コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(91)
―雪印乳業(株)グループの事件を組織論的に考察する①―
経営倫理実践研究センターフェロー
岩 倉 秀 雄
前回は、スポーツ組織のコンプライアンスのまとめを述べた。
スポーツには、人々をポジティブにし達成感や感動を共有する素晴らしい面がある一方、選手、指導者、競技団体役員は「不正のトライアングル(動機、機会、正当化)」に巻き込まれやすく、スポーツ組織には、、内向き、派閥中心、自由な発言の封殺、人権侵害、情報隠蔽、暴力肯定、金銭管理の不透明、外部の働きかけによる組織混乱、不祥事対応が遅れやすい等、マイナスの組織特徴がある。
マイナス面を改善するためには、①理念・ビジョン・行動規範の明確化と周知徹底、②コンプライアンス担当役員の選任と実行組織の設定、③コンプライアンス・アンケートの定期的な実施による、リスクの早期発見と対策の実施、④相談窓口の設置、⑤教育・研修の徹底、⑥ガバナンスの改革(独立理事選任の義務付け、役員・監督・コーチ・代表選手の選考基準の明確化と厳正な運用、成功例からの学習、経理システムの明確化と厳格な運用、情報開示の徹底、監査・内部監査の充実)等が必要である。
今回から、複数回にわたり、筆者が共同執筆した『雪印乳業史 第7巻』をベースに、雪印乳業(株)グループの食中毒事件と牛肉偽装事件について、組織論の視点から考察する。
【雪印乳業(株)グループの事件を組織論的に考察する①:問題認識】
雪印乳業(株)は、北海道の酪農生産者が創業した酪農協同組合をルーツとする企業であり、北海道開拓に深くかかわり我国酪農の発展とともに成長した。
2000年6月発生の雪印乳業食中毒事件、2002年1月発覚の雪印食品牛肉偽装事件により解体的出直しを迫られるまで、長く業界No.1の地位にあった。
雪印乳業(株)は、事件後、農協系乳業会社と市乳部門を合併させて設立した日本ミルクコミュニティ(株)と、2009年10月に再合併して設立した雪印メグミルク(株)の事業会社になった後、2011年3月末同社に吸収され、現在は存在しない。
筆者は、全酪連在籍時代に、雪印乳業(株)と合弁会社(みちのくミルク(株))を設立する等、事業提携の窓口責任者であった。また、日本ミルクコミュニティ(株)設立準備委員会事務局次長兼全酪連乳業統合準備室長として日本ミルクコミュニティ(株)の設立に関わり、日本ミルクコミュニティ(株)設立後は、同社に移籍し初代コンプライアンス部長としてコンプライアンス体制をゼロから構築・運営した。
また、雪印メグミルク(株)設立後は、社史編纂室で『日本ミルクコミュニティ史』、および『雪印乳業史 第7巻』[1]を共同執筆し、雪印乳業(株)の歴史と2つの事件についてつぶさに研究する機会を得た。
『雪印乳業史 第7巻』は、雪印乳業(株)の最後の社史であり、雪印乳業(株)が消滅する前の、2つの事件を挟んだ20年間について記述している。
一般には、社史で自社の不祥事を詳述する企業は少ないが、『雪印乳業史 第7巻』では、2つの事件を後世の参考とするために詳しく記述した。(それが評価されて、社史の収集で有名な神奈川県立川崎図書館が主催する「社史フェア2017」の投票で、250社中第1位になった。)
本稿は、『雪印乳業史 第7巻』で公開されている範囲内の事実を題材にし、筆者の専門である組織論の視点から、雪印乳業(株)設立の歴史を踏まえ、事件がどのような経過で、何故発生し、どのような危機対応を行い、どう信頼回復と経営再建を図ったのか、事件の再発防止策のために何をどう実行したのか、また、雪印乳業(株)と日本ミルクコミュニティ(株)を引き継いだ雪印メグミルク(株)が、事件を教訓として発展するために、今後何が必要か等、について考察・提言する。
筆者は、昨年、雪印乳業(株)の創業者である黒澤酉蔵の思想と活動について、『二宮尊徳に学ぶ「報徳」の経営』(同友館、2017年)の12章「日本酪農の先覚者・黒澤酉蔵の『協同社会主義』と報徳経営」を執筆したので、本稿では、その研究によって知った創業者の思想と活動についても考察の参考にする。
筆者は、これまで、全国酪農業協同組合連合会(全酪連)在籍時に遭遇した「全酪連牛乳不正表示事件」に関連して、危機対応、経営刷新、組織風土改革運動、経営再建を企画・実行し、学会報告するとともに本稿でも考察した。
だが、雪印乳業(株)グループの2つの事件は、全酪連の表示違反事件よりもはるかに社会的インパクトの大きい大事件であり、当時発生した他の有名企業の不祥事とともに、我国の社会と企業にコンプライアンスの重要性を広く認識させるきっかけになった事件である。
今は、コンプライアンスの重要性を認識させた雪印乳業(株)グループ事件の発生から15年以上も経過したが、今日でも、その教訓が生かされず、我国の有名大企業(グループ)によるコンプライアンス違反事件が、頻発している。
その意味で、雪印乳業(株)グループの事件を振り返り、改めてコンプライアンス経営を推進するために何が必要かを考えることは、意味があると思われる。
[1] 雪印メグミルク株式会社編『日本ミルクコミュニティ史』(雪印メグミルク、2014年)は、一般財団法人日本経営史研究所が主催する「第20回優秀会社史賞」の候補に選出され、雪印メグミルク編『雪印乳業史 第7巻』(雪印メグミルク、2016年)は、神奈川県立川崎図書館主催の「社史フェア2017」の投票で、250社中第1位になった。