債権法改正後の民法の未来 62
約款・不当条項規制(10・完)
清和法律事務所
弁護士 山 本 健 司
Ⅳ 立法論義における帰結と今後の実務への影響
1 立法論義における帰結
前述Ⅲのような議論の結果、改正法では、「定型約款」に関する民事ルール、具体的には、もともと法制審議会において「約款」「不当条項規制」という論点設定のもとに議論されていた諸事項のうち、①新たな民事ルールの適用範囲を画する「定型約款の定義」規定、②いわゆる組入要件について定めた「みなし合意規定」、③不当条項規制と不意打ち条項規制を1本化した「みなし合意除外規定」、④定型約款準備者の「開示義務」に関する規定、⑤「定型約款の変更」に関する規定が定められた。
一方、(1)定型約款の定義を満たさない約款に関する民事ルール、(2)みなし合意除外規定の詳細な判断方法や不当条項リスト、 (3)個別合意条項の取り扱い、 (4)中心条項の取り扱い、(5)約款条項以外の契約条項に関する不当条項規制などは、改正法における明文化が見送られ、今後の解釈と実務運用に委ねられた。
2 明文化が見送られた諸点と今後の問題点
- ⑴「定型約款に含まれない約款」については、約款に関する従前の考え方や運用が今後も妥当する(筒井健夫=村松秀樹『一問一答 民法(債権関係)改正』(商事法務、2018)248頁)。すなわち、組入に関しては意思推定説的な考え方での対応、不当条項や不意打ち条項に関しては信義則、公序良俗、契約の合理的解釈といった手法での対応、約款変更に関しては相手方の承諾やその擬制といった対応を継続することになる。もっとも、改正法に定型約款に関する民事ルールができたことで、その規定内容による影響を受ける場面や類推適用がなされる場合が出てくると思われる。
- ⑵ 改正法548条の2第2項の「みなし合意除外規定」は、上述のような法制審における議論経緯からも、不意打ち条項規制と不当条項規制が1本化された条文であるところ、1本化の意味合いや、1本化された後の詳細な判断方法や主張・立証の在り方は解釈に委ねられている。この点、本条の理解に関しては、1本化される前に議論されていたような不意打ち条項規制と不当条項規制という2つの制度が抽象度の高い1つの条文に統合された規定である、不意打ち条項規制と不当条項規制のいずれか一方の趣旨に抵触すれば信義則違反として契約条項の効力が否定される条文と理解すべきであると考える。また、そのような基本的な理解に立ったうえで、本来的に異なる2つの制度が1つの条文に1本化されたことによって「合わせ技1本」的な信義則違反の主張にも条文上の基礎が出来たと理解すべきと考える。
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⑶ 個別交渉の結果である「個別合意条項」を含む定型約款については、そもそも当該取引全体が定型取引と言いうるのか、全体としては定型取引で例外的な個別合意が併存すると考えられるのかといった問題が生じうる(事案ごとに個別具体的に判断せざるを得ないように思われる)。また、個別合意された条項については、みなし合意除外規定や約款変更規定の適用の可否・適否に関する問題が生じうる(前掲法務省『一問一答』244~245頁は個別の条項に合意がある場合も両規定が適用されるとするが、今後争いとなるであろう解釈論である)。
また、「中心条項」や価格決定に関わる契約条項も定型約款に該当しうるが(前掲法務省『一問一答』245頁)、具体的にどのような場合に定型約款に該当しうるか、みなし合意除外規定や変更規定の適用の在り方は今後の解釈に委ねられている。少なくとも付随条項に比べて慎重な対応が必要である。 - ⑷「定型約款以外の契約条項の不当条項規制」については、消費者契約法の不当条項規制が妥当するもの以外は、信義則、公序良俗、契約の合理的解釈といった手法での対応が今後も継続することになる。
3 国会の附帯決議
改正法が定める定型約款に関する民事ルールのうち、特に消費者など相手方の権利・利益に影響が大きい「不当条項」「不意打ち条項」の規制の在り方については、改正法施行後の取引の実情を勘案して必要に応じ対応を検討することが国会の附帯決議に盛り込まれた。また、同じく相手方の権利・利益に影響が大きい「定型約款の変更」規定の実体要件の解釈・運用については、取引の実情を勘案して、適切に解釈・運用されるよう努めることが国会の附帯決議に盛り込まれた。
【衆議院法務委員会附帯決議(抜粋)】 五 定型約款について、以下の事項について留意すること。
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Ⅴ 消費者契約法改正による対応
1 改正法での不当条項リストの見送りと消費者契約法改正
消費者契約に関する不当条項規制や不当条項リストの法文化が改正法で見送られたことを踏まえ、民法の特別法である消費者契約法の平成28年改正法及び平成30年改正法において不当条項リストが追加され、一定の立法対応が行われた。
また、平成30年改正法に関する国会の附帯決議では、約款内容の事前開示の規定を消費者契約法に定めることを継続審議すべきことが付記された。
2 平成28年改正法[1]による不当条項リストの追加
まず、平成28年5月25日に成立し、平成29年6月3日から施行されている改正消費者契約法(平成28年法律第61号)において、事業者に債務不履行等がある場合の消費者の法定解除権を排除する契約条項を無効とする規定が、新たな不当条項リストとして追加された(同法8条の2)。また、消費者の不作為をもって意思表示をしたものとみなす条項で消費者契約法10条の後段要件を満たす契約条項は無効である旨が確認された(同法10条)。
【 消費者契約法・平成28年改正法 】 (消費者の解除権を放棄させる条項の無効) 第八条の二 次に掲げる消費者契約の条項は、無効とする。
(消費者の利益を一方的に害する条項の無効) 第十条 消費者の不作為をもって当該消費者が新たな消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたものとみなす条項その他の法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第一条第二項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。 |
3 平成30年改正法[2]による不当条項リストの追加
また、平成30年6月8日に成立し、平成31年6月15日から施行予定の改正消費者契約法(平成30年法律第54号)は、消費者の後見等の開始のみを理由に事業者の解除権を肯定する条項を無効とする規定(同法8条の3)と、事業者が自らの損害賠償責任等の存否を自ら決められる条項を無効とする規定(同法8条、8条の2)を、新たな不当条項リストとして追加した。
【 消費者契約法・平成30年改正法 】 (事業者の損害賠償の責任を免除する条項等の無効) 第八条 次に掲げる消費者契約の条項は、無効とする。
2 (略) (消費者の解除権を放棄させる条項等の無効) 第八条の二 次に掲げる消費者契約の条項は、無効とする。
(事業者に対し後見開始の審判等による解除権を付与する条項の無効) 第八条の三 事業者に対し、消費者が後見開始、保佐開始又は補助開始の審判を受けたことのみを理由とする解除権を付与する消費者契約(消費者が事業者に対し物品、権利、役務その他の消費者契約の目的となるものを提供することとされているもの を除く。)の条項は、無効とする。 |
さらに、平成30年改正法に関する参議院の委員会決議においては、「約款の事前開示」の問題について、「消費者が消費者契約締結前に契約条項を認識できるよう、事業者における約款等の契約条件の事前開示の在り方について、消費者委員会の答申書において喫緊の課題として付言されていたことを踏まえた検討を行うこと」という附帯決議が付された。[3]
以上
[1] 平成28年消費者契約法改正法(http://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/consumer_contract_act/amendment/)
[2] 平成30年消費者契約法改正法(http://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/consumer_contract_act/amendment/2018/)
[3] 参議院・消費者契約法の一部を改正する法律案に対する附帯決議(https://portal.shojihomu.co.jp/wp-content/uploads/2018/10/f421_060601.pdf)