詐欺の被害者が送付した荷物を依頼を受けて送付先のマンションに設置された宅配ボックスから取り出して受領するなどした者に詐欺罪の故意及び共謀があるとされた事例
宅配便で現金を送付させてだまし取る特殊詐欺において、被告人が依頼を受け、他人の郵便受けの投入口から不在連絡票を取り出すという著しく不自然な方法を用いて、送付先のマンションに設置された宅配ボックスから荷物を取り出した上、これを回収役に引き渡すなどしていること、他に詐欺の可能性の認識を排除するような事情も見当たらないことなどの本件事実関係(判文参照)の下では、被告人には、詐欺の故意に欠けるところはなく、共犯者らとの共謀も認められる。
刑法60条、246条1項
平成30年(あ)第1224号 最高裁令和元年9月27日第二小法廷判決 覚せい剤取締法違反、詐欺未遂、詐欺被告事件 破棄自判 刑集73巻4号47頁
原 審:平成30年(う)第197号 東京高裁平成30年7月20日判決
第1審:平成29年(わ)第36号、第75号、第85号 静岡地裁浜松支部平成29年12月22日判決
1 事案の概要
本件は、被告人が、現金送付型の特殊詐欺において、氏名不詳者らと共謀の上、Aから2回にわたり現金合計350万円をだまし取り(詐欺既遂事件)、その後、Cから現金をだまし取ろうとしたが、その目的を遂げなかった(詐欺未遂事件)との事実について起訴された事案である。被告人は、詐欺既遂事件においては、平成28年11月18日及び同月22日に、詐欺未遂事件においては同年12月7日に、現金送付先のマンションに設置された宅配ボックスに預けられた現金在中の荷物を取り出す役割を担っていたものである。
2 訴訟の経過
第1審判決は、前記各事件及び覚せい剤取締法違反の事実について被告人を有罪と認めた。
被告人が事実誤認等を理由に控訴したところ、原判決は、第1審判決が詐欺未遂事件について詐欺の故意及び共謀を認定した点に事実誤認はないが、詐欺既遂事件について詐欺の故意及び共謀を認定した点には事実誤認があるとして、第1審判決を破棄し、詐欺既遂事件について無罪を言い渡した。その理由の要旨は、以下のとおりである。
第1審判決は、詐欺未遂事件について被告人は詐欺の未必の故意を有していたと推認できることを基礎とし、①詐欺未遂事件と詐欺既遂事件が同一の詐欺グループによる犯行と推認されること及び②被告人が詐欺既遂事件において荷物を取り出す際に、詐欺未遂事件の犯行時に通話していたのと同一の電話番号の相手と通話していたことを理由として、被告人は詐欺既遂事件についても詐欺の未必の故意及び共謀があったことを推認している。
しかし、詐欺未遂事件の際に存在した事情から被告人に当時詐欺の故意が認められるからといって、当然に被告人に詐欺既遂事件の際に詐欺の故意があったといえないことは明らかであり、上記①、②の事実は、被告人が、詐欺既遂事件の際にも、詐欺未遂事件の際と同じ認識を有していたことを推認させる事実とは認められない。詐欺既遂事件については、同事件の際に認められる諸事情に限定して、そこから被告人に詐欺の故意、共謀が認められるかどうかを検討すべきであり、上記諸事情からは、被告人が、詐欺の被害者が送った荷物を取り出しているのかもしれないという認識に至ると推認するには足りない。最低限、以前から同じような取出しを繰り返していたとか、別のマンションでも同じような取出しをしていたなどの事実が加わらなければ、詐欺の被害者が送った荷物を取り出しているのかもしれないという詐欺の故意の推認に結び付く発想に至らないのであって、詐欺の未必的な認識まで推認するには、合理的な疑いが残る。
これに対し、検察官が上告した。
本判決は、職権で判決要旨のとおり判断して、原判決を破棄し、被告人の控訴を棄却した。
3 解説
⑴ 詐欺罪の故意及び共同正犯について
詐欺罪(刑法246条1項)の故意があるというためには、相手方を欺いて錯誤に陥らせ、その財産的処分行為によって財物を交付させ、自己又は第三者が占有を取得すること及びその間の因果関係につき認識していることが必要であるが、その認識は、確定的なものではなく、未必的なもので足りるし、概括的であってもよいと解されている。
また、故意の共同正犯の主観的要件としては、他の分担者が担当する構成要件該当事実の認識が必要であるが、犯罪計画の詳細を全て認識している必要はなく、共犯者が施した欺罔行為の具体的な内容、共犯者の役割等について認識がない場合にも、詐欺罪の共同正犯としての責任は免れないと解されている。
⑵ 裁判例の動向
現金手交型や現金送付型の特殊詐欺事案において被害者や宅配業者等から現金を受領する者(いわゆる受け子)に詐欺の故意及び共謀が認められるかについては、従前から多数の事案で争点となっており、近年は、これを認める高裁判決が相次いでいた。このような中、最三小判平成30・12・11刑集72巻6号672頁及び最二小判平成30・12・14刑集72巻6号737頁は、事実関係には相違があるものの、いずれも現金送付型特殊詐欺の事案において、要旨、被告人が指示や依頼を受けて、配達される荷物を名宛人になりすまして受け取り、回収役に渡す行為を複数回繰り返し報酬を得ていたなどの事実は、荷物が詐欺を含む犯罪に基づき送付されたことを十分に想起させるものであり、被告人は自己の行為が詐欺に当たる可能性を認識していたことを強く推認させるとした上、詐欺の可能性があるとの認識が排除されたことをうかがわせる事情も見当たらないとして、詐欺の故意及び共謀を認め、これを否定した各原判決を破棄した。
⑶ 本判決の内容
ア 本判決は、詐欺既遂事件に関する事実関係を改めて整理した上、①被告人は、依頼を受け、他人の郵便受けの投入口から不在連絡票を取り出すという著しく不自然な方法を用いて、宅配ボックスから荷物を取り出した上、これを回収役に引き渡しており、②本件マンションの居住者が、第三者である被告人に対し、宅配ボックスから荷物を受け取ることを依頼し、しかも、オートロックの解錠方法や郵便受けの開け方等を教えるなどすることもなく、上記のような方法で荷物を受け取らせることは考え難いことも考慮すると、③被告人は、依頼者が本件マンションの居住者ではないにもかかわらず、居住者を名宛人として送付された荷物を受け取ろうとしていることを認識していたと合理的に推認できるとした。そして、以上によれば、④被告人は、送り主は本件マンションに居住する名宛人が荷物を受け取るなどと誤信して荷物を送付したものであって、自己が受け取る荷物が詐欺に基づいて送付されたものである可能性を認識していたことも推認できるとした。
①ないし③は、本件マンションの宅配ボックスの仕組み(判文参照)を踏まえた判断であり、荷物の送り主の通常の行動に照らせば、①ないし③から④が導かれることも容易に理解することができよう。
イ 他方、本判決は、原判決が指摘する事実、すなわち被告人が以前から同じような荷物の取出しを繰り返していたとか、別のマンションでも同じような荷物の取出しをしていたなどの事実は、本件の事実関係に照らせば、被告人の詐欺の故意を推認するのに不可欠なものではないとした(なお、本件においては、被告人が報酬を受け取ったとも認められない。)。前記最三小判及び最二小判は、いずれも被告人が同様の受領行為を繰り返して報酬を受け取っていたことを詐欺の故意を推認させる重要な事実として指摘しているが、これはあくまで各事案の事実関係に即した判断を示したものと理解すべきであろう。
また、本判決は、原判決が詐欺既遂事件については詐欺の故意及び共謀の認定資料は同事件の際に認められる諸事情に限定すべきである旨説示したのに対し、事後的な事情を含めて詐欺の故意を推認することができる場合もあり得ると説示している。判文上、本判決が詐欺既遂事件についてその後の詐欺未遂事件に特有の事情を考慮して詐欺の故意を推認したものではないことは明らかであるが、原判決の上記説示は、その理解次第では、考慮できる事情を不当に制限するものになりかねないことから、特に指摘をしたものと思われる。
ウ なお、本判決は、原判決を破棄して被告人の控訴を棄却しているが、第1審判決が詐欺既遂事件について詐欺の故意及び共謀を認定した理由を是認したわけではないことには留意が必要である。すなわち、第1審判決は、原判決が前記のように摘要した理由により詐欺既遂事件について被告人の詐欺の未必の故意を推認しているが、詐欺未遂事件における被告人の荷物取出し前後の不自然な行動等の事情(第1審判決参照)から同事件で詐欺の未必の故意が推認できるとしても、同事件より前の詐欺既遂事件についても当然に詐欺の未必の故意が推認できるわけではなく、両事件が同一の詐欺グループによる犯行と推認されることや被告人が両事件で同一の電話番号の相手と通話していたことを併せることによって詐欺既遂事件について詐欺の未必の故意を推認できる合理的な理由も説明されていないのであり、原判決もこれと同旨の指摘をしたものと解される。この点も考慮して、本判決は、原判決は「第1審判決が論理則、経験則等に照らして不合理であることを十分に示したものとはいえず、第1審判決に事実誤認があるとした原判決には刑訴法382条の解釈適用を誤った違法がある」として刑訴法411条1号により原判決を破棄する(このような判断をしたものとして最一小判平成24・2・13刑集66巻4号482頁等がある。)のではなく、原判決には重大な事実誤認があるとして同条3号により原判決を破棄し、詐欺既遂事件について被告人に詐欺の故意及び共謀を認めた第1審判決の判断は、「その結論において」是認することができるとしたものと推察される。
4 本判決の意義
特殊詐欺の事案においては、詐欺の故意及び共謀の推認過程を的確に把握し、間接事実の重みを適切に評価することが困難な場合も少なくないと思われる。本判決は、具体的な事実関係を前提としたものではあるが、原判決の判断枠組みの不合理な点を指摘し、上記推認過程を具体的かつ明確に説明するものであり、同種事案の参考になるものと思われる。