実学・企業法務(第141回)
法務目線の業界探訪〔Ⅱ〕医藥品、化粧品
同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー
齋 藤 憲 道
〔Ⅱ〕医薬品、化粧品
〔Ⅱ-2〕化粧品
3. 事故・事件の例
(例2)カネボウ化粧品「白斑症問題」[1]
(株)カネボウ化粧品(以下、「K」という。)は、花王(株)(以下、「親会社」という。)の100%子会社である[2]。
Kの「ロドデノ―ル含有化粧品」を使用した消費者に白斑症状が現れた。Kが自主回収を発表すると、被害情報・相談が殺到した。その後、原因の研究体制が整えられるとともに、損害賠償等の被害者対応が進められた。
- 〔参考にしたい教訓〕
-
・ 顧客の被害情報を高感度で把握することが重要。
例えば、「同じ被害情報・苦情の受付が××件を超えたら、商品の不良・欠陥を疑う」
被害情報・苦情を、社内の1か所に集中する。 -
・ 症状と製品との因果関係の解析は、国内外の最高水準のメンバーを編成して行う。
社内で行った原因解析は、社会から信用して貰えない。 - ・ 被害が製品起因で生じたことが解明されない段階でも、早めにリコールを考える。
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・ 被害者が多数の場合の対応では、まず、会社の基本方針を示す。
被害者に配慮した基本方針を確立して公表する。(基本方針がないと、現場の対応が混乱)
経営トップが率先垂範する。 - ・ 社内の製品づくり安全基準を、より厳しく定める。
- ・ 消費者や現場社員の最新の声を集め、経営幹部が出席する会議に報告・審議する。
-
・ グループ全体で、最適の開発・生産・販売体制を構築する。
グループとして最適な組織運営のあり方を採用する。
〔経緯〕
2008年1月 厚生労働省が医薬部外品(ロドデノール配合薬用化粧品)として承認
承認:美白有効成分としてロドデノ―ルを配合した「カネボウ ホワイトニングエッセンスS」
効能:メラニンの生成を抑え、しみ、そばかすを防ぐ
- (注) ロドデノ―ルはKが独自に開発した物質で、特許取得している。市販化粧品ではK及びその子会社(2社)の製品のみに含まれている。
2010年1月 承認後2年間で約1,200例の製造販売後調査が実施された。
しかし、調査の中で白斑の症例は確認できなかった。
2011年秋頃 消費者からの発症相談が寄せられ始める(回収時の2013年5~7月にKが認識)
2013年5月13日 岡山県内の大学病院の医師から「商品を使用して白斑の症例発見。化粧品が原因か調査したい」旨の連絡を受ける。
5月27日 Kが同医師を訪問して情報を入手。帰社後に社内情報を調査したところ、29件の白斑が疑われる申し出を確認。
6月25日 Kが、薬事法(現、医薬品医療機器等法)に基づき、化粧品による白斑が疑われる症例を医薬品医療機器総合機構(PMDA)に報告。
7月4日 社告の第一報、自主回収を開始。 (注)消費者庁の公表文を後掲。
7月17日 「日本皮膚科学会・ロドデノール含有化粧品の安全性に関する特別委員会」を設置
7月23日 K広報「自主回収状況、並びに弊社の対応について」(以下、抜粋)
- 『7月4日に「肌がまだらに白くなった(以下、白斑様症状)」ケースを確認したことを受け、製品の自主回収を発表。10万人超のお客様より問い合わせ、不安の声6,808名(7月19日時点)。うち「3箇所以上の白斑」「5cm以上の白斑」「顔に明らかな白斑」のいずれかの症状が2,250名(7月19日時点)。
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対象製品の回収状況(7月19日時点)
お客様からの回収:164,334人 約36万個 回収率80.0% ※推定家庭内在庫45万個をもとに算出
取引店在庫の回収: 13,831店 約50.3万個 回収率86.8% ※推定取引店在庫58万個をもとに算出
※ 合計回収数:約86.3万個(当該製品の累計出荷数:約436万個)』
8月8日 厚生労働省が、全ての医薬部外品・化粧品の製造販売業者に白斑症例情報の報告を要請
10月11日 厚生労働省が、研究班を設置
「ロドデノ―ル配合薬用化粧品による白斑症状の原因究明・再発防止に関する研究班」
2014年
1月23日迄に、2013年8月8日に要請した報告が167件寄せられた。
因果関係の評価を終了した83件中、19例が「因果関係を否定できない」と評価された。
1月23日~2016年3月末(約2年間)、Kが「化学物質(ロドデノール)による白斑研究基金」に 総額6,000万円助成。
2月12日 「薬事・食品衛生審議会医薬品等安全部会」で因果関係調査結果を報告。
「因果関係が否定できないとされた症例は、特定の製品・成分に集中しているわけではなく、現時点で回収等の措置が必要な状況とは言えない」とされた。
7月 Kが「お肌の相談室」を開設。
7月 Kの研究・生産・販売の体制を、親会社グループ内に統合して一体化。
2015年
1月 Kと親会社グループの販売・マーケティング体制を一体化して機能強化。
5月31日 「日本皮膚科学会・ロドデノール含有化粧品の安全性に関する特別委員会」が、「市民公開講座」をもって、当初の混乱を防ぐ設置目的を達成し、終了。
2016年
7月24日 Kが藤田保険衛生大学「ロドデノール誘発性脱色素斑に関する調査研究チーム」に研究委託。
〔Kにおける案件対応〕
(1) ロドデノール対策本部(社長が本部長)設置
(2) お申し出の方全員を訪問 → お詫び、治療等の相談
(3)「医療サポート」体制の構築
日本皮膚科学会「ロドデノール含有化粧品の安全性に関する特別委員会」設置に尽力
(4)「長期フォロー」体制の構築
(5) 公平な補償対応[3]
〔医療費・交通費〕健康保険適用治療の医療費、交通費は公共機関利用の実費を、随時、支払う。
〔精神的慰謝料〕裁判例等を参考に、個別に発症の期間・症状等を考慮し金額を算定し、和解時に支払う。
〔休業補償〕休業日・収入減少額を証する書面を基に、実際の収入の減少額を、和解時に支払う。
〔後遺症慰謝料相当の補償〕労災基準・裁判基準に基づき、発症部位・症状の大きさ、濃淡、回復傾向の有無等を考慮して補償内容を決定する。症状の判断は、医師の診断を基準にする。2015年7月からは、症状が残っている全ての顧客を対象に順次案内。顧客が希望し、かつ、後遺症慰謝料相当の補償の対象となった場合には、精神的慰謝料・休業補償と合わせて和解時に支払う。
〔Kの再発防止策〕[4]
(1) 親会社グループの「安全基準」による製品づくり
Kの「安全基準」を、2014年4月に親会社グループで導入した化粧品の安全基準に準拠
1 安全な原料を厳選 2 処方の安全性確認 3 さまざまな使用テストによる確認
4 お客さまへのカウンセリング 5 販売後も常に安全性を点検
(2) お客さまの声を大切に、改善に活かす
店頭・お客さま相談窓口に寄せられた顧客の声、医療機関からの情報、製品に関する社員の声を、Kの経営陣が参加する「品質向上検討会」で確認し、対策を検討。
〔消費者庁 News Release 2013年7月4日〕
「薬用化粧品の使用で肌に白斑が生じることがあります」
-(略)薬用化粧品の使用中止のお願い及び自主回収のお知らせ-
K及びその子会社(2社)が「製造販売する薬用化粧品のうち、「医薬部外品有効成分 ロドデノール」の配合された製品を使用された方に、「肌がまだらに白くなった」ケースが確認されたことから、3社では、被害の拡大を防ぐため使用中止を呼び掛けるとともに、本製品について自主回収を行うこととしました。当該製品に関して、消費者庁にも「白斑が生じた」という事故情報が寄せられています。回収の対象となる製品をお持ちの方におかれましては、直ちに使用を中止するとともに、下記の相談窓口に御連絡ください。」
〔症状確認数と和解状況、対象製品回収数〕K広報より(2017年10月31日時点)
白斑様症状を確認した方19,587人 和解合意された方17,633人(完治・回復前の和解を含む)
- (注) Kが把握している完治・ほぼ回復した方は11,934人
製品回収累計 703,439個(2017年10月は53個回収)
[1] カネボウ化粧品の広報・第三者調査結果報告書、花王の広報・有価証券報告書、消費者庁資料、厚生労働省資料により筆者が作成。被害・回収等の件数は、その時々に公表されたものを、そのまま引用している。
[2] 2006年1月に花王(株)が(株)カネボウ化粧品の株式を取得。
[3] 「花王サステナビリティレポート2016」に記載の概要。
[4] 「花王サステナビリティデータブック2017」より要点を抜粋。