◇SH0579◇最二小判、賃金や退職金の不利益変更に対する労働者の同意について判断 青木晋治(2016/03/02)

未分類

最二小判、賃金や退職金の不利益変更に対する労働者の同意について判断

岩田合同法律事務所

弁護士 青 木 晋 治

1.事案概要

 最高裁第二小法廷は、平成28年2月19日、賃金や退職金の不利益変更に対する労働者の同意の有無について、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するかという観点から判断されるべきであるとの判断を示し、書面上の同意等をもって退職金の支給基準変更の効力が生じているとした原判決を破棄し、東京高等裁判所に差し戻す旨の判断を行った。

 本件は、信用組合の職員が二度に亘る合併の際、使用者側から退職金の計算方法の変更点や退職金一覧表の提示を受けるなどして退職金の支給基準の変更について説明を受けた上で、退職金規程の変更に同意する署名がなされていたが、その後、新支給基準が実施された後に職員が退職したところ、自己都合退職する場合には退職金が0円となったり、大幅に減額されることが判明したことから、支給基準の変更について十分な説明がなされておらず支給基準変更に係る同意は無効であるとして、労働者らが合併後の信用組合に対して以前の支給基準に基づく退職金の支払を求めたという事案である。

 本判決は、就業規則変更による労働条件の不利益変更にかかる合意(同意)について「労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認められるに足りる合理的な理由が客観的に存在する」ことが必要である旨を判示した上、退職金一覧表の提示を受けていたことなどから直ちに、署名押印をもって同意があるとは認めることはできないとし、労働者の受ける具体的な不利益の内容や程度について情報提供や説明がなされていたか等について審理が尽くされていないとして原審である東京高裁に差し戻したものである。

2.学説の状況

 労働契約法8条は、「労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる」とし、同9条本文は、「使用者は労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない」と定めている。これらの規程の反対解釈として、就業規則の変更による労働条件の不利益な変更も労働者との合意(同意)があれば可能であるとされている(菅野和夫『労働法(第11版)』(弘文堂、2016)202頁。

 ただし、学説上、個々の労働者が使用者に対し交渉力の弱い立場にあることに鑑み、就業規則に不利益変更に対する労働者の合意(同意)は慎重に判断すべきとされ、「労働者の自由な意思を首肯させる客観的事由が肯定される場合にのみ肯定されるべき」(菅野・前掲書141頁)であるとか、「賃金の放棄や相殺合意において採用されている、自由意思に基づくものと認めうる合理的な事由が客観的に存するかを踏まえた意思表示の認定や、確定的合意の存在について慎重な判断等が要請される」(荒木尚志『労働法(第2版)』(有斐閣、2013)357頁)などとされていた。

3.判例の状況

 就業規則変更による労働条件の不利益変更に関する労働者の同意の効力について判断を示した最高裁判決は存在していなかったが、本判決は、就業規則変更による労働条件の不利益変更にかかる合意(同意)についても「労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認められるに足りる合理的な理由が客観的に存在する」ことが必要である旨を判示した最初の最高裁判決である。

 関連する判例としては、最二小判昭和44・1・19民集27巻1号27号(シンガー・ソーイング・メシーン事件)が、労働者が賃金(退職金)を放棄したという事例において、放棄の意思表示については労働者の「自由な意思に基づくものであることが明確でなければならない」とし、また、最二小判平成2・11・16民集44巻8号1085号(日新製鋼事件)が「労働者がその自由な意思に基づき右相殺に同意した場合においては、右同意が労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときは、右同意を得てした相殺は右規定(筆者注:労働基準法24条)に違反するものとはいえないと解するのが相当」と判示していたところであった。本判決は、上記2つの最高裁判決を引用し、就業規則変更による労働条件の不利益変更に関する労働者の同意の有無についても、同意という「行為」の有無だけではなく、諸般の事情も考慮して慎重に判断すべきとして、上記2つの最高裁判決と同様の見解を示したものといえる。

4.

 また、本判決は、労働者の事由な意思に基づいてなされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かの考慮要素として以下を示しており、今後同種の事例に参考になると思われる。

最高裁が示した判断要素

① 当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度

② 労働者により当該行為がなされる至った経緯及びその態様

③ 当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容

 

 とりわけ、本件では、使用者側より旧退職金規程を変更する必要性や、支給基準変更後の退職金額の計算方法が定められたことや、普通退職であることを前提にとして退職金の引当金額を記載した退職金一覧表の提示があったものの、それだけでは、支給基準変更により退職金の支給につき生じる「具体的な不利益の内容や程度」について説明として十分ではないと判断している点が注目される。

 最高裁が説明すべきであったと指摘する事項については以下のとおりであり、これらの事項を踏まえると、企業において同種の労働条件変更を行う場合には、単に書面上労働者の同意を取得しているだけでは足りないことに留意しつつ、労働者に対して具体的な不利益の内容や程度を説明したことを証明する証拠をどのように残すかという点も今後の課題の一つとなろうと思われ、特に不利益の程度が大きい場合には慎重に説明をした上で同意を取得するといった対応を取る必要があると思われる。

退職金支給基準について最高裁が説明すべきと例示した事項

旧規程の支給基準を変更する必要性等についての情報提供や説明がなされるだけでは足りず

① 自己都合退職の場合には支給される退職金額が0円となる可能性が高くなること

② 合併前から所属する職員に係る支給基準との関係でも著しく均衡を欠く結果になること

以 上

タイトルとURLをコピーしました