◇SH2006◇三菱日立パワーシステムズ、役職員の起訴と協議・合意制度(司法取引)への対応 松原崇弘(2018/08/01)

未分類

三菱日立パワーシステムズ、役職員の起訴と協議・合意制度(司法取引)への対応

岩田合同法律事務所

弁護士 松 原 崇 弘

 

 三菱日立パワーシステムズ株式会社(以下「MHPS」という。)関係者によるタイ公務員に対する贈賄に関し、同社の元役員らが、不正競争防止法違反[1]で起訴された。同条違反は法人に対する罰則も存在するが、MHPSと検察官との間で、本年6月1日に施行された協議・合意制度による合意、いわゆる日本版「司法取引」が成立したとのことで、MHPSは起訴されていない。

 本事案は、協議・合意制度の初適用の事案になったため、今後の実務への影響の観点から紹介する。

 

1 協議・合意制度

 協議・合意制度とは、特定の犯罪に関し、検察官と被疑者・被告人及びその弁護人が協議し、被疑者又は被告人が、証拠の提出その他の必要な協力など、他人の刑事事件の捜査や公判に協力することと引き換えに、自分の事件を不起訴又は軽い罰条に変更してもらうことなどを合意するという制度である(刑事訴訟法350条の2)。合意にあたっては、弁護人の同意が必要とされる(同法350条の3第1項)。

 同制度は司法取引の日本版と言われているが、アメリカ合衆国の場合と異なり、①対象となる犯罪は、贈収賄、租税に関する法律、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律、金融商品取引法に定める罪などに限定されている。また、②自分の罪を認める代わりに不起訴などを約束してもらう自己負罪型は認められておらず、他人の刑事事件の捜査・公判に協力することによる合意に限定されているという点で特徴がある。

 また、検察官との合意の結果、不起訴(刑事訴訟法350条の2第1項2号イ)になったとしても、検察審査会の審議で起訴が議決されると当該合意の効力は失われるので(同法350条の11)、起訴される可能性が完全に排除されるものではない。

 

2 今後の実務への影響

 MHPSのリリースによれば、同社は、外国公務員贈賄に関し、内部通報を契機に直ちに社内調査を実施し、さらに外部法律事務所を起用して詳細調査を実施した結果、法令違反が疑われたため、東京地方検察庁に調査結果を報告し、その後も継続的に捜査に協力し、協議・合意制度に基づき検察官と合意した。MHPSは、検察官との協議・合意に応じた理由に関して、不正行為に関与していない多くの社員を含め、同社の「ステークホルダーの利益を守るために必要かつ合理的な判断」であったとしている。

 本件での法人の刑事責任の免責は、内部調査によって犯罪事実を明らかにし、捜査・公判に協力するという法人の事後的なコンプライアンス対応を評価したことによるものと考えられる。本件のような外国公務員贈賄の場合、贈賄による利益の享受主体(法人)と実行者(従業員)に不一致があり、実行者の刑事責任が問われる一方、利益の享受主体である法人の刑事責任が減免されることにつき、否定的な意見も考えられるが、法人の事後的コンプライアンス対応を積極的に評価した点で、今後の不祥事対応の在り方として参考になるものといえよう。



[1] 国際商取引において自分らの利益を得たり、維持するために、外国公務員に対して直接または第三者を通して、金銭等を渡したり申し出たりすると、5年以下の懲役または500万円以下の罰金が科せられ、さらに、その会社も違反行為防止のため必要な注意を怠った場合、3億円以下の罰金が科せられる。日本国内で外国公務員(大使館職員など)へ賄賂を行った場合はもちろん、海外の仕事先で現地の公務員に賄賂を行った場合も、この法律により罰せられる可能性がある。

 

タイトルとURLをコピーしました