◇SH1954◇弁護士の就職と転職Q&A Q48「『営業より仕事をしたい自分はインハウス向き』という分析は適切か?」 西田 章(2018/07/09)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q48「『営業より仕事をしたい自分はインハウス向き』という分析は適切か?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 法律事務所のアソシエイトから「自分は、営業よりも、仕事だけをしていたいので、インハウスが向いている」という自己分析を伺うことがあります。イメージ的には、高校生が進路選択の理由を「数学が苦手なので文系を選びました」と説明するのに近い感覚があります。そこでは、(数学に苦手な学生が理系に進んだら苦労するであろうと同様に)「法律事務所でパートナーとなって成功できそうにない」という見立ては正しいのかもしれません。ただ、「法律事務所のパートナーに向いてないのはわかったけど、なぜインハウスには向いていると言えるの?」「インハウスにも向いてなかったら、どうするの?」という嫌味な問いを投げかけなければなりません。

 

1 問題の所在

 法律事務所でパートナーとして成功するためには、営業力が求められます。ただ、「営業力がある法律事務所のパートナー」の対義語は、「インハウス」ではありません。会社において管理職にならない従業員を「万年ヒラ社員」と呼ぶとすれば、法律事務所でパートナーを目指さない弁護士は、「万年アソシエイト」とも呼ぶべき存在です。侮蔑的表現に聞こえるかもしれませんが、「法律業務にパズルを解くような知的好奇心を満たされるが、売上げノルマを課されるのは精神的にプレッシャーである」という層には、「万年アソシエイト」的な役割は、理想的な働き方と言えるかもしれません(事務所の人事政策上、このようなポストを正面から認められるかという問題はありますが)。

 他方、弁護士の仕事の本質を、「代理人業務」に位置付けている層からすれば、「弁護士としての仕事の醍醐味」は、「自分を指名してくれた依頼者に対して、自分の知識と経験をフル稼働させて結果を出して、その期待に応えること(他の弁護士よりも良い結果を実現すること)」にあります。こういう弁護士にとっては、「依頼者から直接のご指名を受けてもいない下請け業務には脳内アドレナリンが出ない」となるので、「指揮命令系統の一環に組み込まれて仕事をする」というインハウスが不向きであることは確かです。

 「営業に興味がない=指揮命令系統の中で仕事をするほうが心地よい」という意味では、インハウスの仕事を長続きさせるひとつの要素ではあるような気もします。そこで、「万年アソシエイト」との違いから、インハウスの適性を考えて見たいと思います。

 

2 対応指針

 「営業が苦手」という分析結果を構成する要素としては、3種類の苦手意識(①コミュニケーション(法律家以外への説明等)が苦手、②自分が専門とする守備範囲以外の質問を受けるのが苦手、③価格交渉や請求が苦手)が考えられます。

 コミュニケーション面において、「ビジネスパーソンへのプレゼンが苦手である」とか「人見知りである」といった認識があるならば、インハウスの適性も疑われます。むしろ、法律事務所において、営業力があるパートナーの下請け業務に専念できる環境を探すほうが生き残れる可能性があるように思われます。

 また、自分の仕事の守備範囲を、自分の専門分野に限定しておきたいと考えるときにも、インハウス(特に法務部門の責任者)を務める資質には疑いがあります。むしろ、特定法分野における専門性を高めて、外部弁護士としての生き残り策を見出すべきのように思われます。

 価格交渉や弁護士費用の請求に自信がない場合には、確かに、インハウスになれば、個々の案件毎に仕事の対価を交渉して請求する必要はなくなります。しかし、転職活動においては「自分をフルタイムで抱えたらいくら支払ってくれるか?」という交渉が必要となりますし、社内での人事評価においても、自己の貢献度をアピールできなければ、昇給や権限の拡大を狙うこともできません。むしろ、外部弁護士という立場を維持したままで、定額顧問形式での業務を受けられる環境を見出すことが解決策につながるのかもしれません。

 

3 解説

(1) コミュニケーション力

 法律事務所の業務は、様々なタイプの弁護士の組み合わせによって成立しています。「準備書面やメモランダムを起案させたら、立派な文書を作るのに、その内容を口頭でプレゼンさせたら、自信がなさそうでパッとしないアソシエイト」もいれば、「アソシエイトの作成した資料を基に、過去の体験や報道されている他事例等を交えて、それっぽく堂々と説明できるパートナー」もいます。アソシエイトからすれば、口八丁手八丁のパートナーを尊敬することができずに、又は、「自分にはこういう仕事の適性はない」と思って、別の道として、インハウスを志向することもあります。しかし、インハウスになったほうが、相談を受ける先も、こちらの分析・検討結果を伝える先も非法律家ばかりになります(法律事務所における仕事のほうが、依頼者の連絡窓口を法務担当者に留めて置きやすいです)。しかも、企業の経営陣は、法的な前提知識がない上に多忙なので、「ゆっくりと噛み砕いて説明して理解してもらう」ということがしづらく、「要するにこういうことです」という端的な結論を示したり、問題点を指摘できるコミュニケーション力がインハウスにこそ強く求められます(それに欠けたら、会社内でもリサーチャー的立場に止まってしまいます)。

 もし、「法律家に対して、きちんと脚注まで付いた文書で正確に分析結果を伝えるような仕事を続けたい」という希望であれば、むしろ、弁護士を元請け先として、下請け業務に専念できる環境を求めるべきだと思います。

(2) 守備範囲

 アソシエイトで、自己が得意とする法分野を持っている方の中には、その得意分野ではレベルの高い仕事ができているだけに、「自分が得意な法分野の仕事に専念したい」「営業やアドミニ業務を引き受けている時間があれば、論文やニューズレターを書いていたい」と志向する方もいます。専門性を追求するが故に「パートナーになりたくない」という気持ちは理解できますが、このような志向は、インハウス(少なくとも、法務部門の責任者)としての適性からも外れてしまいます。

 リーガルリスクの中で自己の担当する守備範囲を切り分けるような「仕事の選り好み」が許されるのは、法律事務所において「その余のリーガルリスク」を担当してくれる別の弁護士が存在していることが大前提です。インハウスであれば、自社が提供するサービス又は扱う商品に関わるリーガルリスク全般に対応できなければなりません。部門長ともなれば、自己に知見が足りない非専門分野についても、部下や外部弁護士からの知見を補完してもらって(又は予算や時間が足りなければ、それが欠けた状態であっても)自ら法務部門としての判断を下すことが求められます。

(3) 価格交渉/費用請求

 「営業が苦手」という若手弁護士の中には、「見積書を出して価格交渉をするのが好きじゃない」とか、「請求書を送ったらディスカウントを要求されることがストレス」という人もいます。確かに、インハウスになれば、自己の提供するリーガルサービスを、一々、案件毎に金銭に換算して値踏みされることはなくなりますし、請求書を作成して送る必要もなくなります。そのため、日々の悩みは減り、仕事に専念できる、という期待が生じます。

 ただ、一社に専従するインハウスは、年俸としての料金設定で、自己の稼働時間を一括売却しているのに等しい状況にあります。入社時(転職時)には、条件交渉で年俸の引き上げを求めるか、「当社の給与体系では貴方の年次ではこれが精一杯です」と言われて、呑むか降りるかの選択を迫られることになります。「入社してからのパフォーマンス次第で給与は上がっていく」と言われても、法務部という管理部門でどのように自己の貢献度を数字で示せるのかわかりませんし、社内の評価者(主としてビジネスパーソン)にどこまで自分の法律家としてのパフォーマンスを正当に評価してもらえるかどうかもわかりません(かつ、一旦、フルタイムの仕事に身を置いてしまえば、「退職も辞さずに年俸交渉をする」というのもリスクが伴います)。

 「一社専属のフルタイムポスト」は、「この会社のサービス又は商品周りのビジネスを自分の唯一のクライアントとするだけの覚悟」があり、かつ、「自分のパフォーマンスを正当に評価してくれるであろうという上司への信頼」があるならば、インハウスは仕事に専念できると思います。しかし、どちらかの前提が欠けた場合には、「価格や条件の再交渉の機会が与えられずに、不満を抱えたままに仕事を続けさせられる」というリスクが潜んでいることにも留意しなければなりません。

以上

 

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