日本企業のための国際仲裁対策
森・濱田松本法律事務所
弁護士(日本及びニューヨーク州)
関 戸 麦
第52回 国際仲裁手続の終盤における留意点(7)-ヒアリングその3
3. ヒアリング
(4) 専門家証人の尋問
専門家証人(expert witness)とは、専門的知見を要する事項について「意見」を述べる証人である。この点において、「事実」を述べる事実に関する証人(fact witness)と異なる。
但し、前回(第51回)、事実に関する証人について述べた事項の多くは、専門家証人にも当てはまる。例えば、尋問の準備について言えば、専門家証人には、当事者が選任する場合(party-appointed expert)と、仲裁廷が選任する場合(tribunal-appointed expert)とがあるところ、当事者が選任する場合については、自らが選任した専門家証人とヒアリングに先立ち会議等を行うことは一般的である。宣誓についても、儀式的な性格のものとして、専門家証人についても行われることが多いと思われる。異議についても、IBA証拠規則[1]が適用される場合には、前回列記した事由は異議の根拠になると解される。
一方、専門家証人に特徴的なこととしては、次の2点を指摘することができる。
まず、第48回において述べたとおり、ヒアリングに先立ち、証人間の事前協議が行われることがある。かかる協議の狙いは、複数の専門家間で意見が一致する部分と、相違する部分とを明確にし、ヒアリングにおいて相違する部分に絞って審理が行えるようにすることにある。当事者が選任した専門家であっても、該当分野の専門家として、当事者から独立した立場で証言することが期待されているため(IBA証拠規則第5章2項(c)参照)、選任した当事者の立場にとらわれずに、意見の一致及び不一致の明確化を共同して行うことが期待されている。また、このような明確化が実現することには、専門的知見に関する争点は本来理解が容易ではないことが多いため、理解を助けるという意味において価値が高い。そのため、多くの仲裁人は、専門家間の事前協議を求めている。
また、専門家証人が事実に関する証人と異なる点としては、複数の専門家証人が同時に尋問を受けるという対質の形式の尋問が行われることが多いという点がある。この方式は、国際仲裁の実務では、「hot-tab」という、複数の証人が同一のバスタブに入ることを連想させる表現で呼ばれている。この方式は、事実に関する証人についても用いうるものの(IBA証拠規則第8章3項(f)参照。なお、IBA証拠規則では、この方式は「witness conferencing」と表記されている)、広く用いられているのは、専門家証人についてである。
この方式によるか否かは、最終的には仲裁廷の判断によることになるが、当事者にとっては、尋問に対するコントロールが及びにくくなる、すなわち、証人同士のやりとりないしこれに仲裁廷を加えたやりとりによって、尋問が進みやすくなるという懸念がある。但し、仲裁廷にとっては、専門的な知見を要する争点につき理解を得やすい方法として、好まれる傾向にある。
(5) ヒアリングの終了等
第49回で述べたとおり、専門家証人の尋問の後に行われることとしては、最終弁論(closing statement)がある。但し、最終主張書面(post-hearing brief)をヒアリング後に提出する場合には、ヒアリングでの最終弁論は省略されることも多い。最終弁論を行う場合には、通常、申立人、被申立人の順に行う。
ヒアリングの終了に際しては、仲裁廷がその旨を宣言するとともに、その後の手続について確認する。その後の手続として考えられることは、最終主張書面の提出と、仲裁手続に要したコストの提出(cost submission)、最終的な仲裁判断(final award)である。それぞれについて、期限を決めることは一般的なことである。
最終主張書面については、ページ数の制限が付されることがよくある。当事者双方が主張及び立証を尽くした上での、最終的なまとめの書面であるため、簡にして要を得た書面であることを期待してのことと思われる。その場合、ヒアリングの終了に際して、ページ数の上限を決めることになる。
また、最終主張書面に記載するべき事項について、仲裁廷から示唆があることもある。すなわち、仲裁廷としては、ヒアリングの終了段階になると、考えが相当程度整理されており、勝負の分かれ目となる争点がかなり明確になっていると考えられる。その争点が何かを仲裁廷が示すことによって、その争点に的を絞った最終主張書面が提出されることが期待できるようになる。
なお、仲裁廷が最終主張書面に記載するべき事項を示す場合、その方法としては、上記のとおりヒアリングの終了に際して示すことのほか、後日、仲裁廷が当事者双方に対して書面を送付する方法がある。
和解について、ヒアリングの終了に際して、仲裁廷が言及することもある。もっとも、第43回の2項で述べたとおり、国際仲裁においては、仲裁人が和解に関与することは一般的ではない。仲裁廷が和解に言及するといっても、当事者双方に対して、和解を検討することを勧める旨発言するに留まり、具体的に和解交渉に立ち入らないことが通常である。
以 上
[1] IBA(国際法曹協会)のホームページで入手可能である。ここでは、英文のみならず、日本仲裁人協会が作成した和訳も入手可能である。
http://www.ibanet.org/Publications/publications_IBA_guides_and_free_materials.aspx