日本企業のための国際仲裁対策(第3回)
森・濱田松本法律事務所
弁護士(日本及びニューヨーク州)
関 戸 麦
第3回 国際仲裁に関する基礎知識(2)-国際仲裁手続の特徴
1. 強制力のある法的紛争解決手続(訴訟との共通点)
国際仲裁手続の特徴としては、まず訴訟との共通点として、強制力のある法的紛争解決手続である点を指摘することができる。強制力があるというのは、判断権者である裁判官あるいは仲裁人が判断を示すと、当事者は、その判断の内容が仮に意に反するものであっても、その判断に従わざるを得ないという意味である。
このように、訴訟も仲裁も、強制力のある判断が示される手続であるところ、その判断が、証拠等から事実を認定し、これに法律を適用する方法によって行われる点も、訴訟と仲裁の共通点である。
なお、判断の対象が、基本的に、当事者から請求された事項に限られるというのも、訴訟と仲裁の共通点である。すなわち、訴訟と仲裁のいずれにおいても、原告ないし申立人の請求が認められるか否かという視点で、審理が進められる。
以上を踏まえて、当事者が留意する根本的な点も、訴訟と仲裁で共通である。すなわち、当事者は、有利な判断を得るために、証拠収集、事実調査、法令調査等を行い、主張と立証に注力する。
また、和解という選択肢があることも、共通である。そのため、訴訟と仲裁のいずれにおいても、和解をするべきか、判決ないし仲裁判断に進むべきかを検討することとなり、より具体的には、相手方が応じると思われる和解の条件と、判決となった場合の結論を、不確実性があることを前提として予測し、より望ましいと思われる方を選択することとなる。
以上の当事者ないし代理人弁護士としての根本的な思考は、訴訟と仲裁に共通である。
但し、訴訟と仲裁には、以下の相違点もある。
2. 広範な私的自治
仲裁手続の根拠は、当事者間の仲裁合意にあり、換言すれば、仲裁合意なくして仲裁手続は存在し得ない。このように仲裁手続においては、仲裁合意に決定的に重要な意味がある。
その一つの表れとして、当事者間が仲裁合意で決めたことは、仲裁人、仲裁機関等をも拘束する。換言すれば、仲裁手続においては当事者自治が広く認められており、当事者間の合意によって様々なことが決められる。例えば、仲裁人の人数を3名とするか1名とするか、仲裁人について一定の資格要件を求めるか否か、仲裁手続の言語を何とするか、仲裁手続においてディスカバリーを認めるか否かなどの点を、当事者間の合意で決めることができる。
訴訟の場合、当事者間で手続に関する合意をしたとしても、裁判所を拘束することは基本的にはない。例えば、裁判官の人数を3名とするか1名とするかの点も、裁判官の資格要件も、訴訟手続の言語も、ディスカバリーの有無も、通常は法律で予め決められており、当事者間の合意で左右できる事柄ではない。
以上は、訴訟と仲裁の違いの一つである。
3. 専門性と秘密性を確保しやすい
仲裁は専門性の点において優れていると言われる。これは、上記の点と関連することであり、仲裁人の選任が当事者の私的自治に委ねられていることから、当該案件において求められる専門性を備えた仲裁人を、当事者の意思によって確保できることに由来する。訴訟では、当事者の意思によって裁判官を選任することはできないため、仲裁のような形で、専門性を備えた裁判官を確保することはできない。
加えて、仲裁は、秘密性の確保においても優れていると言われる。訴訟は、公開法廷で行われ、また、訴訟記録の公衆による閲覧が認められていることから、秘密性を確保することが難しい。これに対し、仲裁は訴訟のような公開の要請がなく、秘密性を確保しやすい。仲裁合意において守秘義務を課すことも可能であり、また、仲裁機関によっては、仲裁規則上で守秘義務が課されている(例えば、SIAC(シンガポール国際仲裁センター)規則35項、HKIAC(香港国際仲裁センター)規則42項、JCAA(日本商事仲裁協会)規則38条)。ICC(国際商業会議所)では、規則上で守秘義務が課されていないものの、一方当事者の申立によって、仲裁廷が命令で守秘義務を課すことができる(ICC規則22.3項)。香港のように、法律によって仲裁手続に関する守秘義務を課している例もあり(Arbitration Ordinance18項)、このような法律を持つ国又は地域を仲裁地とした場合には、かかる法律によって守秘義務が課されることになる。
4. 上訴がない
仲裁には、控訴、上告といった上訴がない。したがって、仲裁人による仲裁判断は、いわば絶対的である。仲裁判断を裁判所で争う手続は用意されているが、裁判所が仲裁判断を取り消すのは、ごく例外的な場合である[1]。仲裁手続は、一回限りの勝負である。
また、仲裁人は広範な裁量を有している。仲裁合意又は仲裁機関の規則で定められていない事項は、当事者が合意しない限りは、仲裁人がその裁量で決めることになる。仲裁人がその裁量で決める事項の例としては、書面の提出期限等の手続のスケジュール、仲裁手続における使用言語、ディスカバリーの有無及び範囲、仲裁手続に要する費用の申立人及び被申立人間の分担割合、勝訴当事者の弁護士費用を敗訴当事者に負担させるか否か、といった事項が挙げられる。
訴訟においても、手続的な事項については裁判官が広範な裁量を有することが通常であるが、手続に関する重要な判断については、上訴で争う余地がある[2]。これに対し、仲裁人の裁量はいわば絶対的で、上訴で争う余地はない。
但し、仲裁人の裁量がいわば絶対的とはいっても、実務では、仲裁人は直ちに裁量を行使せずに、まずは、手続的な事項について、当事者間で協議を行い、合意を目指すことを求めることも多い。また、仲裁人が裁量を行使する場合も、まずは当事者双方の意見を聞き、できる限り当事者の意向を踏まえようとすることが通常である。
5. 仲裁合意なくして仲裁手続なし
仲裁が行われるのは、仲裁合意がある場合に限られるところ、仲裁合意が行われる時期は、通常は争いが生じる前であり、具体的には、契約書を締結する際に、その一つの条項として仲裁合意(仲裁条項)を定めることが通常である。
そのため、仲裁合意があるのは、通常は契約関係がある当事者間であり、仲裁手続における請求の根拠も、通常は当該契約関係に求められる。仲裁手続において、不法行為に基づく損害賠償請求や、特許権に基づく侵害差止等の、契約に基づかない請求が行われることは多くはない。
また、国際仲裁となると、仲裁合意を行うのは、通常は国際取引を行う企業間である。国際仲裁は、通常企業間の争いであり、個人が当事者として登場することは希である。
訴訟であれば、個人が当事者となることも多く、また、不法行為に基づく損害賠償請求や、特許権に基づく侵害差止等の、契約に基づかない請求が行われることも多い。これらも、仲裁と訴訟の違いである。
以 上
[1] 例えば、日本の仲裁法が、仲裁判断の取消事由として定めているのは、次の各点である(仲裁法44条1項)。
- ① 仲裁合意が、当事者の行為能力の制限により、その効力を有しないこと。
- ② 仲裁合意が、当事者が合意により仲裁合意に適用すべきものとして指定した法令(当該指定がないときは、日本の法令)によれば、当事者の行為能力の制限以外の事由により、その効力を有しないこと。
- ③ 申立人が、仲裁人の選任手続又は仲裁手続において、日本の法令(その法令の公の秩序に関しない規定に関する事項について当事者間に合意があるときは、当該合意)により必要とされる通知を受けなかったこと。
- ④ 申立人が、仲裁手続において防御することが不可能であったこと。
- ⑤ 仲裁判断が、仲裁合意又は仲裁手続における申立ての範囲を超える事項に関する判断を含むものであること。
- ⑥ 仲裁廷の構成又は仲裁手続が、日本の法令(その法令の公の秩序に関しない規定に関する事項について当事者間に合意があるときは、当該合意)に違反するものであったこと。
- ⑦ 仲裁手続における申立てが、日本の法令によれば、仲裁合意の対象とすることができない紛争に関するものであること。
- ⑧ 仲裁判断の内容が、日本における公の秩序又は善良の風俗に反すること。
[2] 例えば、日本の民事訴訟法においても、移送、裁判官の除斥又は忌避、文書提出命令等については、即時抗告という上訴が認められている(民事訴訟法21条、25条5項、223条7項)。