◇SH3574◇債権法改正後の民法の未来95 契約の解釈(2) 林 邦彦(2021/04/13)

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債権法改正後の民法の未来95
契約の解釈(2)

林邦彦法律事務所

弁護士 林   邦 彦

(承前)

Ⅲ 審議の経過

2 審議の経過の概要

 ⑶ 第2読会

 中間的な論定整理に基づくパブリックコメントでは、契約の解釈の明文化については、その要否や内容について賛否両論の意見はあったものの、第2読会では、契約の解釈の明文化について議論がなされた。

 すなわち、契約に基づく当事者間の法律関係の具体的な内容は契約の解釈によって確定する必要があり、改正前民法にはかかる契約の解釈に関する規定はないが、かかる契約の解釈がそのような考え方に従って行われるかは、明文の規定において明らかにされるのが望ましいとはいえることから、①当事者の共通の意思のある場合にはそれに従って解釈すること、②当事者の共通の意思がない場合に、当事者が合理的に考えれば理解したと認められる意味に従って解釈すること、③これらによって契約内容を確定できない場合の補充的解釈の3つのルールについて、検討がなされた。

 契約の解釈は、まず部会資料49(第60回)において議論されたのち、部会資料57(第69回)、部会資料59(第71回)を経て、中間試案に至った。各部会資料および中間試案において提案された内容は、表現は若干変化しているものの[8]、その実質的な内容は同じであるので、次の中間試案において提案されている各ルールの内容に言及する。

 なお、条項使用者不利の原則は、中間試案に先立つ、第69回の審議(部会資料57)において、取り上げられなかった論点として整理され、明文化は見送られた。

 ⑷ 中間試案

 これを受け、示された中間試案は、以下のようなものであった。

  1. 第29 契約の解釈
  2.  1 契約の内容について当事者が共通の理解をしていたときは、契約は、その理解に従って解釈しなければならないものとする。
  3.  2 契約の内容についての当事者の共通の理解が明らかでないときは、契約は、当事者が用いた文言その他の表現の通常の意味のほか、当該契約に関する一切の事情を考慮して、当該契約の当事者が合理的に考えれば理解したと認められる意味に従って解釈しなければならないものとする。
  4.  3 上記1及び2によって確定することができない事項が残る場合において、当事者がそのことを知っていれば合意したと認められる内容を確定することができるときは、契約は、その内容に従って解釈しなければならないものとする。
    (注)契約の解釈に関する規定を設けないという考え方がある。また、上記3のような規定のみを設けないという考え方がある。

 

 上記の中間試案のみでは、ややわかりにくいという面は否めないが、部会資料49や中間試案の補足説明によれば、中間試案において提案されている3つのルールの内容はより理解しやすい。中間試案の補足説明によると、上記の3つのルールは、概略次のようなものである。なお、以下では、上記の中間試案1を「第1ルール」、中間試案2を「第2ルール」、中間試案3を「第3ルール」と称することとする。

 まず、第1ルールは、契約の内容についての理解が当事者間で共通している場合には、契約書の記載や口頭での会話における表現が取引通念上一般にどのように理解されているかにかかわらず、当事者の理解する意味に従って解釈しなければならないとするものである。この「取引通念上一般にどのように理解されているかにかかわらず」というのは、契約書の記載や口頭の会話において用いられた表現について、その客観的な意味を明らかにしたり、社会通念上一般的に理解されている意味があったとしても当事者の共通する理解がそれと同じであっても、また、それと異なっていても、いずれにしても、当事者の共通する理解に従って解釈するというものである。

 次に第2ルールは、当事者がした表示行為の意味を明らかにするといういわゆる狭義の契約解釈のうち、当事者の表示が一致しているものの、当事者の意思が異なっている場合でも契約は成立することから、この場合に契約をどのように解釈するかの問題の場面に関するものである。その場合には、当事者が契約をした趣旨や目的を離れてその表現が一般的にどのような意味で理解されていたかを探求するのではなく、契約の目的や当該契約に至る交渉の経緯などを踏まえ、その状況の下でその表現をどのように理解するのが当該契約の当事者にとって合理的であったかを基準として契約を解釈すべきという考え方である。

 第1ルールと第2ルールは、契約の成立に関わる契約内容の確定の場面でも問題となるとともに、成立した契約について、その契約内容の一部の確定の場面でも問題となりうるものである。

 これに対して、第3ルールは、契約は成立しているものの、付随的な事項について、上記1および2によっても契約の内容を確定できない部分がある場合、例えば当事者が特に合意していなかった事項がある場合には、慣習、任意規定、条理を直ちに適用するのではなく、当事者の意図をできる限り尊重するため、契約内容を確定できない部分について当事者がそのことを知っていたらどのような合意をしていたかを探求し、このような仮定的な意思が確定できる場合にはその内容に従って契約内容を確定すべきとするものである。

 ただし、こうしたことは、補足説明を読めば理解できるものの、中間試案の第1ルールから第3ルール自体に端的に顕されているとはいえないように思われる。

 

 ⑸ 第3読会

 中間試案に対するパブリックコメントに対しては、「契約の解釈」については賛否の両意見が出された。

 そのため、第3読会では第84回会議の部会資料75Bにおいて、契約の解釈について議論がなされたものの、その際の検討事項は、賛否の両意見があることを踏まえた以下のものであった。

  1. 第2 契約の解釈(部会資料75B)
  2.    契約の解釈に関する規定については、できる限り当事者の意図に即した解釈をするか客観的な意味を重視した解釈をするかという基本的な考え方の対立があるほか、そもそも契約解釈に関する規定が実体法である民法に設けることになじむものかどうか、実務的に有用な規定を設けることができるかどうかなどが問題になり得る。これらの点も含め、契約の解釈に関する規定を設けるかどうか、どのような規定を設けるかについて、どのように考えるか。

 この点、中間試案のパブリックコメントに寄せられた意見においても、中間試案の3つのルールのうち第1ルールおよび第2ルールについては、賛成する意見が相対的には多いものの、根強い反対意見もあった。また、第3ルールの補充的解釈については、反対する意見が多かった。

 第1ルールについては、一方では、これは当然のことであって規定を設けるまでもないという批判もあった。他方では、裁判実務における契約の解釈は、契約書に認められた文言等の客観的事情を出発点にして、通常人であればそれをどのように理解するかという客観的な意味を探求する作業として行われており、中間試案で示されている考え方は現在の裁判実務における一般的な契約解釈の手法とは食い違っているとの批判もあった。さらには、第1ルールにおいては、虚偽表示との関係が従来の理解から変更され、抗弁ではなく否認になるとの指摘もあった。

 第2ルールについては、当事者の理解が食い違っているのであるから当事者を基準とすることはできず、当事者と同種の合理的な人を基準とすべきであるとの批判もあった。

 第3ルールの補充的解釈については、これは、必ずしも実務的に受け入れられた準則ではないとの批判や、当事者の共通の理解が明らかでない場合の規律の適用範囲と補充的解釈の適用範囲を明瞭に分けることができるかという問題や、事後的に「当事者が検討の機会を与えられたら」という仮定的な合意内容を確定することが現実に可能か、という問題も指摘されていた。

 加えて、契約の解釈に関する規律を設けること自体については、契約の解釈に関する規律は、民法に含まれる従来の規律とやや性格を異にする面があり、事実認定によって有無が判断される要件と効果を定めたものではなく、裁判官の評価的な判断について基準を設けるものになっており、民法に規定を設けることがふさわしいかについて議論が分かれていた。

 そうして、第92回の要綱仮案の原案(その2)の検討に際して、「契約の解釈」は、「取り上げなかった論点」として整理された。その理由としては、「第85回会議では、契約の解釈につき明文を置くべきとの意見も強く主張されたが、他方で、これに反対する意見や懸念を示す指摘があり、コンセンサスの形成可能な成案を得る見込みが立たないことから、取り上げないこととしている。」というものであった(部会資料80-3)。これにより、契約の解釈にかかる規定は明文化されないこととなり、改正法においては、なお解釈に委ねられることとなった。

(3)につづく

 


[8] 部会資料49では「当事者の共通の意思」とされていたものが、部会資料57以後中間試案においては、「契約の内容について当事者が共通の理解をしていたときは」の表現に変更されている。

 


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(はやし・くにひこ)

弁護士(大阪弁護士会)、New York州弁護士、大阪学院大学法学部及び法学研究科准教授
大阪大学法学部卒業後、ウィスコンシン大学ロースクール卒業(M.L.I.)、ニューヨーク大学ロースクール卒業(LL.M.)、大阪大学法学研究科後期課程修了(単位取得)を経て、現在は林邦彦法律事務所代表。日弁連信託センター副センター長、元法制審議会信託法部会(公益信託法)幹事などを歴任する。
取扱分野は、一般民事、民事訴訟、会社法・社外取締役、信託(民事信託等)、交通事故、行政、債権回収、倒産、渉外等。

主な著書・論文
大阪弁護士会民法改正検討特別委員会編『実務解説 民法改正』(民事法研究会、2017)(共著)
日本弁護士連合会編『実務解説 改正債権法』(弘文堂、2017)(共著)
大阪弁護士会司法委員会信託法部会会編『弁護士が答える民事信託Q&A100』(日本加除出版、2019)(共著)
「信託口口座に対する差押え――実務上の課題を踏まえて」信託フォーラム13号(2020)69頁
「『信託口口座開設等に関するガイドライン』の解説」NBL1183号(2020)38頁

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