◇SH3702◇契約の終了 第15回 入院契約の終了(下) 岡林伸幸(2021/07/30)

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契約の終了
第15回 入院契約の終了(下)

千葉大学教授

岡 林 伸 幸

 

(承前)

Ⅲ 入院契約の終了

1 総説

 入院契約も準委任契約である以上、何時でも解約することができるのが原則であるということになる(民651条1項)。しかしながら、相手方が不利な時期に解約することはできず、医師に応招義務が認められていることから、医師側からの解約は「正当な事由」がなければ診療義務違反に問われることがある。

 

2 応招義務との関係

 応招義務は、通常は契約の成立の場面で問われるものであるが、終了の場面でも問題となるはずである。医師法19条1項は、「診療に従事する医師は、診察治療の求があった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」と規定している。この応招義務の法的性質について学説は分かれている。

 締約強制説は、医師は公益上の理由により、法律上承諾義務があるとする見解である[9]。この見解によれば、患者が診療の申込みをすれば、医療契約が成立することになり、医師はもはや治療行為を原則として拒むことができなくなる。医療契約の解約に関しても、正当事由を厳格に解されることになろう。

 次に反射的利益説は、医師が国に対して負う公法上の義務であり、患者に対して負う私法上の義務ではない。したがって、患者が事実上診療を受けられるのは、医師のこの公法上の義務から生ずる反射的利益にすぎないとする見解である[10]。この見解が現在の通説とされている[11]。この見解によれば、入院契約の終了原因に関しても、通常の債務不履行の要件を満たすか否かにより判定されることになる。

 最後に道徳的規定説は、この規定を事実行為を命じた公の規定であると捉えて、民刑事法上の効力を有しないとする見解である[12]。この見解は診療中の患者が診療継続を求めた場合は応招義務に含まれないと解しており[13]、入院患者が入院の継続を求めた場合もそれと同じ様な扱いになるであろう。したがって、応招義務とは無関係に解約事由が判断されることになる。

 応招義務は医師法にしか規定されておらず、医療法には規定されていない。このことから、医療機関に応招義務はあるかという問題が生じる。我が国では診療契約の当事者が医療機関であるとされることから特に問題となる。この点に関し、下級審判決には、「病院は、医師が公衆又は特定多数人のため、医業をなす場所であり、傷病者が科学的で且つ適切な診療を受けることができる便宜を与えることを主たる目的として組織され、且つ、運営されるものでなければならない(…)故、病院も、医師と同様の診療義務を負うと解するのが相当である」(神戸地判平成4・6・30判タ802号196頁)とするものがある。本判決は反射的利益説に立っていると思われるが、正当事由の証明責任を医療機関側に事実上転換している。この見解に従うと、入院契約を解約する場合には、医療機関が解約する正当事由を証明しなければならないことになろう。

 

3 診療契約の終了原因

 ⑴ 総説

 入院契約が診療契約の1種であることから、診療契約の終了原因があれば、入院契約も終了することになる。診療契約が準委任契約であることから、委任の終了規定が原則として適用されることになるが、診療契約の特質上、それを排除する場合がある。

 ⑵ 解約

 患者側からは、何時でも解約することができる。解約の意思表示は、推断的行為ないし黙示でも良いとされている。

 ⑶ 死亡、解散

 個人開業医の場合、診療契約の当事者である医師又は患者が死亡すれば、診療契約は終了する。それに対して、病院等の医療機関の場合は、主治医が死亡したとしても診療契約は終了しない。また病院等の開設者の死亡、解散、又は開設許可の取消(医療法29条)により、診療契約は終了することになる。

 ⑷ 医師資格の喪失等

 個人開業医の場合、医師の成年後見等の開始により医師資格を喪失したとき、診療契約は終了する。それに対して、患者の成年後見等の開始、破産、又は医師の破産により、当然には診療契約は終了しない。

 ⑸ 医療の終了

 診療契約は、その目的とする医療の完了により、終了する。必ずしも全治した場合に限られず、症状が固定した場合なども含まれる。さらに、医療における患者の主体性が認識されるようになってきたことから、医療は医療側と患者側の共同作業ないし協力関係であるとされるようになり、患者には協力義務があり、患者の不協力が、医療契約終了の事由、又は医療側の診察中止の正当事由とされることがある[14]

 

4 入院契約固有の終了原因

 ⑴ 病院側からの解約

 入院治療を必要としない旨の医師の診断に基づき、病院から患者に対し退院勧告があったときは、患者は退院すべき義務がある。その際、入院契約の内容に貸借が含まれるとしても、それはあくまでも診療を行うためのものであるから、その診療の必要性に応じて内容が限定されるので、借地借家法等の適用はない。したがって、借地借家法等に見られる正当事由は必要ではない。しかしながら、応招義務との関係から、解約するには正当事由が必要と解されている。

 さらに、介護老人保健施設や特別養護老人ホームに空きがないこと、介護者が不在であること又は家族が介護を拒否していること、患者が資力に乏しく退院後の行く当てもないことなど、患者の社会的諸条件は正当事由に関して考慮されるかが問題となっている。

 ⑵ 正当事由

 そこで、正当事由の判断基準が問題となるのであるが、下級審判決には、「入院治療の必要性の有無は医師の医学的、合理的判断に委ねられ、患者の訴える自覚症状はその判断の一資料にすぎないもので、医師が当該患者に対し入院治療を必要としない旨の診断をなし、その診断の基づき病院から患者に対し退院すべき旨の意思表示があったときは、占有使用に係る病床を病院に返還して病室を退去し退院すべき義務がある」(東京地判昭和44・2・20判時556号74頁)としたものがある。その根拠は、入院を継続することは、他の入院患者に対する治療効果に悪影響を及ぼし、入院事務の円滑な遂行に支障をきたすのみならず、他の入院を要する患者の入院治療の機会を奪うことにもなり、病院運営上放置しがたい事態を引き起こしていたものと認められる、という点に求めている。

 また、他の下級審判決は「医療機関が患者に対し、その生活全般に関して保護措置を講ずべき債務を負う関係にあるとは到底解しがたいことから、社会的条件等をも考慮して入院治療を必要とする場合とは、退院により適切な治療行為を受けることができなくなり、病状を悪化させることが明らかであるかその危険性が大きいことが予見される場合に限られる」(大阪地判昭和60・9・13判タ596号50頁)、として、退院措置の直接の契機が、当該患者が結核患者待遇改善要求を記載したビラを病棟の各室に配布したことにあることを認定したが、退院措置の際に有形力の行使がないこと等を挙げ、それ自体に基づく損害賠償請求の主張を退けた。

 さらに、「入院を伴う診療契約と患者の退去義務は、当該契約の性質上当然のこととして、契約当事者の合理的意思解釈により、その契約の内容になっていると解すべきである」(名古屋高判平成20・12・2裁判所HP)として、患者は、収入・資産及び居住先がないことや、就労が困難である原因が病院の医療過誤にあること等を主張して、退院要求は信義則に違反すると主張したが、そのような事実はないという理由で、患者の退去を命じた。

 ⑶ 小括

 判例は、入院契約の終了原因を患者の病状が通院可能な程度までに回復した旨の医学的判断と、この診断に基づく医療機関側の意思表示によるとしている。学説も、目的到達により当然に終了するのではなく、医療機関側の任意解除権を行使することにより終了すると解している[15]。そして、患者の社会的諸条件は、医療機関が担うべき診療とは直接関係がないものであり、医療機関が患者の生活保障をするべきとすることも妥当でないことから、原則として、入院契約の終了に際して考慮されないとすべきであろう[16]。結局、迷惑行為それだけで強制退院を認めた判決例はなく、その事案には迷惑行為の要素が認められるとしても、退院の正当化事由は主として「入院診療の必要性がない」ことに求めているということができよう。

 

5 病院側からの解約を制限する学説

 学説の中には、医師が入院中の患者について診療を拒絶し、その強制退院を求めるためには、退院の措置をとっても病状が悪化するおそれがない場合に加えて、当該患者の行状が医師の医療行為を妨害したり、他の入院患者の平穏を害する等、病院の秩序の維持を著しく阻害するものである、という社会通念上正当な事由の損害が必要とする、という見解がある[17]。なぜなら、医師には医師法上の診療義務があり、これを導く要請は私法上の関係にも影響し、医師側からは正当理由がない限り解約できないからである[18]

 そして、医師には応招義務が課せられているため、その事実上の帰結として、医師からの任意の解約告知はかなり制限される。患者の診療報酬の支払遅滞があっても、医師は法定解除さえ事実上できない。入院契約が、当事者双方の信頼関係を基礎とするものであることを考えると、原則として任意解除権は認められるが、医師が患者に対して圧倒的優位に立っているという両者の関係及びそれを基礎とする入院契約の特質から、医師側の解約権は制限されるべきである[19]、と解されている。

 これに対して、応招義務は契約締結と無関係な初期診療実施義務であり、診療継続義務を含むものと解すべきではない、とする見解もある。この見解に従うと両当事者の信頼関係が破綻した場合には、医療関係の維持は困難であるから、医療側の任意の解約告知を肯定すべきである[20]、ということになろう。

 思うに、入院契約は当該入院患者の生命身体という重要な利益に関わるものであるから、その性質上医療機関からの解除は制限されると考えることができる。現実に、入院治療の必要があるにもかかわらず、医療機関からの解除を自由に認めるとすることは、患者の健康上の大きな不利益をもたらす可能性がある。したがって、医療機関からの入院契約の解除が認められる場合とは、入院契約の解除により当該患者に及ぶ生命身体の不利益と比較衡量してもなお、解除を認めるべき正当な事由がある場合に限られる[21]、と解すべきであろう。

 

Ⅳ 入院契約終了後の法律関係

1 総説

 入院契約を、入院給付を伴う診療契約と捉えると、入院給付が終了したからといって診療契約が終了するというわけではない。また入院契約が準委任契約と解されていることから、それが終了した場合にも権利義務関係が継続する場合がある(民654条)。

 

2 入院契約終了に伴う権利義務関係

 まず、入院契約が終了したとしても、その患者に未だ治療の必要性がある場合には、患者を適切な医師・医療機関等に紹介するなどの事後処理債務が残っている。この場合、医療側は、契約上の適正医療提供義務を負うことから、任意解除後に患者の生命・健康に不利益が生じないように、他院への紹介・転送など十全な措置をとる必要がある[22]

 下級審判決にも「医療機関が、他の病院への受入を配慮した措置をとる義務を負うのは、なお治療を要する患者を退院させる場合であって、他の医療機関への入院、通院手続等患者がなしうる手段を迅速・適切に講じれば病状を悪化させることなく、新たに治療を受けられるように配慮した措置を講じた上で退院させる義務を負う」(大阪地判昭和60・9・13判タ596号50頁)としたものがある[23]

 

3 入院給付が終了しても、診療契約は継続する場合

 患者が退院後、入院していた病院に外来通院によって受療を継続している場合には、従前からの診療契約に基づく受療形態の変更として考えることができる[24]。この場合、退院後も、診療契約は継続するから、医療機関は診療契約上の各種義務を果たさなければならないことになる。

 

Ⅴ 千葉大学医学部附属病院の取組み

1 総説

 千葉大学医学部附属病院では(以下、当病院と称する)「千葉大学医学部附属病院診療規程」(平成22年11月15日制定)を設けて(以下、同規程と称する)、当病院における診療に関する基本事項を定めている(同規程1条)。以下ではその運用を検討する。

 

2 入院時の説明

 入院診療を受けようとする者は、病院所定の入院同意書に必要事項を記入して提出しなければならないが(同規程6条)、その際に診療契約上必要な説明を受けることになる。その内容の中で、患者及びその関係者に対して病院職員の指示に従い、療養に専念することを「診療及び各種検査等への協力」(同規程12条)として示している。

 次に、「診療等の制限」(同規程13条)として、当該条件に該当する場合には、診療を拒否し又は退院を命じることができることを示している。その条件は、まず「診療若しくは入院の必要を認めないとき,又はその必要がなくなったとき」(同規程同条1項1号)であり、本稿に関係する条件としては、「他の外来患者又は入院患者等の診療を妨げるおそれがあると認めたとき」(3号)、「病院内の風紀又は秩序を乱すおそれがあると認めたとき」(4号)、「病院業務を妨害し,又は病院の名誉若しくは財産に危害を加えるおそれがあると認めたとき」(5号)、「他の外来患者,入院患者,見舞客,病院職員その他病院に関係する者(…)の生命,身体,名誉,財産又は精神に危険を及ぼすおそれがあると認めたとき」(6号)である。

 

3 問題発生時の対応

 当病院で同規程を基に「退院命令書」を発行した実績が2事例あるということである。いずれの事例も患者自身は急性期の治療を必要としない状態であり(同規程13条1項1号)、家族からの暴言や迷惑行為が続いていた(同規程13条1項3号~6号)ために強制退院の対象となったということであるが、迷惑行為のみでの退院命令書の発行の実績はないということである。そしてこれらの場合に、強制退院を命じると共に、それと並行して患者側との転院に向けての話し合いを行った。暴言や迷惑行為については、現場スタッフの精神的負担が大きいため、病院全体として対応に当たっていく必要がある。具体的には、副病院長、弁護士、現場スタッフ、看護部、事務担当が密に連携して対応してきた、ということである。

 

4 小括

 当病院が患者と入院契約を締結する際に同規程の説明を行い、それを踏まえて患者が入院同意書を提出していることから、同規程の内容は入院契約の内容となっているといえよう(民548条の2、548条の3参照)。それ故、同規程13条により、迷惑行為による解約告知も可能ということになろう。ただし、判決例と同様に、迷惑行為そのものによる解約告知の例はなく、入院治療の必要性の欠如が理由となっている点は注目に値するように思われる。つまり、入院治療を必要とする患者は、事実上積極的な迷惑行為をすることができず、入院治療を必要としなくて済むまでに回復しなければ、迷惑行為は問題とならないのではないか、ということである。他方で、診療拒否や医薬品の不服用など、消極的な迷惑行為は考えられるが(同規程12条違反)、これでは解約告知を正当化する理由とはならないであろう。この場合の患者の協力義務は一般に責務と考えられており(独民630条c第1項参照)、義務違反に直接のサンクションはなく、過失相殺等の場面で不利益を受けるにすぎないからである。

 

Ⅵ おわりに

 以上の考察を纏めると次のようになる。まず、入院契約は、入院給付を伴う診療契約であり、その法的性質は準委任契約である。そして、入院契約は診療契約の1種であり、独立性を有しない。それ故、入院治療の必要がなくなった場合に病院は患者に解約告知をすることができ、患者は告知を受けて退去する義務がある。迷惑行為そのものだけでは退院の正当事由とはならないが、入院治療の必要性がなくなったことと合わせて、判定されている。

 病院は入院契約が終了した場合、必要があれば患者に適切な医師・医療機関等を紹介するなど事後処理債務が残る。病院は患者の退院後、外来通院・自宅療養の必要があれば、診療契約は継続し、診療義務・療養指導義務などを果たさなければならないことになる。

以 上

 


[9] 内田貴『民法Ⅰ〔第4版〕』(東京大学出版会、2008)39頁。

[10] 野田寛『医事法(上)』(青林書院、1984)111頁。

[11] 岡林伸幸「救急医療機関の診療拒否と不法行為責任」名城44巻1号(1994)282頁。

[12] 米村滋人『医事法講義』(日本評論社、2016)46頁。

[13] 米村・前掲[12] 48頁。

[14] 野田寛『医事法(中)〔増補版〕』(青林書院、1994)420~423頁。

[15] 上山・前掲[1] 169頁。

[16] 清藤・前掲[2] 62頁。

[17] 山口忍「診療契約上の問題」山口和男=林豊編『現代民事裁判の課題⑨〔医療過誤〕』(新日本法規出版、1991)122頁。

[18] 前田泰「診療契約」椿寿夫=伊藤進編『非典型契約の総合的検討〔別冊

NBL142号〕』(商事法務、2013)122頁。

[19] 平林勝政「退院をめぐる法的諸問題」医事法3号(1988)82頁。

[20] 米村・前掲[12] 48頁。

[21] 清藤・前掲[2] 64~65頁。

[22] 米村・前掲[12] 101頁。

[23] ただし、退院当時入院治療を継続する必要はなかったとして義務違反を否定している。本判決について、河野正輝「肺結核患者の強制退院事件」唄孝一ほか編『医療過誤判例百選〔第2版〕別冊ジュリ140号』(有斐閣、1996年)124頁参照。

[24] 平林・前掲[19] 81頁。

 

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