◇SH2109◇債権法改正後の民法の未来53 約款・不当条項規制(1) 山本健司(2018/09/27)

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債権法改正後の民法の未来 53
約款・不当条項規制(1)

清和法律事務所

弁護士 山 本 健 司

 

Ⅰ 結論

  1. 1 改正法では、もともと法制審議会において「約款」「不当条項規制」という論点設定のもとに議論されていた諸事項のうち、「定型約款」に関する民事ルール、具体的には、①新たな民事ルールの適用範囲を画する「定型約款の定義」規定、②いわゆる組入要件について定めた「みなし合意規定」、③不当条項規制と不意打ち条項規制を1本化した「みなし合意除外規定」、④定型約款準備者の「開示義務」に関する規定、⑤「定型約款の変更」に関する規定が定められた。
  2. 2 一方、(1)定型約款の定義を満たさない約款に関する民事ルール、(2)みなし合意除外規定の詳細な判断方法や不当条項リスト、 (3)個別合意条項や中心条項の取り扱い、(4)約款条項以外の契約条項に関する不当条項規制などは、改正法における明文化が見送られ、今後の解釈と実務運用に委ねられた。
  3. 3 なお、消費者契約の分野の不当条項規制については、平成28年・平成30年の消費者契約法改正によって、新たな不当条項リストが拡充された。

 

Ⅱ 立法提案とその背景

1 約款規定の必要性

 現代社会では、電車に乗る、携帯電話を使う等の日常生活の多くの場面で事業者が作成した定式化された契約条項群である「約款」に基づく取引が広く行われている。

 しかし、現民法には、約款に関する規定が存在しない。また、契約の拘束力は当事者の合意にその根拠があるというのが民法の原則的な考え方であるところ、約款を使用した取引では個々の契約条項を相手方が認識していないことも少なくない。すなわち、契約当事者間にはせいぜい包括的な合意ないし希薄な合意しか存在しない。

 また、裁判例では、火災保険の事例について保険加入者は反証のない限り約款の内容による意思で契約をしたものと推定すべきであると判示した判例(大判大正4・12・24日民録21輯2182頁)が存在する一方で、当事者が約款に含まれる条項の内容を認識していなかった場合に、その条項が契約内容になったことを否定する裁判例(札幌地判昭和54・3・30判時941号111頁、山口地判昭和62・5・21判時1256号86頁)も存在する。

 このように、現民法のもとでは、約款に関する民事ルールが明確ではなく、民法の透明性の確保と現代化を図るという民法改正の趣旨に照らせば、改正法で約款に関する民事ルールを明確に規定する必要性は極めて高かった。

 

2 不当条項規定の必要性

 また、約款による契約や消費者契約では、一般的に条項使用者が契約条項を一方的に定めており、かつ、契約締結過程において契約内容に関する十分な吟味や交渉が期待できない。このような契約では条項使用者の相手方にとって一方的に不利益な契約条項が契約に入りえることから、契約当事者が交渉を通じて内容を形成した契約条項とは異なり、一方当事者の利益が不当に害されることのないよう、積極的に内容規制を行う必要がある。外国法では、ドイツ民法などのように、約款条項等に関する内容規制、いわゆる不当条項規制を法令で定めている場合が少なくない。[1]

 しかし、現民法では、不当条項規定が明文で存在しないことから、裁判所が、個々の事案ごとに、信義則や公序良俗を根拠に契約条項の全部又は一部を無効とする手法や、契約解釈による適用範囲の限定といった手法によって、妥当な結論を導く工夫をして対応している状況である(盛岡地判昭和45・2・13下民12巻1/2号314頁、最判平成15・2・28判タ1127号112頁など)。[2]

 なお、消費者契約の分野では、民法の特別法である消費者契約法において、一定の不当条項規制、具体的には、損害賠償責任の減免規定と過大な違約金条項を一定の要件のもとで無効とする不当条項リストを定める同法8~9条、不当条項規制に関する一般規定を定める同法10条が定められている。また、平成28年改正法において、事業者に債務不履行等がある場合の消費者の法定解除権を排除する契約条項を無効とする規定が、新たな不当条項リストとして追加されると共に、消費者の不作為をもって意思表示をしたものとみなす条項で同法10条の後段要件を満たす契約条項は無効である旨が確認された。

 このように、現民法のもとでは、消費者契約に関する不当条項規制が特別法で一部定められているのみであることから、民法の透明性の確保と現代化を図るという民法改正の趣旨に照らせば、改正法で不当条項規制に関する民事ルールを規定する必要性も高かった。

 

3 民法典での明文化に向けた動き

 かかる状況のもと、現在の民法典には明文の規定がない「約款」「不当条項規制」に関する規定を民法典に明文化すべきではないかが問題とされるようになった。

 具体的には、民法(債権法)改正検討委員会が平成21年3月にとりまとめた「債権法改正の基本方針」において、下記のような立法提案が行われた。

(1) 約款に関する立法提案[3]

【 3.1.1.25 】(約款の定義)

  1. <1> 約款とは、多数の契約に用いるためにあらかじめ定式化された契約条項の総体をいう。
  2. <2> 約款を構成する契約条項のうち、個別の交渉を経て採用された条項には、本目および第2款第2目の規定は適用しない。

【 3.1.1.26 】(約款の組入要件)

  1. <1> 約款は、約款使用者が契約締結時までに相手方にその約款を提示して(以下、開示という。)、両当事者がその約款を当該契約に用いることに合意したときは、当該契約の内容となる。ただし、契約の性質上、契約締結時に約款を開示することが著しく困難な場合において、約款使用者が、相手方に対し契約締結時に約款を用いる旨の表示をし、かつ、契約締結時までに、約款を相手方が知りうる状態に置いたときは、約款は契約締結時に開示されたものとみなす。
  2. <2> <1>の規定にもかかわらず、約款使用者の相手方は、その内容を契約締結時に知っていた条項につき、約款が開示されなかったことを理由として、当該条項がその契約の内容とならないことを主張できない。

【 3.1.1.A 】(不意打ち条項)

 約款の不意打ち条項に関する規定は設けない。

  1. *  約款の不意打ち条項については、【3.1.1.26】にかかわらず、取引慣行に照らして異常な条項またはとりわけ取引の状況もしくは契約の外形からみて約款使用者の相手方にとって不意打ちとなる条項は、契約の内容とならないとする規定を設けるという考え方もある。

 上記の立法提案は、「約款」を「多数の契約に用いるためにあらかじめ定式化された契約条項の総体」と広く定義[4]したうえで、約款条項が契約内容になるための要件(いわゆる組入要件)として、原則として、約款の事前開示(約款内容を認識しようとすれば容易に認識できる状態に置くこと)と当事者の組入合意(約款を契約に用いる合意)を必要とするものである。そのうえで、例外として、鉄道運送契約など、契約の性質上、契約締結時に約款を開示することが著しく困難な場合については、約款を用いる旨の表示と、約款を相手方が知りうる状態に置いたこと(例:バスの停留所やバスの乗車口に、運送契約に運送約款が用いられることおよび約款を備え付けてある場所を明記したうえで、営業所に約款を備え付けるといった対応)で足りるものとしている。

 また、上記の立法提案では、個別の交渉を経て採用された条項には、上記のような組入要件の規定が適用されないことが明記されている。

 さらに、上記の立法提案では、当該契約の当事者ごとに組入要件を規律しようとする上記提案の考え方とドイツ民法等では約款の相手方となる平均的な顧客層を基準として判断するとされている「不意打ち条項」とは考え方が異なる、不当条項規制や情報提供義務・説明義務で対処できる場合もある等として、「不意打ち条項」は立法提案の対象に含めないとしている。もっとも、不意打ち条項は不当条項規制とは論理的に別の問題である等として、立法すべきとした意見もあることを併記している。

(2) 不当条項規制に関する立法提案[5]

【 3.1.1.32 】(不当条項の効力に関する一般規定)

  1. <1> 約款または消費者契約の条項[(個別の交渉を経て採用された消費者契約の条項を除く。)]であって、当該条項が存在しない場合と比較して、条項使用者の相手方の利益を信義則に反する程度に害するものは無効である。
  2. <2> 当該条項が相手方の利益を信義則に反する程度に害しているかどうかの判断にあたっては、契約の性質および契約の趣旨、当事者の属性、同種の契約に関する取引慣行および任意規定が存する場合にはその内容等を考慮するものとする。

【 3.1.1.33 】(不当条項とみなされる条項の例)

 約款または消費者契約の条項[(個別の交渉を経て採用された消費者契約の条項を除く。)]であって、次に定める条項は、当該条項が存在しない場合と比較して条項使用者の相手方の利益を信義則に反する程度に害するものとみなす。

  1. (例)
  2. <ア> 条項使用者が任意に債務を履行しないことを許容する条項
  3. <イ> 条項使用者の債務不履行責任を制限し、または、損害賠償額の上限を定めることにより、相手方が契約を締結した目的を達成不可能にする条項
  4. <ウ> 条項使用者の債務不履行に基づく損害賠償責任を全部免除する条項
  5. <エ> 条項使用者の故意または重大な義務違反による債務不履行に基づく損害賠償責任を一部免除する条項
  6. <オ> 条項使用者の債務の履行に際してなされた条項使用者の不法行為に基づき条項使用者が相手方に負う損害賠償責任を全部免除する条項
  7. <カ> 条項使用者の債務の履行に際してなされた条項使用者の故意または重大な過失による不法行為に基づき条項使用者が相手方に負う損害賠償責任を一部免除する条項
  8. <キ> 条項使用者の債務の履行に際して生じた人身損害について、契約の性質上、条項使用者が引き受けるのが相当な損害の賠償責任を全部または一部免除する条項。ただし、法令により損害賠償責任が制限されているときは、それをさらに制限する部分についてのみ、条項使用者の相手方の利益を信義則に反する程度に害するものとみなす。

【 3.1.1.34 】(不当条項と推定される条項の例)

 約款または消費者契約の条項[(個別の交渉を経て採用された消費者契約の条項を除く。)]であって、次に定める条項は、当該条項が存在しない場合と比較して条項使用者の相手方の利益を信義則に反する程度に害するものと推定する。

  1. (例)
  2. <ア> 条項使用者が債務の履行のために使用する第三者の行為について条項使用者の責任を制限する条項
  3. <イ> 条項使用者に契約内容を一方的に変更する権限を与える条項
  4. <ウ> 期間の定めのない継続的な契約において、解約申し入れにより直ちに契約を終了させる権限を条項使用者に与える条項
  5. <エ> 継続的な契約において相手方の解除権を任意規定の適用による場合に比して制限する条項
  6. <オ> 条項使用者に契約の重大な不履行があっても相手方は契約を解除できないとする条項
  7. <カ> 法律上の管轄と異なる裁判所を専属管轄とする条項など、相手方の裁判を受ける権利を任意規定の適用による場合に比して制限する条項

【 3.1.1.35 】(消費者契約に関して不当条項とみなされる条項の例)

 消費者契約の条項[(個別の交渉を経て採用された消費者契約の条項を除く。)]であって、次に定める条項は、当該条項が存在しない場合と比較して消費者の利益を信義則に反する程度に害するものとみなす。

  1. (例)
  2. <ア> 事業者が、合理的な必要性がないにもかかわらず、消費者に対する当該契約上の債権を被担保債権とする保証契約の締結を当該契約の成立要件とする条項
  3. <イ> 消費者の事業者に対する抗弁権を排除または制限する条項
  4. <ウ> 消費者の事業者に対する相殺を排除する条項
  5. <エ> 債権時効期間につき、債権時効の起算点または期間の長さに関して、法律の規定による場合よりも消費者に不利な内容とする条項
  6. <オ>〔甲案〕当該契約に基づき支払うべき金銭の全部又は一部を消費者が支払期日(支払回数が2以上である場合には、それぞれの支払期日。以下同じ。)までに支払わない場合における損害賠償の額を予定し、または違約金を定める条項であって、これらを合算した額が、支払期日の翌日からその支払をする日までの期間について、その日数に応じ、当該支払期日に支払うべき額から当該支払期日に支払うべき額のうち既に支払われた額を控除した額に年14.6 パーセントの割合を乗じて計算した額を超えるもの 超える部分
    〔乙案〕何も定めない。

【 3.1.1.36 】(消費者契約に関して不当条項と推定される条項の例)

 消費者契約の条項[(個別の交渉を経て採用された消費者契約の条項を除く。)]であって、次に定める条項は、当該条項が存在しない場合と比較して消費者の利益を信義則に反する程度に害するものと推定される。

  1. (例)
  2. <ア> 契約の締結に際し、前払い金、授業料、預かり金、担保その他の名目で事業者になされた給付を返還しないことを定める条項。ただし、本法その他の法令により事業者に返還義務が生じない部分があるときは、それを定める部分については、消費者の利益を信義側に反する程度に害するものと推定されない。
  3. <イ> 消費者が法律上の権利を行使するために事業者の同意を要件とし、または事業者に対価を支払うべきことを定める条項
  4. <ウ> 事業者のみが契約の解除権を留保する条項
  5. <エ> 条項使用者の債務不履行の場合に生じる相手方の権利を任意規定の適用による場合に比して制限する条項
  6. <オ> 消費者による債務不履行の場合に消費者が支払うべき損害賠償の予定または違約金を定める条項。ただし、当該契約につき契約締結時に両当事者が予見しまたは予見すべきであった損害が事業者に生じているときは、その損害額を定める部分については、消費者の利益を信義則に反する程度に害するものと推定されない。
  7. <カ> 〔甲案〕当該契約に基づき支払うべき金銭の全部又は一部を消費者が支払期日(支払回数が2以上である場合には、それぞれの支払期日。以下同じ。)までに支払わない場合における損害賠償の額を予定し、または違約金を定める条項。ただし、当該契約につき契約締結時に両当事者が予見しまたは予見すべきであった損害が事業者に生じているときは、その損害額を定める部分については、消費者の利益を信義則に反する程度に害するものと推定されない。
    〔乙案〕何も定めない。

 上記の立法提案は、消費者契約法が定める消費者契約に関する民事ルールも改正法に取り込むことを前提に、約款と消費者契約の契約条項について、「当該条項が存在しない場合と比較して、条項使用者の相手方の利益を信義則に反する程度に害するものは無効である」という一般条項と、具体的に無効となる不当条項のリストを定める規定を設けることを提案するものである。

 また、不当条項リストの具体的な在り方として、①約款と消費者契約の契約条項に共通のブラックリスト(不当条項とみなされる契約条項のリスト)、②約款と消費者契約の契約条項に共通のグレーリスト(不当条項と推定されるにとどまり、反証が可能な契約条項のリスト)、③消費者契約の契約条項に妥当するブラックリスト、④消費者契約の契約条項に妥当するグレーリストの4類型に分けて立法することを提案するものである。



[1] 不当条項規制に関する外国法の詳細については、法制審議会民法(債権関係)部会部会資料42「別紙・比較法資料」をご参照。

[2] 裁判例の分類は鹿野菜穂子「民法改正と約款規制」曹時67巻7号(2015)1頁をご参照。

[3] 民法(債権法)改正検討委員会編『詳解・債権法改正の基本方針Ⅱ(契約および債権一般(1))』(商事法務、2009年)80頁以下。

[4] 谷口知平=五十嵐清編『新版注釈民法(13)債権(4)<補訂版>』(有斐閣、2006年)では、「普通取引約款(約款)とは、「多数の取引に対して一律に適用するために、事業者により作成され、あらかじめ定式化された契約条項のことを言う」とされている(同書173頁以下)。

[5] 民法(債権法)改正検討委員会編『詳解・債権法改正の基本方針Ⅱ(契約および債権一般(1))』(商事法務、2009年)104頁以下

 

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