◇SH0772◇最三小決 平成27年11月19日 提出命令に対する抗告棄却決定に対する特別抗告事件(山崎敏充裁判長)

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 本件の事実経過は次のようなものである。すなわち、強姦等被告事件の被告人から選任された弁護士である弁護人は、被告人が強姦等の犯行状況とされるものを撮影録画したデジタルビデオカセット4本(以下「本件デジタルビデオカセット」という。)をその委託を受けて保管していた。弁護人は、本件デジタルビデオカセットの一部を警察官に任意提出し(その後還付を受けた。)、その余については検察官に証拠開示の上、証拠請求をした。また、本件デジタルビデオカセット全部の複製DVDが検察官から証拠請求され、弁護人や被告人の異議なく取り調べられていた。このような経過の後、本件デジタルビデオカセットについて、検察官から没収求刑がされたが、弁護人が任意に提出することを拒んだことから、受訴裁判所によって提出命令が発せられた。これに対して、弁護人は、本件デジタルビデオカセットが、弁護士に押収拒絶権を認める刑訴法105条の「他人の秘密に関するもの」に当たり、押収を拒絶できるなどとしてこれを争った。原決定は、本件デジタルビデオカセットが同条の「他人の秘密に関するもの」には当たらないと判断して、抗告を棄却したため、弁護人らは本件抗告に及んだ。

 

 (1) 刑訴法99条1項は、裁判所は、証拠物や没収すべき物を差し押さえることができるとし、同条3項は、裁判所は、差し押さえるべき物を指定して保管者らに対しその物の提出を命ずることができるとして提出命令を規定している。その一方で、刑訴法105条は、弁護士等の一定の職にある者やその職にあった者は、業務上委託を受けたため、保管し、又は所持する物で他人の秘密に関するものについては、ただし書に当たる場合を除き、押収を拒むことができるとして押収拒絶権を規定している。これは、訴訟法的な利益と業務に対する信頼の保護という超訴訟法的な利益の調和を図っているものと解されているところである(河上和雄ほか編『大コンメンタール刑事訴訟法〔第2版〕第2巻』(青林書院、2010)327頁〔渡辺咲子〕等)。

 (2) 刑訴法105条にいう「秘密」の意義については、「性質上客観的に秘密とされるもの」に限るという有力説(渡辺・前掲329頁、伊藤栄樹ほか『注釈刑事訴訟法〔新版〕第2巻』(立花書房、1997)173頁〔藤永幸治〕、河上和雄『捜索・差押〔改訂版〕』(立花書房、1998)94頁)と、これに「委託の趣旨において秘密とされたもの」を加える通説(田宮裕『注釈刑事訴訟法』(有斐閣、1980)129頁、平場安治ほか『注解刑事訴訟法(上)』(青林書院新社、1977)348頁〔高田卓二〕、小野清一郎ほか『ポケット注釈全書・刑事訴訟法〔新版〕(上)』(有斐閣、1987)252頁、松尾浩也ほか『条解刑事訴訟法〔第4版〕』(弘文堂、2009)216頁等)の対立がある。
 また、秘密であることの判断権者については、委託を受けた業務者であり、裁判所はこの判断に拘束されるとするのが通説であるとされている(渡辺・前掲330頁)。これは、秘密であるかどうかを判断するために取りあえず押収を許し、裁判所が判断するとすれば、業務者に秘密を委託する社会一般の業務に対する信頼は、裁判所の判断を得るまでに害され、刑訴法105条の目的を達成することができないためであると解されている。ただし、通説も、同条ただし書が、押収の拒絶が被告人のためのみにする権利の濫用と認められる場合には押収拒絶権を否定していることから、秘密でないことが明白な場合等は押収できるとしている(田宮・前掲129頁、藤永・前掲173頁)。したがって、通説の立場は、業務者が秘密に当たると主張した場合は、それを否定する外形上明白な事情が認められない限り、裁判所は、その主張を尊重して秘密性を認めるという趣旨であるとも解されよう。

 

 (1) このような中で、本決定は、前記の事実関係を踏まえた上で、被告人の意思に基づく訴訟活動の結果、本件デジタルビデオカセットに記録された情報の全ては、もはや「秘密」でなくなったことが明らかであって、本件デジタルビデオカセットは、刑訴法105条の「他人の秘密に関するもの」に当たらないと判示した。

 (2) 原決定は、弁護人が本件デジタルビデオカセットを警察官又は検察官に対し開示した事実を説示し、これにより「秘密」該当性を否定しているところ、本決定は、上記事実のほか、弁護人から本件デジタルビデオカセットの一部が証拠請求されたことや、本件デジタルビデオカセットの複製DVDが公判期日で被告人及び弁護人の異議なく取り調べられていることを説示して、「秘密」該当性を否定している。この説示が取り上げた事実は、被告人も証拠調べを通じて本件デジタルビデオカセットの内容が公開法廷で明らかになることを許容していることを示すものであり、この点から、本決定は、委託の趣旨において秘密とされたものも「秘密」に取り込む通説の立場と親和性があるように解されないではない。しかし、本決定は、「秘密」の意義に関して明示的に判示していない上、原決定について「正当である」と判示している。本件は、通説、有力説のいずれの立場からでも「秘密」該当性がないことが明白な事案であることを踏まえれば、本決定は、「秘密」の意義に関して、特定の立場を示唆するものではないと解するのが相当であるように思われる。

 (3) 次に、本決定は、秘密に該当するかどうかについて、業務者の判断を尊重すべきことを否定するものとは思われないが、最終的な判断権は裁判所にあるとの立場を採っていることは明らかである。この点、秘密の判断権者は、委託を受けた業務者であるとするのが通説であることは前記のとおりであるが、本件では、被告人側の訴訟活動を通じて秘密性が否定される外形上明白な事情が存在するといえることから、通説を前提としても、裁判所が業務者の主張を尊重して秘密性を認めるべき事案ではないと考えられる。したがって、本決定は、通説と異なる立場を採ったものと解するのは早計であろうが、少なくとも本件のような事案において、裁判所が秘密かどうかを判断できることを明示した点で、重要な意義を有するものと考えられる。
 学説の一部には、客観的にも主観的にも秘密でないものを業務者が秘密であるとして押収を拒否した場合でも、刑訴法105条ただし書に当たらない限り、裁判所は押収できないとしつつ、ただし書中のかっこ内において秘密の主体が被告人である場合が除外されていることから、被告人が自己の被告事件に関する証拠物等を秘密として弁護士に委託すれば、常に押収の拒絶が許されることになるとする見解もあるが(高田・前掲349頁)、本決定によれば、このような見解は否定されることになろう。

 (4) 本決定は、事例判断ではあるが、これまで事例の少なかった刑訴法105条の押収拒絶権の行使の場面における「他人の秘密に関するもの」の該当性に関し、最高裁判所として初めて判断を示したものであり、実務上の参照価値は高いと考えられる。加えて、これまで提出命令に関して裁判所の判断が示されたものは、証拠物に関する事例が多かったが(例えば、いわゆる博多駅フィルム事件に関する最大決昭和44・11・26刑集23巻11号1490号、判タ241号272頁等)、本件は、証拠物ではなく、没収すべき物に関する判断という意味でも、事例として高い価値を有すると考えられる。

 

 本決定後、原々審裁判所は、被告人を有罪と認定し、懲役11年に処するとともに、本件デジタルビデオカセットを犯罪供用物件として没収したとのことである(本件デジタルビデオカセットの犯罪供用物件該当性も問題となり得るが、本決定では論点として取り上げられていない。)。なお、本件は、弁護人が、一部の被害者に隠し撮りの事実を告げ、画像消去と引き換えに示談金なしでの告訴取下げを求めたと報道されたことでも、注目を集めていた事案である。

 

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