◇SH1843◇チェックアンドバランスが機能するコーポレートガバナンス(2) 饗庭靖之(2018/05/17)

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チェックアンドバランスが機能するコーポレートガバナンス(2)

首都東京法律事務所

弁護士 饗 庭 靖 之

 

3-1 経営判断事項としての利益の配分

 会社の利益をどのように配分するかということは、次のとおり、会社の目的である事業を通じて会社の持続可能な発展と会社価値の向上を実現することと深く関わることから、会社の利益をどのように得るかのみならず、会社の利益をどのように配分するかも経営判断事項である。

 会社が、財・サービスを低廉な価格で顧客へ提供する会社事業を継続して発展させ、財・サービスの提供を通ずる顧客の満足度を増大させて、会社価値の向上を実現するために、投資を行うことが必要であれば、会社は獲得した利益を、株主に分配することよりも、投資に振り向けていくことの是非を検討することが必要である。このように、会社の利益をどのように投資に配分するかは、経営判断の対象である。また、会社の利益を株主に分配するかどうかは、株式配当の多寡は株式価格に変動を生じさせ、会社価値の向上に関わることから、経営判断の対象となる事項である。

 会社法は、利益処分の決定を、株主総会の議決事項としている(会社法454条)が、定款で定めることによって取締役会の決定事項とでき(会社法459条)、取締役会は、議決案あるいは決定事項として、会社の利益の処分案を決定する必要がある。

 取締役会は、会社の持続可能な発展ないし会社価値の向上を実現するとの観点から、会社の利益を投資に向けるか、株主に配当すべきか、あるいは実質的に従業員に還元していくこととするかを、判断していく必要がある。

 

3-2 利益の社員への還元

 会社の利益の処分の方法の一つとして、実質的に社員に対して利益を還元していくことも、次のとおり、経営判断の観点から積極的に行うことが必要と考えられる[1]

 企業の事業は、財・サービスを提供する事業を構想する知恵を、資本と労働力でもって現実の事業にすることで成り立っている。このことは、企業は、財・サービスの提供事業を構想していく力としての「知恵」と、資本と、労働力が結合したものと考えられる。

 この知恵(財・サービスの提供事業を構想する力)と、資本と、労働力の三者が、財・サービスの提供を通じる利益獲得を可能とするものであるから、この三者が、会社の利益の実質的な帰属先となる資格があると考えられる。

 なぜなら、これら三者は、会社の利益の実現に寄与したことで、会社利益の実現に寄与した分について還元される根拠があるし、会社の利益の実現に寄与した者への還元は、今後の更なる寄与を促す手段となるからである。

 この三者のうち、知恵(財・サービスの提供事業を構想する力)は、創業者その他の会社事業を構築した社員が有しており、労働力は、会社の業務に従事する社長以下の社員が有している。

 日本では、会社は社員のものであるという感覚があるが、これは、社員が、財・サービスの提供を行う事業を作り出す知恵に共感し、これを育て、大きくしていくことが、自分たちの仕事だと考えているからである。

 会社の利益の実現に寄与した社員への還元は、ボーナス、基本給あるいは報酬の引き上げなどにより、会社の競争力の確保と両立させつつ、積極的に進められるべきだと考えられる。

 会社の利益をこのように社員に対して実質的に還元していくことを検討することも、会社の持続可能な発展ないし会社価値の向上を実現するために、経営判断として行っていくべき事項である[2]

 


[1] 資本主義とは、財・サービスの生産手段を所有する者が、労働者から雇用契約により対価を支払って労働力を取得し、生産費用を上回る価格(価値)を持つ財・サービスを販売して利益を得る経済構造であるため、労働者に支払う賃金は雇用契約の対価として、会社の費用となる。これに対し、役員への報酬の支払いは委託契約の対価として利益の処分とされている。しかし、ここでは労働者に支払う賃金と役員に支払う報酬は、社員が働いた対価の支払いとして合わせて議論してよいのではないかと主張しているものである。

[2] 会社の利益の社員への還元の議論は、ステークホルダー全体への利益の還元に広がる議論である。株主や社員以外の顧客、取引先、債権者、地域社会など、いわゆるステークホルダーとされるものは全て、広い意味で経営資源であり、会社の事業活動に寄与している。したがって、会社の事業活動に寄与しているステークホルダーに、会社が得た利益を還元することは、ステークホルダーにさらなる会社の事業活動への寄与を促す手段となるから、会社が得た利益を直接あるいは間接に還元していくことを積極的に行うことは、大きな意義がある。

 

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