◇SH0917◇日本企業のための国際仲裁対策(第16回) 関戸 麦(2016/12/08)

未分類

日本企業のための国際仲裁対策(第16回)

森・濱田松本法律事務所

弁護士(日本及びニューヨーク州)

関 戸   麦

 

第16回 国際仲裁手続の序盤における留意点(10)-仲裁人の選任等その1

1. 仲裁人の選任手続の重要性

(1) 仲裁人の選任が重要である理由

 仲裁人が誰になるかは、極めて重要である。その主たる理由は二つある。

 第1に、仲裁人の権限が広範かつ強力である点がある。

 仲裁における請求が認められるか否か、さらに認められる場合には金額がいくらになるかといった実体面は、仲裁人の判断にほぼ全面的に委ねられる。訴訟であれば上訴手続があり、第一審の裁判官の判断が、上級審で覆されることもあるが、仲裁ではそのようなことはない。仲裁人の判断は、いわば絶対的である。実体面に関する仲裁人の判断が、後に覆されることがあるとすれば、判断の内容が公序良俗に反するような極めて例外的な場合である(実体面について、日本の仲裁法において仲裁判断の取消事由、あるいは承認拒否事由として定められているのは、「仲裁判断の内容が、日本における公の秩序又は善良の風俗に反すること」である。44条1項8号、45条2項9号)。換言すれば、公序良俗違反となる水準に達しなければ、仮に仲裁判断における事実認定や法令解釈に客観的には誤りがあったとしても、仲裁判断は覆らないということである。

 手続面に関しても、仲裁人には広範な裁量があり、例えば、ディスカバリーを行うか否か、その範囲をどの程度とするかといったことが、仲裁人により決められる。仲裁手続に要する労力、金銭コスト、時間等は、仲裁人の判断によって大きく変動しうる。

 第2の理由は、誰が仲裁人になるかによって判断の結論ないし内容が変わることが、十分に考えられることである。仮に誰が仲裁人になっても判断の結論ないし内容が変わらないということであれば、誰が仲裁人になるかはさほど重要な意味を持たないが、現実はそうではない。そのため、仲裁人の判断が上記のとおり重要な意味を持つ以上、誰が仲裁人になるかが重要な意味を持つ。

 仲裁にしても、訴訟にしても、当事者双方が争い合う事案には、当事者それぞれに一定の合理的な言い分があることが通常である。それに対して、法律という一定の硬直性がある枠組みの中で、一方が勝訴、他方が敗訴という二元論的な判断を下すのが仲裁や訴訟である。結論はこのように大きく分かれるが、もとは微妙な事案であるため、結論も微妙なところで左右されるというのはよくあることである。例えば、形式的な法律論と、実質的なバランス論にそれぞれどの程度重きを置くかといった微妙なさじ加減が、結論を左右し、それが場合によっては十億、さらには百億円単位の経済的なインパクトを持ちうるというのが仲裁や訴訟である。このような微妙な判断である以上、仲裁人次第で(より具体的に言えばその価値観次第で)、判断が変わることは十分にある。

 しかも、仲裁人の候補者は、国籍も、文化的背景も多様になり得る。国籍及び文化的な背景が共通である裁判官においてさえ、裁判官次第で結論が変わり得ることに鑑みると、仲裁人次第で結論が変わり得る程度は、より大きなものと考えられる。

 さらに、手続面に関しても、上記のとおり仲裁手続に要する労力、金銭コスト、時間等は、仲裁人の判断によって大きく変動しうるところ、この点に関する仲裁人の判断は、一般に、仲裁人の出身国によって左右されると言われており、具体的には、出身国の裁判手続に類似する傾向にあると言われている。例えば、米国人の仲裁人であれば広範なディスカバリーを認める傾向にあるのに対し、ドイツ人やフランス人の仲裁人であれば、広範なディスカバリーは認めない傾向にあると言われている。

 以上のとおり、仲裁人によって、実体面の結論も、手続面のコスト等も大きく左右されうるのであり、仲裁人を誰にするかは極めて重要である。

(2) 仲裁人の選任手続が重要であることの表れ

 訴訟においては、担当裁判官の選任に訴訟当事者が関与することは基本的にないが、国際仲裁手続においては、仲裁人の選任手続に当事者が関与する。そして、この関与は、第8回の2及び第9回の5で述べたとおり、当事者の重要な権利として意識されている。

 そのため、この権利が尊重されなかった場合、仲裁判断の取消事由、あるいは強制執行の段階に進んだ場合にこれを拒否する事由(承認拒否事由)に該当するとされている。例えば、日本の仲裁法においては「仲裁廷の構成又は仲裁手続が、日本の法令(その法令の公の秩序に関しない規定に関する事項について当事者間に合意があるときは、当該合意)に違反するものであったこと」として、仲裁判断の取消事由、承認拒否事由になると解される(44条1項6号、45条2項6号)。すなわち、日本の仲裁法においても、また、各仲裁機関の規則においても、仲裁人の選任手続に各当事者が関与できることが定められており(仲裁法については17条、仲裁規則については次回以降述べる)、仮にかかる関与が認められなければ、上記の取消事由及び承認拒否事由に該当すると解される(仲裁法違反は上記「法令」違反であり、仲裁規則は当事者間の合意の内容となっているため、その違反は上記「合意」違反といえる)。

 外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約(いわゆるニューヨーク条約)においても、仲裁判断の承認拒否事由として、上記と同内容が認められている(5条1項(d))。仲裁人の選任手続に関与する各当事者の権利が極めて重要であることは、世界的な共通認識である。

以 上

タイトルとURLをコピーしました