債権法改正後の民法の未来 58
約款・不当条項規制(6)
清和法律事務所
弁護士 山 本 健 司
Ⅲ 議論の経過
2 議論の概要
(5) 第3ステージ
ア 第3ステージでは、まず、第85回会議(H26.3.4)において、部会資料75Bの下記のような論点設定のもとに議論がなされた。[1]
部会資料75Bでは、まず、①「定義・適用範囲」について、約款規定の適用対象を「当事者の一方が契約の内容を画一的に定めるのが合理的であると認められる取引において、その契約の内容とするために準備された契約条項の集合」と定義された「定型条項」にするという提案内容に改められた。すなわち、第1に、既に社会で用いられている「約款」という字句は対象が不明確であるため法律上の定義語として用いると混乱を招くおそれがあるので、改正法の約款規定の適用対象には「定型条項」という新たな言葉を使用するとされた。第2に、中間試案における「契約の内容を画一的に定める目的」等の基準は、交渉に応じるかどうかは相手方の交渉力や状況によって流動的に変化しうるため区別の基準として不明確である、当事者の一方が画一的な契約内容を定めることを期待して準備した契約条項の集合を全て適用対象とするのでは事業者間の多くの取引まで適用対象を拡大しすぎる等の批判があったため、定型条項の定義として上記の「当事者の一方が契約の内容を画一的に定めるのが合理的であると認められる取引」で用いられるものかどうかという基準を提示し、これを具体的な契約の態様等の事情に照らして判断することにした、典型的には「多数の人々にとって生活上有用性のある財やサービスが平等な基準で提供される場合や、提供される財やサービスの性格から、多数の相手方に対して同一の内容で契約を締結することがビジネスモデルとして要請される場合など、一方当事者において契約内容を定めることの合理性が一般的に認められている取引」が、これに当てはまるとされた。この時点で、改正法の「定型取引」という中間概念で約款規定の適用範囲を画する考え方へつながる方向性が示された。
また、②「約款の組入要件」について、組入合意がある場合のほか、定型条項準備者が契約締結時前に当該定型条項によることを相手方に表示して相手方が異議を述べずに契約を締結した場合も契約内容となる、定型条項の内容の開示は、組入要件とは区別して、相手方から開示請求があった場合における定型条項準備者の開示義務として規定するという提案内容に改められた。この時点で、「約款内容の認識可能性を約款の一般的な組入要件として位置づけない」という改正法の考え方へつながる大きな方針の変更が示された。
さらに、③「不意打ち条項規制」について、新たに「相手方に不利益を与えるものであるときは」という積極要件と、「ただし、相手方が、当該事項に関する契約条項であることを知り、又は容易に知り得たときは、この限りではない」という消極要件を付加し、適用範囲を狭める修正のうえで規定を設ける提案内容に改められた。
加えて、④「不当条項規制」については、中間試案における提案内容がほぼ維持されたが、「当該条項が存在しない場合に比し」という字句が無くなったため、比較の対象が条文上は不明確な規定ぶりとなった。
さらに、⑤「約款変更」について、予想される変更の内容の概要が定められている変更条項が有る場合と無い場合で異なる規律を設ける、かかる変更条項が無い場合には変更の必要性、相当性、相手方の同意を得ることの困難性等を実体要件とする、かかる変更条項が有る場合には変更後の約款内容が取引通念に照らして相当であることを実体要件とするといった提案内容に改められた。
【部会資料75B】
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第85回会議の議論では、①「定義・適用範囲」について、ここで特定された領域以外の取引には一般的なルールが適用になる、約款についての従前の学説や判例のルールが残る等といった意見が述べられた。
また、②「約款の組入要件」について、約款内容の認識可能性を約款の一般的な組入要件としないという考え方への多くの異論が述べられた。また、相手方からの事前の開示請求に対して定型条項準備者が開示義務を怠った場合にも契約内容に組み入れられる、開示義務違反の効果が損害賠償義務だけという結論はおかしい等といった意見が述べられた。
さらに、③「不意打ち条項規制」について、「相手方に不利益を与える」という要件は本来的に不要な要件である、実際に有利・不利の判断は困難である、本文は抽象的・一般的な取引の相手方を基準に考慮するのに但書は個別の相手方で考えるということで良いのか等といった意見が述べられた。
加えて、④「不当条項規制」については、要件の明確化のため「当該条項が存在しない場合に比し」という字句は残すべきである、個別合意のある場合は通常の契約と同じであるから組入合意で契約内容となった契約条項に関する特別な内容規制である旨の限定を付しておくべきである等といった意見が述べられた。
さらに、⑤「約款変更」について、変更条項はドイツでは不当条項である、変更条項がある場合の規律内容が漠然としている、相手方が多数又は不特定である場合は可能である定型条項の変更がサービスの縮小等に伴って相手方が少数でかつ特定されると不可能になるのは現実の実務に適合しない等といった意見が述べられた。
イ 次に、第87回会議(H26.4.22)において、部会資料77Bの下記のような論点設定のもとに議論がなされた。[2]
部会資料77Bでは、まず、①「不意打ち条項規制」について、部会資料75Bで付加された「相手方に不利益を与えるものであるときは」という要件を「相手方に義務を課すものであるときは」という要件に修正したうえで不意打ち条項規制を規定するという提案内容が示された。
また、②「約款変更」について、変更条項が無い場合には変更の必要性、相当性、相手方の同意を得ることの困難性等を実体要件とする、変更条項が有る場合にはそれを実体要件の考慮要素の1つとして考慮する、個別合意なく定型条項を変更できる旨の変更条項が有る場合には相手方の同意を得ることの困難性を要件としないといった内容に修正した提案内容が示された。
【部会資料77B】
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第87回会議の議論では、まず、①「不意打ち条項規制」について、「相手方に義務を課すものであるときは」という要件では適用範囲が狭くなりすぎる等といった意見が述べられる一方、経済界の危惧する萎縮効果への配慮が必要である等といった意見も述べられた。
また、②「約款変更」について、変更条項は不当条項の典型例である、困難性の要件を外すのはおかしい、給付内容に関わるような中心条項は変更対象とすべきではないのではないか、対象にはなるが実体要件の判断が厳しくなる等といった意見が述べられた。
[1] 第85回会議の配付資料・議事録(http://www.moj.go.jp/shingi1/shingi04900206.html)
[2] 第87回会議の配付資料・議事録(http://www.moj.go.jp/shingi1/shingi04900210.html)