新規分野で企業から信頼されている司法修習60期代のリーガルアドバイザーは誰か?
第2回 伊藤雅浩弁護士インタビュー
シティライツ法律事務所
弁護士 伊 藤 雅 浩
聞き手 西 田 章
法務省が公表した今年(令和4年)の司法試験の結果に対しては、予備試験合格者の高い合格率(97.5%)が注目を集めたが、法科大学院関係者においては、卒業生のうち、未修者の合格率(21.3%)が、既修者の合格率(47.7%)を大きく下回ることが問題視され、改善に向けた対応策が検討されている。
この統計だけに着目すれば、「他学部出身者は弁護士を目指して法科大学院の未修者コースに入学することを慎重に考えた方がいいよ」とのアドバイスが広まりそうに思われる。ただ、分が悪い勝負であることが分かっていても、司法試験に挑戦してみたいという他学部出身者がいるならば、確率論でキャリアの再考を促すだけでなく、「既修者よりも合格が困難とされる司法試験を突破した先には、法学部出身者とは異なるバックグラウンドを活かして、新規分野で信頼される弁護士になることもできる」という成功モデルを示して挙げることで、その「分の悪い挑戦」を応援する方向での情報提供もあってよいはずである。
受験生全体においては、未修者の合格率は、既修者の合格率を下回っているが、個別に見れば、司法試験の結果でも、優れた成績を収める未修者が存在する。未修コース修了生が初めて司法試験を受けた2007年において、卓越した成績を収めることでそれを実証して見せたのが、伊藤雅浩弁護士(シティライツ法律事務所パートナー)だった。
情報工学専攻のコンサルタントが、なぜ、法科大学院の未修コースに進学したのか。他の未修者と同様に法律の学習の入口で躓くことはなかったのか。社会人出身の「年配者」であることは、法律事務所への就活に不利ではなかったのか。コンサルタントとしての経験は、弁護士としての専門性を確立するのに役立ったのか。法科大学院進学を決意した当時の状況から、ITを専門とする弁護士として認知された現在の業務におけるクライアントとのコミュニケーションのスタイルやアソシエイトの採用や育成の考え方についてまで、伊藤弁護士にざっくばらんにお話をお伺いすることができたので、以下、その結果を紹介させていただきたい(取材日:2022年9月15日。場所:シティライツ法律事務所会議室)。
第1部 司法試験合格者との飲み会企画とアソシエイトの採用選考基準
- 今年の司法試験の合格発表の日(9月6日)には、twitterで、受験生をご馳走とするとして、ダイレクトメッセージを募集されて話題になっていましたね。多数の応募があったのでしょうね。
- 初めてこういうことをやってみたのですが、それなりの数のご連絡をいただくことができました。そこで、今年の合格者何人ずつかをグルーピングして飲み会を設定しました。先日、第1弾の飲み会を終えたところです。
- 初めてこのような企画を開催された意図はどこにあったのでしょうか。事務所の採用選考を兼ねているわけではないのでしょうか。
- 事務所の採用とは関係ありません。私自身が、コロナ禍もあって、仕事を現状維持で満足してしまいかけているところ、新しいことに挑戦するのが億劫になっているところがありました。若い人達が、どういう志をもって弁護士業界に来ようとしているのか、どういうことに注目しているのかを知ることができたら、自分にとって良い刺激になるかも、という思いから企画しました。
- 参加者は、ロースクール卒もいれば、予備試験合格組もいる、という感じでしょうか。
- 混じっていると思うのですが、こちらからは経歴を求めていないので、合格者であることしか確認していません。
- ロースクールの成績や予備試験の成績の提出を求めないならば、事務所の採用選考を兼ねていることもないですね。
- 今回の企画は、事務所の採用選考とは関係ありませんが、事務所でアソシエイトを採用する際にも、こちらから成績の提出を求めることもなければ、学歴を尋ねることもありません。どこのロースクールを卒業しているかも、司法試験に何回目で合格したのかも確認せずに採用を行っています。もっとも、まだ事務所に新人を採用して育てるだけの体制がないため、もともと新人は採用しておらず、経験弁護士しか採用したことはありませんが。
- アソシエイトの採用では、学歴や成績で足切りをする、ということはないのですか。
- どんなお仕事をされてきたのかは確認しますが、学歴は気にしません。毎年、そんなに大勢の応募があるわけでもありませんので、アソシエイトを採用したいという熱が高まった時に、twitter等で「誰かいませんか?」と問いかけて、数人からの連絡がある、という程度です。友達を探すのと同じ感覚です。
- 採用するかどうか、何を基準に判断されるのでしょうか。
- 仕事の適性があるかどうかでしょうね。「適性」と言ってしまうと、ちょっと違うかもしれませんが、うちの事務所で扱っている分野は限定的なので、うちで扱っている仕事をやりたいと思ってくれるかどうか。
- 知的財産の仕事が多いならば、大学での知的財産の科目の成績とか、司法試験の選択科目の成績とかも能力を測るための一つの指標になりうるかとも思いますが。
- 能力を測るのはなかなか難しいので、その分野にどういう興味を持っているのか、それにどのようなパッションを持っているのかを聞いています。知的財産といっても「特許訴訟をやりたい」と言われてしまうと、うちの事務所で専門的に扱っているわけではないので。もし、「ゲームが好き」と言われたら、そこのどういう法律問題に取り組んでいきたいかを尋ねていく、という感じです。パッションを持っている弁護士と一緒に仕事ができる方が楽しいですから。
- 学歴や司法試験の成績を見ない代わりに、筆記テストをするわけでもないのですか。
- そういうやり方もあるのでしょうが、シティライツらしくはないと思っています。
- とすれば、面接だけで決めるのでしょうか。
- そうですね。3回くらいはお会いして、いろんな弁護士に会ってもらって、みんなから意見を聞いて決めています。2回、3回と会えば、付け焼き刃で志望動機を準備してきたような底が浅い応募かどうかはわかります。
- 応募者の興味は、パートナーの事件を手伝うことに対するものでしょうか。それとも、本人自身が将来、どのような分野で専門性を磨いていきたい、ということでしょうか。
- 採用されたアソシエイトは、当面、事務所の複数のパートナーから仕事をもらって、事件を手伝ってもらうことになります。パートナーが担当している事件が本人のやりたいことと重なっていて意欲的に仕事に取り組んでいくうちに、いずれはパートナーに昇進して、自分自身の看板を掲げて仕事を受けてくれるようになる、というのが一番いいと思っています。
- いつまでもアソシエイトとして下請けしているだけでなく、ゆくゆくは自分を信頼してくれる依頼者を持てるようになることが弁護士業務の醍醐味のひとつでもありますよね。
- ご本人がやりたいと思っている分野に役立つような事件を、私達パートナーが仕事として提供することができないんだったら、採用してもミスマッチになってしまうので。
- 今回、twitterで募集された飲み会企画には、シティライツへの就職を期待して応募してきた合格者もいるのではないでしょうか。
- 「新人を募集していますか?」と尋ねられることはありますが、残念ながら、今の自分のキャパシティ的に、新人を採用してしっかりと責任をもって面倒を見てあげることができないため、新人の入所はお断りしているのが現状です。
- 今回の企画に参加された合格者が、大手事務所でも、外資系事務所でも、中規模事務所でも、別の事務所に就職されて、数年間、弁護士経験を積まれた上で、改めてシティライツの中途採用に応募してくる、という将来シナリオもありそうですね。
- それを期待して、飲み会では良い印象を残しておくように気を付けたいと思います(笑)。
第2部 SNSとプライベート
- 今回の司法試験合格者との企画もtwitterで募集されていましたが、伊藤先生のSNSでは、プライベートを豊かに過ごされている姿が発信されていますね。
- SNS上では、「弁護士になっても儲からない」「仕事が辛いだけで面白くない」という意見をあまりにも多く目にします。でも、私は「いや、そんなことないだろう」「もっともっと楽しいしやりがいのある仕事だろ」と心の底から思っているので、敢えて、楽しいことを発信するように心がけています。
- なるほど。伊藤先生のSNSを見て、「弁護士になっていい車に乗りたい!」という憧れを抱く学生が出て来そうですね。
- 名古屋にいる大学生はみんな車好きでした。私は、学生の頃から、ヨーロッパの車が好きで、車を乗り継いできて、やっと最近、好きな車を買っても許される立場になったかな、と思っています。
- よくドライブをなされているのですか。
- 学生の頃は、意味なく、車で遠出していたのですが、そういう時間の使い方はできなくなってしまいますね。最近は、早朝に、ジョギングに行く感覚で、首都高をぐるっと回って、家族が起きる頃に家に戻ってくる、みたいなことを偶にする程度です。スピード狂ではないので、自分の判断能力を過信せず、事故や違反には気を付けながら。
- スポーツカーがお好きなんですね。
- はい、背の高い車は買ったことがないし、乗りたいとも思いません。今でも本当は2ドアのスポーツカーに乗りたいのですが、最近、手放して、今手元にあるのは、家族も乗れるタイプの車1台だけです。
- 駐車場の問題ですか。
- 乗る機会が少ない車のために駐車場を確保しておくのは東京では贅沢過ぎるので。他の事務所で仲の良い弁護士に、車好きの先生がいるのですが、彼は、箱根の別荘に何台も車を駐車させておいて、週末に別荘に行っては、その日の気分で乗りたい車に乗り換えて東京に戻ってくる、という生活をされているそうです。車好きの理想ですね。
- 伊藤先生は仕事をきっちりなされながらも、趣味をお持ちなのがカッコいいですね。
- 事務所のウェブサイトのプロフィールには「趣味はイタ車とジャズと将棋」と載っていますが、今でも、3つの趣味は変わりません。引退してからやりたいことがいっぱいある、というのはありがたいことですね。音楽は、もとはサックスを吹いていましたが、最近はピアノを練習しています。どれもレベルは低くて中途半端ですが、「それでもいいや」と思って続けています。
- 「将棋」に関しては、ご子息の匠さんの活躍が素晴らしいですね。
- 息子が生まれたのは、弁護士になる前のコンサルタント時代です。仕事が忙しくて家にも全然帰れない時期でしたが、学生になれば、少しは子供との時間も確保できるかと思って、法科大学院に進学しました。そして、司法試験を受けて、司法修習に行こうという時に、将棋を教えました。息子が5歳の時です。
- 伊藤先生が自ら教えられたのですか。
- 司法修習生の頃は、毎日、午後6時頃に帰宅できたので、息子と将棋を指していました。私自身が特に習ったことも、将棋部に入ったこともなかったので、すぐに教えることがなくなってしまいました。調べてみたら、近所にあるのが名門の将棋道場でした。自分も息子と一緒に強くなっていくつもりで道場に通わせたところ、息子だけがどんどん成長してしまって、1年も経たないうちに息子から相手にしてもらえなくなっていました。
- 子供の成長はうれしいことでもありますよね。
- 「将棋の才能は遺伝じゃない」ということがよくわかりました。息子が強くなっていくのに自分はすっかり置いていかれました(苦笑)。
- 匠くんが安定したサラリーマンではなく、プロフェッショナルの道を進まれることは応援されていたのですか。
- 親としては、プロなんて1ミリも考えていませんでしたので、小学校に入った息子が「プロ棋士になりたい」と言い出した頃から、ずっと不安でした。まず、「そもそもプロになれるのか?」という心配がありますが、仮にプロになれたとしても、AIがプロ棋士よりも強くなっていることが報道され始めた頃でしたので、「将棋業界自体がつまらなくなっちゃうんじゃないか? 先細りで未来のない業界ではないか?」ということも心配でした。
- 大学に行かせたいという思いもあったのですか。
- でも、全然勉強しませんでしたね(笑)。そうこうしているうちに、息子もどんどん大きくなっていくので、もはや親が本人のやりたいことを止められる年齢ではなくなってしまいました。
- 業界的には、藤井聡太さんの活躍で盛り上がっていますね。
- 結果論として、プロになれて、まずは順調な滑り出しをすることができました。何十年に1人出るかどうかというレベルの天才である藤井さんに食らいついて行こうという位置で戦わせていただけるだけでも、ありがたいことだと思っています。
- 将棋業界も、ひとりのヒーローの出現でこれだけ盛り上がるのですから、弁護士業界もまだまだ人気が復活するチャンスはありますよね。
- 将棋は、今や完全に「AIの方が人間よりも強い」と知られている業界なのに、それにもかかわらず、プロになりたいという子供が増えているそうです。弁護士という職業に対しても、もっと面白そうと思って挑戦してくれる若者が増えてほしいです。
- それで、SNSでもポジティブな発信を心がけておられるのですね。
- 最近の、殺伐としたtwitter空間には一定の距離を置くようにしています。
- 伊藤先生ご自身は、炎上したり、SNSで嫌な思いをされたことはないのでしょうか。
- 私は大したことを呟かないので、炎上したことはなく、「もうアカウントを消そう」とか「発信者情報開示をしてやろう」と思った経験もありません。
- SNSを続けることに実務上のメリットもあるのでしょうか。
- Twitterを続けていたおかげで、最新の情報を得られたり、新しく人と知り合うことができたりしたのはメリットだと思っています。
- 情報とは法律関係ですか。
- はい、自分で法律雑誌を読んだり、裁判所のウェブサイトをチェックしたりもしていますが、twitterでフォローしている方から、政府の委員会や研究会でこういう報告書が出ましたとか、こういう事件の判決が出ました、と教えてもらえるのはとても助かります。同時にノイズが多いことも事実なので、トータルでは、くだらない記事に時間を奪われている方が勝ってしまっているのかもしれませんが(苦笑)。
- 人脈形成にも役に立つと思いますか。
- いま、シティライツ法律事務所を一緒にやっている、水野と平林に出会ったのも、10年くらい前にtwitter経由でした。それ以外にも、この10年間、仕事でもプライベートでもtwitter経由でご縁をいただいています。
第3部 司法試験と就活
- 私は、現在、一橋大学法科大学院の教育課程連携協議会で、学外有識者の構成員を務めさせていただいていておりますが、今年の議論のテーマには、やはり未修者教育が選ばれていました。司法試験において、一橋大学のロースクールの卒業生が高い合格率を維持されているのは、伊藤先生が作られたティーチング・アシスタント(TA)制度がうまく機能しているからだ、という評判を聞きました。
- 私が制度を作ったというよりも、私が始めたことが、その後にTA制度に発展していった、ということだと思います。
- 伊藤先生が、後輩の答案添削を自主的に始められたのですか。
- 私が、ロー(未修1期)3年生の時に、既修1期は、もう卒業して司法試験を受けていました。そこで、既修1期の合格者の先輩に「答案を見せてもらえませんか?」と頼んで、合格答案を見せてもらったり、自分が起案した答案を見てもらったことがありました。それでコツを掴めたところがあったので、「これは後輩にもしてあげたい」と思って、弁護士1年目に始めました。
- 伊藤先生がロー生時代に指導を受けたのは、ローに同じ年に入学した既修コースの人だったのですね。
- 当時の既修コースには、旧司法試験の受験経験がある学生が多かったので、その先輩方は起案にも慣れていました。当時、具体的にどんなアドバイスをもらったのかはもう何も思い出せませんが(笑)。
- 当時は、試験問題の漏洩事件の余波で、大学が受験指導っぽいことをすることを過度に警戒している雰囲気がありましたよね。
- はい。そのため、大学からは教室を貸してもらっただけで、まったくの自主的な活動として始めました。
- 伊藤先生ほどの優秀な方でも、ロー生時代は法律の学習や起案に苦労をされたのですか。
- そもそも、ローに入学した当時は「勉強は1日中するもの」という意識がありませんでした。ローの未修1年目は、当初、会社を辞められずに、午後3時〜4時に授業が終わったら、そこから会社に通って夜中まで勤務していました。
- まさに社会人学生だったのですね。ずっとそれを続けられたのですか。
- 授業を聞いているだけで足りると思っていたら、期末テストが近付いてきて、実は何も理解できていないことに気付かされました。ロー1年目の前期の成績が悪かったので、夏には会社を辞めてロー生に専念する生活に切り替えました。
- 理系出身の学生にとっては、法律の学習は、最初、まったくロジカルなものと思えないそうですね。伊藤先生は学部から情報工学を専攻されていたのですか。
- はい、学生時代は工学部情報工学科の学部から工学研究科情報工学の大学院に進学していました。当時は、文系の仕事に就くなんて思ってもいませんでした。
- 未修者学習は、いまでも法科大学院の大きなテーマとして認識されています。
- 最初は、法律には、公式があるわけでもないので、「諸般の事情を総合的に考慮すると」という意味もわかりませんでした。特に憲法は好きじゃなかったですね、訳がわからなくて。
- 伊藤先生は、どこかの時点で発想を転換されて、法律の学習に順応されたのですね。
- 昔の感覚を大分忘れてしまいましたが、「真理を求める」というのとは違って、「説得するために、もっともらしい論を立てる」と考えれば、「理系ともそれほど違わないのかな」と思うようになりました。「論破する」という言葉は好きではありませんが。
- 結果的に、司法試験をきわめて秀でた成績で突破されたと聞いていますが、就活は順調だったのでしょうか。
- 内田・鮫島法律事務所に拾ってもらうまでに、何十もの法律事務所に履歴書を送りましたが、無視されるのがほとんどで、知財を扱う事務所にも面接で落とされることばかりでした。
- 驚きですが、それは、伊藤先生に社会人経験があり、年齢が若くないことが原因だったのでしょうか。
- 著名な弁護士の先生が代表をしている事務所でも、総論的には「伊藤さんのような人は、ロースクール制度が期待している人材なので、ぜひがんばってもらいたい」と励ましてもらったこともあるのですが、いざ、採用担当のパートナーの面接を受けてみると、「うちは若い人が欲しいんだよね」と言われてしまいました。面接や会食では和やかでも、選考結果を見ると、若い人に内定が出される結果を知らされることばかりでした。
- 内田・鮫島には、コンサルタント時代からの直接の知り合いの先生がいらっしゃったのでしょうか。
- いえ、存じ上げませんでした。当時、日経BP社から「基礎から学ぶSEの法律知識」という単行本が出版されていて、その共著者のひとりである鮫島正洋弁護士に飛び込みで電話をかけました。
- 鮫島先生は、社会人経験者を差別しなかったのですね。
- 私は、鮫島先生よりも10歳年下なのですが、就活当時の私は、鮫島先生が弁護士になったのと同じ年齢だったそうです。「伊藤さんのような人こそ、うちの事務所に来るべきだ」と仰っていただき、とても嬉しかったのを覚えています。
- 鮫島先生は、「下町ロケット」に登場する神谷弁護士のモデルとなっていることでも有名ですが、一緒に働かれた伊藤先生から見て、どのような点で優れていたのでしょうか。
- お客さんから大きな信頼を寄せられている点では卓越しています。熱い思いがあるからこそ、具体的案件に関するアドバイスに留まらずに、「知的財産を扱う人達はまだまだその地位が低過ぎる!」といった言葉も説得力をもって伝わるのだと思います。
- 内田・鮫島に入所したことは、弁護士としての成長に役立ったと思いますか。
- 鮫島先生は、一流のクライアントをたくさん抱えておられますが、私がアソシエイトの頃から、様々な事件を任せてくださったのは、今思えば、とてもありがたかったです。まだ経験が浅い当時は、自分には荷が重いと感じたこともありましたが、そのおかげで、弁護士になるスタートが遅れた私が早期にパートナーになることができました。
第4部 システム開発紛争と現在の業務分野
- そもそも、コンサルタントとして活躍されていた伊藤先生が、弁護士を目指した契機は何だったのでしょうか。
- コンサルタント時代に自分が担当していたクライアントが訴えられて、民事訴訟の利害関係人になったのがきっかけです。
- 伊藤先生自身が訴えられたわけではなく、コンサルタントとして関与していたプロジェクトのクライアントが民事訴訟の被告になったのですね。
- はい。私が担当していたクライアントは、ベンダにシステム開発を依頼していたのですが、プロジェクトが遅れに遅れて、色々な問題が生じたため、「もうお金を支払えない」みたいな状況になってしまったところ、ベンダから報酬の請求を求める民事訴訟を提起されてしまいました。
- 当事者でもない伊藤先生も訴訟手続に巻き込まれてしまったのでしょうか。
- 私は、プロジェクトの進行中に、クライアント企業の担当者の横に居て、開発ベンダに対して「これができていないので対応してもらいたい」などのアドバイスをする立場にありました。ベンダ側の訴訟代理人が起案した訴状には、「訴外伊藤」が、無能でとても悪い奴であるというストーリーが描かれていたので、それを読んだ私は、とても驚いて胸の痛くなる思いになりました。「それは違うんです!全部嘘です!」と弁解したい気持ちになりました。
- 訴訟の争点となっている事実関係のキーパーソンが「訴外伊藤」だったのですね。
- 被告となったクライアントからは、「当社の顧問弁護士に相談に行くので、伊藤さんも一緒に来てください」と頼まれて、クライアントの顧問である司法修習1期の80歳(当時)の弁護士の先生に事実関係を説明に伺いました。
- ご高齢な先生でも、システム開発に詳しいのでしょうか。
- さすがにシステム開発については事前には何もご存じではありませんでした。そのため、システムについては、私が沢山の資料を持参して何度も説明に伺ったのですが、私の方は法律がまったくわからないので、意思疎通が大変でした。
- その訴訟に対応してから、法科大学院進学を決められたのですね。
- クライアント企業に訴状が届いたのが、2003年6月頃で、翌2004年4月に法科大学院の第1期生が入学するスケジュールが公表されていました。適性試験が2003年8月に行われたので、それを受験しました。
- 法科大学院制度がスタートする当時は、「社会人でも弁護士になれる」として、合格率は70%以上とか80%以上という触れ込みでしたからね(苦笑)。
- 本音ベースで言うと、コンサル時代は、残業が200時間とか今では考えられないくらいの長時間労働でしたので、「ここから抜け出したい」という思いもありましたね。実は、弁護士業界も似たようなものだったことを当時は知らなかったので(笑)。
- 巻き込まれた民事訴訟については、継続的に関わられたのでしょうか。
- 被告側代理人の修習1期の先生は、私よりも50歳年上だったのですが、その修習1期の先生からは、その後も「準備書面を書いたから、読んでみてくれ」と言って、私の自宅に、ファックスでドラフトが送られて来るのが続きました。自宅のファックスが感熱紙だったのですが、それだとすぐに文字が消えてしまうので、クライアントに頼んで、普通紙のファックスを買ってもらったりしたこともありました。
- ロースクール生になってからも訴訟には関与されていたのですか。
- 裁判はロースクールの未修2年生の終わりくらいまで続いて、和解協議の段階になるまでは、弁論準備が行われる会議室にもお伺いしていました。
- ベンダ側は、システム開発訴訟に詳しい法律事務所が代理していたのでしょうか。
- 大手の法律事務所から4人位の弁護士が期日には出廷されていました。
- それと比べてしまうと、当方の修習1期の先生はちょっと頼りなさそうですね。
- ただ、何回も説明をしていくうちに、修習1期の先生はすごく記憶力がよかったので、「さすが弁護士だ」と思わされることもありました。「伊藤さん、あの時の資料だとこう言っているけど、ここはおかしくないか?」といった鋭い指摘もなされていました。
- 弁護士になる前から、それだけ当事者意識を持って民事訴訟に対峙されてきたのですね。
- 当時はまだロースクール生でしたので、「この裁判に負けたら、自分はどういう責任を取らされるんだろう」という不安の中で、裁判手続がどう進んでいくのかを知るために民事訴訟法を勉強しました(笑)。
- それが、伊藤先生の弁護士としての専門分野の基礎になっているのですね。執筆なされた本も、まず、「システム開発紛争ハンドブック」があって、続いて、「ITビジネスの契約実務」があり、紛争経験を踏まえて、予防法務的な契約交渉のアドバイスがなされているのだと理解しました。
- 2冊の本をそういうストーリーで順番に執筆したわけではありませんが、紛争になってしまった経験を踏まえて、訴訟にならないようにするために契約交渉に臨んでいるのは確かですね。
- 伊藤先生の強みは、訴訟になってからの対応にあると理解していたのですが、そうではないのでしょうか。
- 私としては、紛争系の相談であっても、訴訟に至らせずに解決するところに自分のバリューを出していきたいと考えています。
- 訴訟になった方が、作業にも長時間を要するので、タイムチャージベースでは報酬が膨らむ、というビジネス判断はないのでしょうか。
- 裁判になってマンパワーを注いで戦うことに主眼があるならば、ひとつの案件に多数の弁護士を投入できるマンパワーのある大規模な事務所の方が優れているかもしれません。訴訟になる前の、早期の段階から関与することで、早期に鎮火する、ということに関しては、大手事務所にも負けない経験とノウハウを自分に蓄積できていると思っています。
- 理系出身コンサルタントとしての経験があることが「強み」になっているのですね。
- とはいえ、コンサルタントとしての現場を離れて20年も経っているので、「知ったかぶりをしてはいけない」とは気を付けています。
- 20年前の経験だけでは、技術について行けなくなってしまうのでしょうか。
- わかる面とわからない面の両方があります。例えば、クラウドとかウェブの話であれば、まだ大体わかるのですが、最近の、ディープラーニングとか、ブロックチェーンについては、正直、どういう仕組みなのか、私も正確にはわからないです。
- それら分野で専門家とされている弁護士の先生方が、実際にどこまで技術を理解しているのかもわからないですが。
- 技術そのものにはついていけてなくなっている面はあるのですが、一方で、システム開発については、20年前と同じようなトラブルがいまだに繰り返し起きています。
- 法的責任を判断するための証拠関係は、昔と変わらないということでしょうか。
- 20年前から「ウォーターフォール型の開発は時代遅れだ」と言われていましたが、今でも頻繁に行われていて、昔と同じようなトラブルが生じています。ユーザとベンダとの間のコミュニケーションのやり方や取引の進め方は変わっていません。トラブルになったという相談が来る際に、黙っていたら、依頼者は契約書や提案書を見せてくれるだけかもしれませんが、その際に、こちらから「こういう資料はないですか?」という想像力を働かせられるのは、20年前のコンサルタント経験が生きているところだと思います。
- システム開発紛争で著名な弁護士の中では、日比谷パーク法律事務所のパートナーである上山浩先生は、ご著書で「ユーザー企業」に向けた発信をなされています。また、牛島総合法律事務所のパートナーである影島広泰先生は、事務所のウェブサイトの「主な取扱案件」で「システム開発の中止に伴う訴訟(ITベンダの代理人。多数)」というような紹介がなされています。伊藤先生は、ユーザ側とベンダ側の、どちら側になるのでしょうか。
- 特にどちら側ということはありません。ご依頼があれば、ユーザ側でも、ベンダ側でも、どちら側からも相談をお受けしています。
- 理系出身の弁護士は手強い、とかいうことはあるのでしょうか。
- 理系出身だからとか、準備書面が精緻だから、ということよりも、法廷戦術としての巧妙さを持った代理人に対しては、良い意味で「嫌なことをするな」という手強さを感じることはありますね。
- 口頭でのプレゼンテーションがうまいということでしょうか。
- 裁判期日で早口でまくし立てて当方を非難してくる代理人もいらっしゃいます。裁判官が判決を下すための心証にどれだけ影響を与えられるのかはわかりませんが、相手方の依頼者は頼り甲斐があると感じるでしょうね。
- システム開発訴訟に限らず、労働訴訟等でも、何が何でも判決をもらいたいという場合は限られているでしょうから、法的に認められる主張だけでなく、期日での「なんとなく勢いのある言動」も和解の妥協ラインに影響を与えることがあるのかもしれませんね。
- 確かに、事案によっては、筋的に「このくらいまでは負けても仕方がない」という見積りが行われていることもありますね。
- 伊藤先生は、ご専門とするIT関連の事件ばかりを取り扱われているのでしょうか。
- 業務には、大別すれば、2つの類型があります。ひとつは、ご指摘のとおりの紛争系です。大企業を中心とするユーザ側やベンダ側からのご相談を受けています。これが業務の半分くらいを占めています。
- 残りの半分はどのような事件なのでしょうか。
- スタートアップや中小企業から、顧問契約をベースとするご相談に対応しています。
- それは紛争に限らないのですか。
- スタートアップでは資金調達のお手伝いをしたり、ビジネスモデルの適法性を検討したり、新しいサービスの利用規約を作ったり、従業員からのパワハラの内部通報を受けたり、と様々ですね。
- 幅広く対応をされているのですね。また、伊藤先生は、社外役員も複数お受けになっていますよね。
- そうですね。今、現在は、上場企業はなくて、上場準備をしている先が多いです。
- 取締役会や監査役会は欠席しづらいので、就任の負担も大きいと思うのですが、お受けするかどうかはどのように決められているのでしょうか。
- 自分の知見で社外役員として役に立つことができるかどうか、と、自分が応援したいと思える会社かどうか、ということは考えからお受けしていますね。今は、追加でお受けする余裕はないので、これ以上、増やすつもりはありません。ただ、顧問弁護士でいる場合よりも一歩進んで、「言いたいことを言う」と決めているので、経営者から嫌われて、いつ首になるかわかりませんが(笑)。
- 社外役員の仕事を受けることは、伊藤先生にとっても「学び」があるのでしょうか。
- そう思います。取締役会で法律が論点になることは滅多にありませんが、会社がどういう数字を意識して経営を行っているのかを知るのは勉強になります。また、スタートアップ系の会社のボードには、投資家から派遣された社外役員もいらっしゃるので、「投資家が投資先企業に何を求めているか?」も何となく理解できるようになりました。これは、顧問弁護士としてベンチャーキャピタルと交渉をするときに役立っていると思います。
- お客さんとのコミュニケーションにおいて意識されていることはありますか。例えば、質問への回答のスピードを重視しているとか。
- 私は、できる限り、素早くレスを返すことは大事だと思っています。とりあえず、「連絡をいただきました」という返事だけでもすぐに返した方がいい、という考え方です。
- クライアントに対して「質問を受け取ったのに、すぐに回答してくれないのは、他のクライアントの仕事よりも自分の質問を後回しにされているのではないか」という懸念を抱かせることはないでしょうか。
- でも、クライアントが、もし、質問メールを送ってから、3日後に回答が来たとしても、クライアントは、その3日間、「いつ回答がもらえるのかもわからない」という状況に置かれてしまうわけですよね。とりあえず、「明後日までに回答します」というだけでも伝えてもらえることを望むのではないでしょうか。もっとも、今は、お客さんとの間でも、Slackでつながることがあるので、常時接続されてレスを急かされる感覚が強まると、他のクライアントとのバランスを考えなければならなくなるかもしれませんね。
- それでは、所内的に、アソシエイト教育で気を付けていることはあるでしょうか。アソシエイトへの指導やコミュニケーションにおいて、「こうするようにしている」とか「こういう言動は避けるようにしている」ということはありますか。
- 最近、意識していることは、アソシエイトへのフィードバックに際して、ポジティブな点から見付けるようにして「褒める」ということですね。以前は、「ここはこうした方がいいのではないか」とか「これをやっておいた方がいいのでは」という改善点を指摘することから入ることがあったのですが、それを転換しました。
- 弁護士業界では、もともと自分の腕一本で生き残ってきたボス弁が多いですから、イソ弁への当たりが強い教育方針が残っている事務所も多い印象です。コンサル業界でもそうだったのではないでしょうか。
- 私がコンサルタントをしていた時代は、上司が部下を罵倒することが日常茶飯事でしたが、それからもう四半世紀が経とうとしています。確かに「そんなぬるいやり方では人は育たない」という主張を堅持される方もいますが、世の中全体がそう変わってきているということは、ポジティブな側面に注目して仕事をする方が、みんながハッピーになることができるということだ、と考えるようにしています。そう考えることが、少なくとも、自分の精神の安定にはつながっています(笑)。
- 確かにそうかもしれませんね。本日は、どうもありがとうございました。
<おわり>
(いとう・まさひろ)
(にしだ・あきら)
✉ akira@nishida.me
1972年東京生まれ。1991年東京都立西高等学校卒業・早稲田大学法学部入学、1994年司法試験合格、1995年東京大学大学院法学政治学研究科修士課程(研究者養成コース)入学、1997年同修士課程修了・司法研修所入所(第51期)。
1999年長島・大野法律事務所(現在の長島・大野・常松法律事務所)入所、2002年経済産業省(経済産業政策局産業組織課 課長補佐)へ出向、2004年日本銀行(金融市場局・決済機構局 法務主幹)へ出向。
2006年長島・大野・常松法律事務所を退所し、西田法律事務所を設立、2007年有料職業紹介事業の許可を受け、西田法務研究所を設立。現在西田法律事務所・西田法務研究所代表。
著書:『新・弁護士の就職と転職――キャリアガイダンス72講』(商事法務、2020)、『弁護士の就職と転職』(商事法務、2007)