コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(62)
―中小企業・ベンチャー企業のコンプライアンス⑤―
経営倫理実践研究センターフェロー
岩 倉 秀 雄
前回は、わが国の中小企業・ベンチャー企業の事業上・組織上の特性を述べた。
我が国の中小企業・ベンチャー企業の特性は、①参入分野が限定される、②専門化した以外の分野を外部に依存する、③従業員は幅広い業務を求められる、④経営者と従業員の距離が近く、経営者の意思決定へのチェックが弱い、⑤機動性がある、⑥資金調達面で不利である等、の特性がある。
今回は、中小企業・ベンチャー企業のコンプライアンス上の特性を大企業と比較・考察する。
【中小企業・ベンチャー企業のコンプライアンス⑤:コンプライアンス上の特性】
1. 中小企業・ベンチャー企業のコンプライアンス上の特性
- ⑴ 競争の激しい分野に存立するために、経営者が自らコンプライアンス経営に注力し手本を示さなければ、利益のために、コンプライアンスが後回しにされる危険がある。
- ⑵ 経営者のウエイトが高いので、経営者がその気になればコンプライアンスは浸透しやすい。反面、その気にならなければコンプライアンスの浸透は難しい。最悪の場合、経営者主導で不祥事を発生させやすい。
- ⑶ 大企業に比べ資金・人材・時間の余裕がなく、コンプライアンスの専門家を組織内に抱えられない。そのため、コンプライアンス情報を収集し経営者や社内の必要部署に提供する専門家を抱えられない。また、人的余裕が少ないので、コンプライアンス担当者は、総務部門等の兼務になりやすく、コンプライアンスに全力を注力しにくい。情報も少なく担当者の負荷が大きいので、外部の専門家のサポートが必要である。
- ⑷ 経営管理体制が確立されておらず、経営者の意思決定へのチェックが働きにくいので、コンプライアンスについての経営者の直接的な影響が、大企業以上に大きい。
- ⑸ 経営者と従業員との距離が近く、経営者と従業員や従業員同士の家族的で濃密なコミュニケーションがとられやすい。反面、ルールの策定や遵守に対する厳密さが弱くなりやすい。
- ⑹ 競争の激しい分野で特殊専門的な業務を行っている場合が多いので、その業界が変則勤務や長時間労働などが常態化している業界であれば、競争に勝ち抜くために当該企業も無理をしなければならないケースが多い。そのような業界に属する中小企業・ベンチャー企業は、大企業に比べコンプライアンスを組織内に浸透させるためには、相当な努力をしなければならない。
- ⑺ ベンチャー企業は、組織文化の創生期にあるので、コンプライアンス経営を組織文化に浸透させられるか否かは、経営者の姿勢次第である。
2. 大企業と中小企業のコンプライアンスの比較
コンプライアンスに関する中小企業・ベンチャー企業の現状を、大企業と比較すると、下表のようになる。
表.コンプライアンスに関する大企業と中小企業の現状
大企業 | 中小企業 | |
コンプライアンス専門部署 | 一定の人数を備えた専門部署がある。 | コンプライアンスの専門部署はなく、少数の管理部門が兼務する。 |
専門部署以外の組織 | 全社的なコンプライアンス委員会、部署ごとの組織等、体制が段階的に構築されている。 | 組織の規模による。大企業の子会社には親会社と類似の組織があり、小規模の企業は、専門部署がない場合が多い。 |
従業員への浸透方法 | 専門のコンプライアンス部門が、各部署長や部署ごとのコンプライアンス担当者を通じて、組織的に働きかける。 | 経営者やコンプライアンス担当者が、直に従業員に働きかける。 |
コンプライアンス体制とコンプライアンスプログラム |
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長所 |
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短所 |
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次回は、中小企業・ベンチャー企業のコンプライアンス施策を考察する。