コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(87)
―スポーツ組織のコンプライアンス⑤―
経営倫理実践研究センターフェロー
岩 倉 秀 雄
前回は、スポーツ組織の改善の方向として、コンプライアンス・アンケートの実施による、リスクの早期発見と対策の実施、及び相談窓口の在り方について述べた。
スポーツ組織は、問題が顕在化した時だけではなく、定期的に理念・ビジョン・行動規範・ルールの整備・浸透状況、人権侵害の有無、金銭管理の状況等をアンケート(可能なら指示・命令)により把握し、リスクの早期発見に努め、問題を把握した場合には、放置せず直ちに解決に動く必要がある
相談窓口の設置は、スポーツ組織がコンプライアンス違反を発生させやすくかつ隠蔽に傾きやすいことを踏まえると、特に重要であるが、運用に当たっては、相談者・調査協力者に対する不利益扱いの禁止と秘密厳守は基本であり、できるだけ受付範囲を広くするとともに、スポーツ組織だけではなくその監督官庁にも相談窓口を設置するべきである。
今回は、スポーツ組織の改善の方向として教育・研修について考察する。
【スポーツ組織のコンプライアンス⑤:改善の方向3:教育・研修】
(5) 教育・研修
ビジネス組織においてもスポーツ組織においても、教育・研修はコンプライアンス(倫理・法令順守)の浸透・定着に最も必要な活動である。
スポーツ組織の教育・研修のテーマや内容は、自競技の理念・ビジョン・行動規範等の他に、競技毎、立場毎に発生しそうな問題が異なることを踏まえ、各競技団体が、自らの競技のコンプライアンステーマを設定し、役員、指導者、選手毎に階層別教育・研修を実施するべきである。
例えば、競技団体役員に対しては、金銭問題(贈収賄、出張・交際接待費等経費の使途問題)、ハラスメント問題、(選手選考の)公正性の問題等が、監督・コーチ等の指導者には、行き過ぎた指導による暴力問題、セクハラ・パワハラ・モラルハラスメント等の人権侵害問題等が、選手にはドーピング問題、選手同士の傷害事件、反社会的勢力との付き合い、賭博、その他の公序良俗違反や犯罪への巻き込まれ等を、各競技団体の実態に即して行うべきである。
重要なのは、単なる義務として建前やきれいごとを並べるのではなく、アンケート調査や相談窓口に寄せられた相談内容等を踏まえ、派閥の力関係に忖度することなく、組織の健全化のために誠実に実施することである。
問題が発生した時に、危機対応の一環として、1ヵ所に集めて経営トップが訓示をすることは、組織の姿勢を内外にアピールする上で必要であるが、問題発生前から教育・研修を徹底して不祥事発生の予防に努めることが重要である。
教育・研修の実施者は、本部組織のコンプライアンス担当役員・部署の責任者・担当者の他に、有識者やその道の専門家に依頼することになるが、地方組織や監督・コーチ等現場に近い階層に対する教育・研修ほど、現場を知る(他組織・他競技団体を含む)経験者に依頼するほうが、体験に裏付けられた具体的な話を聞くことができるので、参加者の納得を得やすいと思われる。
また、研修は、ビジネス組織で考察したように、現場に出向いての研修が最も効果的であるが、それは、中央組織の研修に参加した一部の指導者や地方組織代表者の報告を、関係者が間接的に聞いても身につくことが少ないと思われるからである。
(本体組織や地方組織の)当事者が、教育・研修に直接参加し、質疑応答を通してテーマに理解を深め、納得することが重要である。
場合によっては、中央組織と地方組織が連携して、地方組織の課題や問題を把握し解決に結びつけることもできるからである。
現場に出向いての教育・研修が難しい場合には、ブロック毎の集合研修や(遠隔地や人数が多い場合等では)、Eラーニングやメルマガの活用も考えられるが、それはあくまでも補完的に実施するべきであり、現場に行っての研修と組み合わせて実施するべきである。
教育・研修の進め方は、一方的な講演・講義だけではなく、目的により、ソクラテス方式による質疑応答、ケースを提示してその場でグループディスカッションを行い代表が討議結果を発表する方法、事前に課題を配布して考えてきた内容をその場で発表し全員で討議する方法、グループ討議への参加メンバーが交代しながら議論するワールド・カフェ方式等、様々な方法がある。
なお、研修は出欠を取るとともに、終了後にアンケート調査を実施して参加者の疑問点や研修の改善点の把握に活用する場合や、終了後に簡単な試験を行い参加者の注意力を持続する方法も考えられる。
次回は、これまでの考察を踏まえ、スポーツ組織のガバナンス改革について考察する。