◇SH1936◇コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(83)―スポーツ組織のコンプライアンス① 岩倉秀雄(2018/06/29)

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コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(83)

―スポーツ組織のコンプライアンス①―

経営倫理実践研究センターフェロー

岩 倉 秀 雄

 

 前回は、企業グループのコンプライアンスにおける対境担当者の役割と情報開示について述べた。

 企業グループのコンプライアンスでは、経営トップやコンプライアンス担当役員監査役、内部監査部門、経営企画・管理部門、人事部門、総務部門等による多義的情報の伝達や、コンプライアンス担当部署同士の密接な双方向コミュニケーションが重要である。

 情報開示は、企業(グループ)が社会の期待と要請にどう応えているかを示す重要な戦略的取組みであり、最近は、IRやCSR報告書、環境報告書の他に、組織が中長期的にどう企業価値を生み出そうとしているかを示す統合報告書の作成が注目されているが、その作成には組織横断的取組みが必要である。

 今回から、数回にわたり、最近話題になっているスポーツ組織のコンプライアンスについて、組織論と経営倫理の視点から経験を踏まえて考察する。

 

【スポーツ組織のコンプライアンス①:問題認識とスポーツ界のリスク】

1. 問題認識

 筆者が本稿を執筆しているのは、サッカーワールドカップ・モスクワ大会で、日本代表チームが下馬評を覆してコロンビアに勝利し、日本中が大いに盛り上がっている時である。

 しかし、少し前までは、日本相撲協会の暴力問題、日本レスリング協会のパワーハラスメント問題、日大アメリカンフットボール部の危険タックル問題等、スポーツ界の不祥事が相次ぎ、週刊誌やTV、新聞等、メディアは、スポーツ組織の対応のまずさに、社会的非難を集中していた。

 ワールドカップが終われば、メディアの関心は、再びスポーツ組織のコンプライアンス問題に戻ってくるかもしれない。

 スポーツ界の不祥事は、これまでも、相撲、柔道、フィギュアスケート、バスケットボール、バドミントン、ゴルフ、野球等、様々な競技でプロ、アマを問わず多数発生してきた。

 先の平昌オリンピックでは日本の選手が大活躍し、2020年の東京オリンピックに弾みをつけたが、このように不祥事が立て続けに発生し、不祥事の抜本的解決がされなければ、スポーツに対する社会的支持が失われ、スポンサー企業も支援に二の足を踏むかもしれない。

 筆者はスポーツが好きで、我国のトライアスロンの草創期に、アイアンマンレース(水泳4km、自転車180km、フルマラソンを、連続して17時間以内に完走する3種競技)を3回完走し、アマチュアの協会と合併した日本トライアスロン協会の初代理事長として競技の普及に努めた経験がある。

 その時のスポーツ組織設立・運営の経験、企業での不祥事対応、組織風土改革、経営再建、コンプライアンス体制構築の経験等を踏まえて、組織論・経営倫理の視点から、スポーツ組織のコンプライアンスについて考察してみたい。

2. スポーツ界のリスク

 スポーツには、多くの人々をポジティブにし達成感や感動を共有化する素晴らしい面があるが、同時にトップ選手や運営組織には通常の業務以上に、リスクが存在すると思われる。

(1) 不正を行う動機・機会が多く、不正を正当化しやすい

 米国の犯罪心理学者ドナルド・R・クレッシーの「不正のトライアングル理論」[1]では、「企業の不正行為は、①動機、②機会、③正当化の3要素が同時に存在する場合に発生する」と言われているが、スポーツ界では、この3要素が一般社会以上に強く顕在化しやすい。

  1. ① 動機
  2.    トップクラスの競技者は、常に「勝つこと」を期待され、本人も勝利を目指している。勝てば、選手・指導者・競技団体幹部等には、人気・地位・名誉や時には高額の報酬等、今後の人生の糧が手に入る。また、スポンサー企業や選手が所属する大学等、組織への好感度は高まる。
  3.    それらは、努力の対価であり選手のモチベーションを高め競技人口の増加につながるが、同時に、「勝つためには手段を選ばない」という(対価が大きいだけに、一般社会よりもはるかに強い)不正を誘発する動機にもなる。
  4.    また、競技団体の幹部の組織内の地位や権限を巡る(場合によっては派閥を形成して)争いの種にもなる。
     
  5. ② 機会
  6.    人気競技には、地位、名誉、金銭(大会開催料、スポンサー料、放映権料等)が集中しやすく、選手だけではなく、開催場所の選定や選手選考、運営方法等に決定権を持つ競技団体幹部に対しても、便宜を求めて、広告代理店、大会開催希望地関係者、競技運営関連業者、時には反社会的勢力等から声がかかりやすく、有名選手や競技団体の幹部は、通常のビジネスよりも不正に巻き込まれる可能性が高い。
  7.    したがって、組織運営の方法が公正でルール化され、厳正に運営されていない場合や、選手、役員、指導者各個人がコンプライアンス意識を十分に身につけていない場合には、本人が意図しなくても犯罪に巻き込まれる可能性が、一般企業の人々よりも高い。
     
  8. ③ 正当化
  9.    勝敗を競うのがスポーツであり、勝利への強い執着心やモチベーションがなければトップ選手になれない。
  10.    監督・コーチ・競技団体幹部は、元トップ選手が多いので、スポーツマンシップの重要性を建前として知りつつも、本音では「勝利のためなら大抵のことは許される。ラフプレーはお互いさま」という感情が発生しやすく、不正の正当化に傾く危険がある。

 次回は、スポーツ界の体質(組織文化)を更に分析する。



[1] 米国の犯罪学者であるドナルド.R.クレッシーが1950年代に実際の横領犯罪者を調査して導き出した理論。(論文「Other People’s Money : A Study in the Social Psychology of Embezzlement」)
 不正行為は、①動機(不正行為を実行するしかないと考えるに至った事情)、②機会(不正を犯す機会、職場環境)、③正当化(不正行為に自ら納得させる理由付け)という3つの不正リスクが全てそろった時に発生すると考える。

 

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