中国:中国検察院による企業の法令遵守体制に対する監督の試み(1)
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 鈴 木 章 史
海外子会社の運営・管理にあたっては、当該子会社の法令違反行為に起因して現地従業員や役員及び当該子会社に対して刑事責任が追及されることがある。中国では近時、企業における犯罪について、検察当局が起訴を猶予した上で企業の法令遵守体制の改善を監督・指導し、それを以て将来的な犯罪の発生を抑止する試みが行われている。この試みは最高人民検察院の主導で行われており、刑事事件の処理をその中心的な役割とする検察院が、民間企業内部の法令遵守体制に立ち入って監督・指導する新たな動向として中国で注目を集めている。本稿では、検察院による法令遵守体制に係る監督・指導の試みの動向と、その一環として試験的な運用が始まった第三者監督評価制度について概説する。
1. 最高人民検察院の政策の流れ
企業犯罪に対する起訴猶予と法令遵守体制の監督・指導を行う取り組みは、最高人民検察院が2020年3月に発表した「企業の法令遵守改革に係る第一期試行作業」(以下、「試行作業」という。)により開始された。試行作業において最高人民法院は、民間企業又はその従業員等による企業犯罪について、一律に起訴することによって刑事責任を追及するのではなく、起訴を回避し法令遵守体制の改善を進めることが当該企業の将来的な犯罪抑止に資すると判断できる場合には、被疑者が罪を認め企業の法令遵守体制が改善されることを条件に起訴を猶予する運用を試験的に実施するとした。試行作業は、上海や広東省等6地域の地方検察院で実施され、1年後の2021年3月に開催された全国人民代表大会で試行作業の運用の継続が決定されると共に、同大会で承認された第14次5か年計画の中で、「民間企業の法令遵守体制と遵法経営の強化と促進」が重要政策として盛り込まれるに至った。
第14次5か年計画を受け、最高人民検察院は、試行作業をさらに推し進める方策として、2021年4月に、「企業の法令遵守改革の試行作業の展開に関するプログラム」を発表し、試行作業で開始した試験的運用を北京、遼寧省、江蘇省、浙江省、福建省、山東省等さらに多くの地域の検察院において実施することを決定した。当該プログラムでは、企業の法令遵守体制の改善の監督にあたっては、管轄検察院によるサポートを充実させること等が盛り込まれた。
2. 最高人民検察院が公表する参考事例
最高人民検察院は、試行作業で扱われた刑事事件のうち、試行作業の目的・趣旨を把握するのに参考となる事件を指導性事例として公表している。例えば、以下のような商業贈収賄事件が指導性事例として公表されている。
- 中国の深セン市で音響設備等の販売を行っているG社は、同じ深セン市にあるH社に対し音響設備を販売していたところ、G社の社員であるX氏が、音響設備モデルの選抜に関し優遇を得るため、H社の調達担当者であるA氏に対し25万人民元を供与し、さらにX氏はA氏の示唆を受けH社の技術責任者であるB氏に対し24万人民元を供与した。当該金銭の供与行為について、G社の副社長であるY氏及び財務部長であるZ氏は、供与行為を認識した上で承認していた。
- H社が金銭供与を深セン市公安部南山局に通報し、深セン市公安部南山局は、X氏、Y氏及びZ氏に対する商業贈賄被疑事件として深セン市南山区検察院に移送し、同検察院は捜査を開始した。同検察院は、G社との間でコンプライアンス監督管理協議書を締結した上で、G社に対する監督・指導を開始し、G社は、コンプライアンス管理規程及び商業賄賂防止ガイドラインを制定すると共に、会社内部の組織再編及びコンプライアンス担当専門人員の増員等の対策を講じた。同検察院は、最終的に、X氏、Y氏及びZ氏を不起訴処分とする決定を行った。
中国法上、G社側の金銭供与行為について、X氏、Y氏及びZ氏に対して商業贈賄罪が成立しうる[1]。事案の詳細については不明な部分が多いものの、G社は検察院の監督・指導の下、①コンプライアンス規程や商業賄賂防止規程といった会社の内部規程の整備、②法令遵守体制を整えるための組織再編、③専門人員の強化を行っており、検察院が求める法令遵守体制の改善として具体的に行うべき事項の一例として参考になる。
また、最高人民検察院は、この商業贈収賄事件以外に、(i)法令の基準を超える環境汚染物質を排出した環境規制違反事件、(ii)虚偽の発票を作成して税金の支払いを不正に免れた税法違反事件、(iii)建設プロジェクトの入札において業者間で協調行為を行った談合事件を指導性事例として公表しており、このような企業犯罪事件が適用対象として想定されているといえる。
(2)につづく
[1] G社として法令遵守体制の改善に積極的に応じる実益があったのかという点に疑問も生じうるが、中国法上、法人であるG社に対しても商業贈賄罪が成立する余地があるため、自社の刑事責任を回避する観点から応じる実益があったとも考えられる。実行者である被疑者個人のみ刑事責任を問われ、法人の刑事責任が成立しないような事案において、法人として、被疑者個人の起訴猶予や法令遵守体制の監督を望まないような場合に、法人としてどのような選択肢がありうるのか(それらを拒否することができるのか)という点については疑問が残る。
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(すずき・あきふみ)
2005年中央大学法学部卒業。2007年慶應義塾大学法科大学院修了。2008年弁護士登録(第一東京弁護士会)。同年都内法律事務所入所。2015年北京大学法学院民商法学専攻修士課程修了。同年長島・大野・常松法律事務所入所。2021年5月より中倫律師事務所上海オフィスに出向中。主に、日系企業の対中投資、中国における企業再編・撤退、危機管理・不祥事対応、中国企業の対日投資案件、その他一般企業法務を扱っている。
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