◇SH3694◇金融商品取引法上の行政調査への対応と弁護士・依頼者間秘匿特権について 垰尚義/工藤靖(2021/07/26)

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金融商品取引法上の行政調査への対応と弁護士・依頼者間秘匿特権について

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 垰   尚 義

弁護士 工 藤   靖

 

1 近時の規則改正における弁護士・依頼者間のコミュニケーションの保護

 2020年6月25日、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」という)上の不当な取引制限に関する行政調査手続において、弁護士と依頼者間の法的意見に関する通信内容の秘密を一定の条件のもとで保護する判別手続を導入するため、公正取引委員会の審査に関する規則が改正された。米国や欧州において、その要件・範囲や必要となる手続は国に応じて異なるものの、弁護士とその依頼者との間における法的意見に関するコミュニケーションについて、当該依頼者が調査当局に対する開示や裁判における証拠としての開示を拒むことができる権利である「弁護士・依頼者間秘匿特権」[1]が認められているところ、平成29年4月に公表された「独占禁止法研究会報告書」による、独禁法の行政調査手続においても上記特権を配慮することが適当であるとの提言を踏まえ、上記改正が行われた[2]

 対象となる手続は、不当な取引制限(独禁法2条6項参照)に関する行政調査手続に限定され、その典型例として価格カルテルや入札談合などが挙げられる。

 

2 行政調査対応において生じる弁護士・依頼者間秘匿特権に関するリスク

 金融商品取引法(以下「金商法」という)上の開示不正・不公正取引に係る課徴金調査も、独禁法上の行政調査と同様に、間接強制[3]を背景とした行政調査手続のもとで行われるものの(独禁法47条1項・2項及び94条、並びに、金商法26条1項、177条1項、205条5号・6号、205条の3第1号・2号及び207条1項6号参照)、上記のような手続は制度上存在しない。過去の証券取引等監視委員会(以下「監視委」という)によるバスケット条項の適用事例を踏まえると、企業不正事案が発覚・判明したことが重要事実であると解釈される可能性があり、このような企業不正には前述の不当な取引制限の事例も含まれうる。例えば、米国を含む国際的な価格カルテルへの関与が発覚した場合には、会社に対し不当な取引制限に関する独禁法上の行政調査が行われる一方で、当該関与の事実が公表される前に役職員により行われたインサイダー取引を理由として当該会社に対する金商法上の課徴金調査が行われるケースが想定される。また、米国内の連結対象子会社において会計不正が行われた場合、連結財務諸表上の虚偽記載を理由として上場親会社に対する金商法上の課徴金調査が行われる可能性もある。

 このような場合、監視委による金商法上の課徴金調査に対し、海外における弁護士・依頼者間秘匿特権を維持するため資料提出等に応じないことによる罰金等の刑事制裁リスク[4]とこれに応じることにより弁護士・依頼者間秘匿特権を放棄したと見做されこれらの国における訴訟や当局対応において開示・提出が必要となるリスクをどのように調整すべきかの問題が先鋭化するものと思われる。

 

3 判例における行政調査権の法的性質を踏まえた柔軟な対応による解決

 そもそも、我が国において、弁護士・依頼者間秘匿特権は法律上これを認める明文の規定はなく、裁判例[5]上も実務上も認められていない。他方で、間接強制を伴う行政調査権限の行使に関する判例として、旧所得税法に基づく質問調査権(旧所得税法234条1項)の行使に関する荒川民商事件上告審決定(最三判昭和48・7・10判時708号18頁)がある。当該決定は、「所得税法234条1項の規定は、国税庁、国税局または税務署の調査権限を有する職員において、当該調査の目的、調査すべき事項、申請、申告の体裁内容、帳簿等の記入保存状況、相手方の事業の形態等諸般の具体的事情にかんがみ、客観的な必要性があると判断される場合には・・・この場合の質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、右にいう質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまるかぎり、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられている」とし、①諸般の具体的事情に鑑みた客観的な質問検査の必要性、②相手方の私的利益との衡量における社会通念上の相当性という二つの視点をもって、質問調査権の限界を画することを示唆している。

 この判断は、事案を異にするものの、同じく間接強制を伴う行政調査手続といえる課徴金検査にも妥当すると考えるのが合理的である。そして、例えば、前述した国際的な価格カルテル事案への関与が発覚したケースにあてはめると、インサイダー取引規制違反の嫌疑において対象株式の発行体である上場企業に対しては、未公表の重要事実の発生・決定経緯と違反嫌疑者が当該重要事実を認識するに至る伝達経緯について調査を行う客観的な必要性は認められると思われる。しかし、インサイダー取引規制上要求される立証事実の内容(重要事実の発生・決定経緯や伝達経緯)を踏まえると、例えば、当該内容に関連しない、カルテル事案の社内調査における弁護士・当該上場企業の法務部担当者間のコミュニケーション内容や、調査報告書やその資料となる関係者へのヒアリング結果等については必ずしも調査対象とする必要性が認められるとまではいえないと思われる(①)。他方で、前述した米国内の連結対象子会社において会計不正が行われたケースにあてはめると、連結対象子会社において行われた不正な経理処理の内容及びその経緯、そして不正な経理処理を訂正することによる親会社の連結財務諸表への影響を調査するにあたっては、不正な経理処理に関する調査報告書やその資料となる関係者へのヒアリング結果等に対する調査の必要性は少なからず認められるものと思われる。そのため、この場合には、②相手方の利益との衡量における社会通念上の相当性という視点からの検討が必要となる。例えば、既に米国等において当局との対応が開始していた場合や米国でのクラスアクション等が提起されていた場合には、弁護士・依頼者間秘匿特権の対象となる上記資料等を監視委に提出することにより当該特権を失うことになり、それにより生ずる当局対応・訴訟コスト等の負担が多額に上る可能性がある。以上に鑑みれば、それらの資料等を提出資料の対象とすることは社会通念上の相当性を欠くようにも思われる。しかしながら、前述のとおり日本法のもとでは法律上これを認める明文の規定はなく、裁判例上も実務上も認められていない弁護士・依頼者間秘匿特権を失うことにより生じる負担であることから、このような負担は事実上の不利益にすぎず、法律上の保護に値しないとして、利益衡量の比較対象としては不適切であるという解釈がなされる可能性も否定できない。そのため、②の視点において、どのように評価されるか不透明さは残る。

 以上の①及び②の観点から協議・交渉が行われることは、監視委側にとっては、弁護士・依頼者間秘匿特権を維持することを目的として企業側から課徴金調査における報告徴求命令(金商法26条1項)や物件提出命令(金商法177条1項)に対して取消訴訟(行政事件訴訟法3条2項)が提起されることを回避し、企業側による協力を通じて効率的な調査が実現されることにより迅速な事案処理が行われるという点、調査対象となる企業側にとっては、真摯に調査に協力することにより海外での当局対応・訴訟リスクを逓減しつつ、資料の不提出等につき刑事制裁のリスクを回避できる[6]という点で双方にメリットがあるように思われる。監視委と調査対象企業との間で、必要性・相当性の観点から資料の提出範囲等を協議・交渉することにより、建設的かつ柔軟な解決が図られることが望まれる。

以 上

 


[1] 米国その他の国において認められている弁護士・依頼者間秘匿特権の意義、要件、法的効果や当該特権の放棄と解釈される状況については、紙面の関係上ここでは詳述しない。

[2] 岡田博己「事業者と弁護士との間で秘密に行われた通信の内容が記録されている物件の取扱い(判別手続)について」公正取引839号(2020)13頁参照。

[3] 提出要求資料の不提出、虚偽報告、検査拒絶又は妨害するといった行為に対して罰金等の刑事罰を科すことにより、調査・検査の実効性を確保する制度。この場合であっても、調査は対象者の同意に基づき行われることが前提となり、関係行政当局は実力行使等により直接的に関係資料を入手することはできず、その意味において裁判所が発出する令状に基づき実施される強制調査手続とは区別される。

[4] また、一般論として、取締役による経営上の決定が、その行為が法令違反に該当することを認識しながら、あえて実行するというものである場合には経営判断原則の適用はないとされており、善管注意義務違反を問われるリスクもある。

[5] 公正取引委員会から独禁法に基づく排除措置命令を受けた法人が審判請求をしたところ、公正取引委員会が当該法人の競争事業者から申請された当該審判事件の記録謄写に応じる決定をしたことに対し、当該法人が当該決定の違法性を争った事案において、「『弁護士・依頼者秘匿特権』が我が国の現行法の法制度の下で具体的な権利又は利益として保障されていると解すべき理由は見出し難い」と判示されている(東京高判平成25・9・12裁判所HP)。

[6] 過去に検査忌避等を理由として金融庁が告発した事案のうち、金融庁の公表資料から確認できるものとして、①1998年の日本長期信用銀行に対する金融検査の過程において、常務会等の諸会議資料の差替え及び不存在扱い等の検査忌避行為が行われたものとして告発に至った事案(被告発法人を日本長期信用銀行(両罰規定)とする長期信用銀行法違反。但し、検察は不起訴判断(起訴猶予)とした。)(「金融監督庁の1年(平成11事務年度版)」第4部第22章第3節Ⅳ検査により発見された重大な法令等違反に対する告発第1参照)、②1999年のクレディ・スイス・ファイナンシャル・プロダクツ銀行東京支店に対する金融検査の過程において、支店幹部により検査官に対し非開示とした書類等及びそれらの保管書庫の隠蔽の指示がなされたほか、支店幹部等多数の職員により、関係書類の検査官への非開示、資料の裁断・破棄及びロンドン本店への文書発送が行われたこと、クレディ・スイス信託銀行に対する金融検査の過程において、業務関係資料の破棄及び業務運営についての答弁拒否等が行われたことが検査忌避行為に該当するものとして告発に至った事案(同第2参照)、③2003年から2004年にかけて実施されたUFJ銀行に対する金融検査の過程において、多数の役職員らにより、検査対象資料の隠匿、破損、改ざん、当該隠匿等を前提とした虚偽説明が行われたことが検査忌避行為に該当するものとして告発に至った事例などがある(「金融庁の1年(平成16事務年度版)」第4部第23章第4節Ⅳ重大な法令等違反に対する刑事告発参照)。これらの先例を踏まえると、組織的な隠匿等の行為が認められた事案であり、事後の検査の実効性確保の必要から告発に至ったものと考えられ、弁護士・依頼者間秘匿特権を維持する観点からの企業側の対応が直ちに上記の検査忌避行為と同視しうるかについては疑問がある。

以 上

 


(たお・たかよし)

1995年4月~2000年3月、検事。2000年4月に長島・大野・常松法律事務所へ入所後、米国留学等を経て、2007年1月から2008年12月まで証券取引等監視委員会事務局へ出向し、インサイダー取引・株価操作・有価証券報告書虚偽記載案件等の証券犯罪の調査・分析に従事。復帰後、当局による調査対応、刑事事件対応を含む危機管理・不祥事対応、コンプライアンス、金融・証券規制の分野を主に取り扱っている。第一東京弁護士会・金融商品取引法研究部会副部会長。

 

(くどう・やすし)

2007年に長島・大野・常松法律事務所へ入所後、2014年9月から2016年6月まで金融庁検査局、2017年4月から2018年12月まで証券取引等監視委員会事務局へ出向し、金融・証券検査、課徴金調査・審判手続(開示違反・不公正取引)に従事。復帰後は、出向経験を踏まえた金融・証券規制に関するアドバイス、当局による調査・検査対応を含む危機管理・不祥事対応、コンプライアンスを取り扱っている。近時は、ビジネスメール詐欺対応、サプライチェーンリスクマネジメントなどサイバーセキュリティにおける法務リスク・コンプライアンスに注力している。第一東京弁護士会・民事介入暴力対策委員会副委員長。

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