者の数、市場シェア等については、一般的に参加者の市場シェアが高く、技術開発力等の事業能力において優れた事業者が参加者に多いほど、独禁法上問題となる可能性は高くなる。技術市場における競争制限の判断に当たっては、当該技術市場において外国事業者も含めた研究開発の主体が相当数存在するかどうかが基準となる。
- イ 研究の性格については、特定の製品開発を対象としない基礎研究について共同研究開発が行われたのであれば、独禁法上問題となる可能性は低い。
- ウ 共同化の必要性については、研究にかかるコスト等が膨大であり単独で負担することが困難な場合等には、独禁法上問題となる可能性は低い。
- エ 対象範囲、期間等が明確に確定されている場合には、それらが必要以上に広汎に定められている場合に比して、市場における競争に及ぼす影響は小さい。
- ⑵ 私的独占等
- 参加者の市場シェアの合計が相当程度高く、規格の統一又は標準化につながる等の当該事業に不可欠な技術の開発を目的とする共同研究開発において、ある事業者が参加を制限され、これによってその事業活動が困難となり、市場から排除されるおそれがある場合に、研究開発の共同化が私的独占等(独禁法2条5項等、3条前段)に該当し、独禁法上問題となり得る。
- ⑶ 業務提携に関する検討会報告書
- 以上の解釈は抽象度が高く、実務上は、公正取引委員会競争政策研究センターが公表している令和元年7月10日付け業務提携に関する検討会報告書がより具体的に参考になる。その別紙1「5 研究開発提携」では、水平的なものと垂直的なものとに分けて各考慮要素に関する公正取引委員会の判断の傾向やガイドラインにおける考え方が整理されている。
4 公取委の判断
公取委は、本件取組について、以下の理由から独禁法上問題とならない旨回答した。
- ⑴ 不当な取引制限
- ①研究開発主体として海外のメーカー、国内外の大学等が相当数存在すること、②特定の製品の開発を対象とするものではないこと、③多額の資金を要する上に、メーカーにおいて研究に割くことができるリソースが限定的であることから、6社が共同して行う必要が認められること、④共同研究の範囲及び実施期間を限定していることなどを踏まえると、6社の市場シェアの合計が約80%に上ること及び6社がいずれも技術開発力に優れていることを考慮しても、我が国における産業用機械Aに係る技術市場又は製品市場における競争が実質的に制限されることにはならない。
- ⑵ 私的独占等
- 本件取組が産業用機械Aの製造に不可欠な技術の開発に結び付くことあり得る。しかし、6社以外のメーカーは、一定の条件を満たせば本件取組に参加することができ、本件取組に参加できないメーカーも本件取組による成果を利用することができることからすると、本件取組によって6社以外のメーカーが産業用機械Aの製品市場から排除されることにはならない。
5 実務上の留意点
本件取組に関しては、公取委によって、海外のメーカーや国内外の大学等の研究開発主体が相当数存在すること、特定の製品開発を対象としない基礎研究の共同開発であることなどが考慮され、不当な取引制限には該当しないとした点、6社以外のメーカーが将来本件取組に参加できる可能性を残していること、仮に本件取組に参加できないメーカーに対しても研究の成果を利用できるとしたことが考慮されて、私的独占等には該当しないとした点で重要である。
共同開発における独占禁止法の抵触可能性を検討するにあたっては、「共同研究開発ガイドライン」や「業務提携に関する検討会報告書」のほか、本件において示された公取委の判断の枠組みや考え方も参考になるものと考えられる。
以 上
(わだ・よしみつ)
岩田合同法律事務所所属。2014年北海道大学法学部卒業。2016年一橋大学法科大学院修了。2018年1月裁判官任官。松山地方裁判所勤務を経て、2021年4月「判事補及び検事の弁護士職務経験に関する法律」に基づき弁護士登録。
岩田合同法律事務所 http://www.iwatagodo.com/
<事務所概要>
1902年、故岩田宙造弁護士(後に司法大臣、貴族院議員、日本弁護士連合会会長等を歴任)により創立。爾来、一貫して企業法務の分野を歩んできた、我が国において最も歴史ある法律事務所の一つ。設立当初より、政府系銀行、都市銀行、地方銀行、信託銀行、地域金融機関、保険会社、金融商品取引業者、商社、電力会社、重電機メーカー、素材メーカー、印刷、製紙、不動産、建設、食品会社等、我が国の代表的な企業等の法律顧問として、多数の企業法務案件に関与している。
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