1 法人税法132条1項にいう「これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」の意義
2 組織再編成に係る一連の取引の一環として行われた金銭の借入れが法人税法132条1項にいう「これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」には当たらないとされた事例
1 法人税法132条1項にいう「これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」とは、同項各号に掲げる法人である同族会社等の行為又は計算のうち、経済的かつ実質的な見地において不自然、不合理なもの、すなわち経済的合理性を欠くものであって、法人税の負担を減少させる結果となるものをいう。
2 企業グループにおける組織再編成に係る一連の取引の一環として、当該企業グループに属する内国法人である同族会社が、当該企業グループに属する外国法人から行った金銭の借入れは、次の⑴~⑶など判示の事情の下では、当該借入れに係る支払利息の額を損金の額に算入すると法人税の額が大幅に減少することとなり、また、当該借入れが無担保で行われるなど独立かつ対等で相互に特殊関係のない当事者間で通常行われる取引とは異なる点があるとしても、法人税法132条1項にいう「これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」には当たらない。
⑴ 上記一連の取引は、上記企業グループのうち米国法人が直接的又は間接的に全ての株式又は出資を保有する法人から成る部門において日本を統括する合同会社として上記同族会社を設立するなどの組織再編成に係るものであった。
⑵ 上記一連の取引には、税負担の減少以外に、上記部門を構成する内国法人の資本関係及びこれに対する事業遂行上の指揮監督関係を整理して法人の数を減らす目的、機動的な事業運営の観点から当該部門において日本を統括する会社を合同会社とする目的、当該部門の外国法人の負債を軽減するための弁済資金を調達する目的、当該部門を構成する内国法人等が保有する資金の余剰を解消し、為替に関するリスクヘッジを不要とする目的等があり、当該取引は、これらの目的を同時に達成する取引として通常は想定されないものとはいい難い上、その資金面に関する取引の実態が存在しなかったことをうかがわせる事情も見当たらない。
⑶ 上記借入れは、上記部門に属する他の内国法人の株式の購入代金及びその関連費用にのみ使用される約定の下に行われ、実際に、上記同族会社は、株式を取得して当該内国法人を自社の支配下に置いたものであり、借入金額が使途との関係で不当に高額であるなどの事情もうかがわれず、また、当該借入れの約定のうち利息及び返済期間については、当該同族会社の予想される利益に基づいて決定されており、現に利息の支払が困難になったなどの事情はうかがわれない。
(1、2につき)法人税法132条1項
令和2年(行ヒ)第303号 最高裁判所令和4年4月21日第一小法廷判決 法人税更正処分等取消請求事件(民集76巻4号登載予定) 棄却
原 審:令和元年(行コ)第213号 東京高等裁判所令和2年6月24日判決
第1審:平成30年(行ウ)第444号、平成29年(行ウ)第503号、平成30年(行ウ)第444号 東京地方裁判所令和元年6月27日判決
1 事案の概要
(1) Xは、平成20年12月期から平成24年12月期までの各事業年度に係る法人税の確定申告において、同じ企業グループに属するフランス法人からの金銭の借入れ(以下「本件借入れ」という。)に係る支払利息(以下「本件支払利息」という。)の額を損金の額に算入したところ、麻布税務署長は、同族会社等の行為又は計算の否認に関する規定である法人税法132条1項を適用し、上記の損金算入の原因となる行為を否認して被上告人の所得の金額につき本件支払利息の額に相当する金額を加算し、上記各事業年度に係る法人税の各更正処分及び平成20年12月期を除く上記各事業年度に係る過少申告加算税の各賦課決定処分(以下、併せて「本件各処分」という。)をした。
本件は、Xが、Y(国)を相手に、本件各処分(上記各更正処分については申告額を超える部分)の取消しを求めた事案であり、本件借入れが法人税法132条1項にいう「これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」に当たるか否かが争われた。
(2) Xは、国際的な企業グループのうちの音楽事業を担当する部門(以下「本件音楽部門」という。)に属する合同会社であり、内国法人である同族会社(法人税法132条1項1号)に当たる。本件音楽部門においては、日本を統括する会社としてXを設立し、Xが本件音楽部門に属していた複数の株式会社の全発行済株式を購入し、その一部を吸収合併するなどの組織再編成に係る取引が行われ、これに伴う資金面に関する取引が行われたところ、本件借入れは、これら一連の取引(以下「本件組織再編取引等」と総称する。)の一環として、上記の株式の購入代金及びその関連費用にのみ使用されるとの約定で行われたものである(本件組織再編取引等の詳細については、判文を参照されたい。)。
(3) 第1審及び原審は、Xの請求を認容すべきものとしたところ、Yが上告受理申立てをした。最高裁第一小法廷は、上告審として本件を受理した上で、判旨のとおり判断して、本件上告を棄却する判決を言い渡した。
2 説明
(1) 法人税132条1項の趣旨等
法人税法132条1項は、一般に、同族会社等の場合には会社の意思決定が一部の資本主の意図により左右されるので、租税回避行為を容易に行い得ることから、これを是正し、負担の適正化を図るためのものであり、法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められる行為又は計算が行われた場合に、これを正常な行為又は計算に引き直してその法人に係る法人税の更正又は決定をする権限を税務署長に認めたものとされている(武田昌輔 編著『DHCコンメンタール法人税法5』(第一法規、1979)5531の3頁)。そして、通説は、ある行為又は計算が経済的合理性を欠いている場合に、その行為又は計算について同項による否認が認められるとの経済的合理性説を採り、主要な論点は、①当該の具体的な行為又は計算が異常ないし変則的であるといえるか否か、及び、②その行為又は計算を行ったことにつき租税回避以外に正当で合理的な理由ないし事業目的があったと認められるか否かであるなどとしている(金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂、2021)542〜543頁)。
(2) 関連する判例等
ア 法人税法132条1項の規定に類似する同法132条の2の組織再編成に係る行為又は計算の否認の規定につき、最一小判平28・2・29民集70巻2号242頁(以下「ヤフー事件最判」という。)及び最二小判平28・2・29民集70巻2号470頁(以下「IDCF事件最判」という。)は、「同条〔法人税法(平成22年法律第6号による改正前のもの)132条の2〕にいう『法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの』とは、法人の行為又は計算が組織再編成に関する税制(以下、「組織再編税制」という。)に係る各規定を租税回避の手段として濫用することにより法人税の負担を減少させるものであることをいい、その濫用の有無の判断に当たっては、①当該法人の行為又は計算が、通常は想定されない組織再編成の手順や方法に基づいたり、実態とは乖離した形式を作出したりするなど、不自然なものであるかどうか、②税負担の減少以外にそのような行為又は計算を行うことの合理的な理由となる事業目的その他の事由が存在するかどうか等の事情を考慮」するのが相当であるなどと判示している。これは、同条の解釈につき、いわゆる制度濫用基準を採用しつつ、濫用の有無の判断に当たっての考慮事情として、経済的合理性説に係る考慮要素を、組織再編成の場面に即して表現を修正し、特に重要な考慮事情として位置付けたものであるなどとされている(平成28年度最高裁判所判例解説民事篇105〜107頁)。
イ また、法人税法132条1項の規定につき、東京高判平27・3・25判時2267号24頁(以下「日本IBM事件高判」という。)は、行為又は計算が「経済的合理性を欠く場合には、独立かつ対等で相互に特殊関係のない当事者間で通常行われる取引(独立当事者間の通常の取引)と異なっている場合を含む」と判断しており、独立当事者間の通常の取引と異なる取引については例外なく経済的合理性を欠くこととなる旨をいうようにも読めることから、その当否が問題となり得るところであった(この判決については上告受理申立てがされたが、最高裁第一小法廷は不受理決定をした。)。
(3) 本判決の判断
まず、本判決は、法人税法132条1項にいう「これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」の意義について上記(1)の経済的合理性説を採用することを明らかにした(判決要旨1)。
そして、本判決は、本件借入れが企業グループの組織再編成に係る一連の取引の一環として行われたものであることに着目し、当該一連の取引全体が経済的合理性を欠くときは、本件借入れがその目的において不合理と評価されるとの理解を示した上で、当該一連の取引の経済的合理性の検討に当たっての考慮事情として、上記(2)アのヤフー事件最判及びIDCF事件最判における考慮事情と同じものを取り上げ、当てはめを行って、本件借入れは、その目的において不合理と評価されるものではないと判断している。さらに、本判決は、本件借入れに係るその他の事情を検討し、独立当事者間の通常の取引と異なる点があることを指摘しつつ、本件借入れが不自然、不合理なものとまではいい難いと判断して、上記(2)イの日本IBM事件高判のように、独立当事者間の通常の取引と異なる取引について例外なく経済的合理性を欠くものであるとの見解を採らないことをも示唆している。本判決は、以上の諸事情を総合的に考慮し、本件借入れは経済的合理性を欠くものとはいえないとし、法人税法132条1項にいう「これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」には当たらないとの事例判断を示した。(判決要旨2)
(4) 第1審判決及び原判決との比較
本判決は、第1審判決及び原判決と同じ結論を採り、法人税法132条1項にいう「これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」について、経済的合理性説を採用するという点においても共通している。
もっとも、①経済的合理性説を採用した上で、経済的合理性の有無に関する判断枠組みをどのようにすべきか、また、②当てはめの内容については、以下のとおりの相違点がある。
ア 判断枠組み
(ア) 第1審判決は、「法人税の負担が減少するという利益を除けば当該行為又は計算によって得られる経済的利益がおよそないといえるか、あるいは、当該行為又は計算を行う必要性を全く欠いているといえるかなどの観点から検討すべきものである」として、経済的合理性を欠く場合を相当に限定する判断枠組みを採用している。
これに対し、原判決は、ヤフー事件最判及びIDCF事件最判における考慮事情と同様のものを取り上げ、これらも考慮した上で、本件借入れの経済的合理性の有無を判断すべきであるとしているものの、経済的合理性の判断対象が本件借入れであるのに対し、上記考慮事情が、本件借入れを含む企業再編等全体の合理性に係るものであることから、その位置付けが必ずしも明確でなかった。また、本件において、独立当事者間の通常の取引と異なる取引であるかどうかは考慮の対象外であるかのような説示もされていた。
(イ) 本判決は、第1審判決の判断枠組みを採用していない。これは、法人税法132条1項の趣旨に照らし、経済的合理性を欠く場合を相当に限定する第1審判決の判断枠組みは相当でないと考えられたためと思われる。そして、本判決は、基本的に原判決の判断枠組みを正当としたものと思われるが、本件組織再編取引等の経済的合理性は、本件借入れの目的の合理性に影響するものであることを示すことにより、必ずしも明確でなかった上記考慮事情の位置付けを整理したものと考えられる。また、本判決は、本件借入れの経済的合理性の有無を判断する場合においても、独立当事者間の通常の取引と異なる点があるかを検討することは有用であることを前提としており、この点は原審の判断とはニュアンスを異にしているものと思われる。
イ 当てはめ
(ア) 第1審判決、原判決とも、本件借入れの経済的合理性の有無の判断に当たり、税負担の減少以外のメリットが大きいことを強調する説示をしているため、読み方によっては、本件借入れが経済的合理性について全く問題のないものであるとの印象を与えかねないものとなっていた。
(イ) これに対し、本判決は、本件組織再編取引等、ひいては本件借入れの目的として、Xの税負担の減少をもたらすことが含まれていたことに正面から言及し、そのことが本件借入れの経済的合理性を否定する方向の事情として相応の重みのあるものであることを示唆しつつ、本件借入れに係る諸事情を総合的に考慮すれば、本件借入れは経済的合理性を欠くものとはいえない旨の説示がされている。これは、本件借入れの経済的合理性の程度に関し、第1審及び原審とは見方を異にする部分があることを示すとともに、税負担の減少をもたらす目的があったとしても、直ちに当該行為又は計算が経済的合理性を欠くものと評価されるとは限らず、飽くまでも諸事情の総合的な考慮によって経済的合理性を欠くものか否かが判断されることを示すものと考えられる。
(5) 本判決の意義
本判決は、法人税法132条1項にいう「これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」の意義について通説の立場を採ることを確認するとともに、組織再編成に係る一連の取引の一環として行われた金銭の借入れが上記「これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」には当たらないとの事例判断を示す中で、類似の規定に関する最高裁判決や、同じ規定に関する高裁判決を踏まえ、考慮事情等を明らかにしたものであり、理論的にも実務的にも意義を有するものと思われる。
なお、本件では、平成24年12月期までの事業年度に係る法人税が問題となったが、その後である平成25年4月以後に開始する各事業年度においては、いわゆる過大支払利子税制(租税特別措置法66条の5の2、66条の5の3)により、基準となる所得金額に対する一定割合(当初50%、後に法改正により20%)を超える所定の支払利子の額については、当期の損金の額に算入せず、最大7年間繰り越すこととされている。したがって、同税制が適用される事業年度においては、Xが本件各事業年度においてしたような支払利子の額の損金算入は、同税制により制限されることになるものと考えられる。